12月 雨宮紗莉
11月の桜華フェスティバルでのステージは夢のような瞬間だった。
私はたくさんの拍手をもらった。
よく晴れた青空、朝から気持ちいい天気だった。
夜のステージの隼人様とみへき様というか知景様は誰が見てもお似合いで素敵なダンスだった。
まるで夢でも見ているようだった。
最近の私はみへき様の協力のおかげで土日を中心に理子さんのお店で歌う生活をしていた。
楽しいことばかりではなく透也さんのレッスンは厳しく、毎回口喧嘩になるほど熱心に練習していた。
理子さんは初めて会った時、ダンナさんを待っていると言っていた。
詳しくは知らなかったが、4ヶ月もいるといろいろな事が分かって来る。
透也さんは高校時代にお父さんの奨めでジャズギタリストとしてプロデビューしている。
お父さんはプロのジャズギタリスト&ヴォーカリストで海外で活躍していたそうだ。
海外講演の時に当時ドイツにピアノで留学していた理子さんと出会ったそうだ。
理子さんはクラシックで留学していたそうだがお父さんと出会ってからジャズに目覚め、日本でジャズを学び直したそうだ。
それからプロとして理子さんが活躍できる実力になったころ再会した二人は結婚したそうだ。
そして透也さんのお兄さん和也さんが生まれた。
和也さんは透也さんとは全く正反対と透也さん自身が話していた事がある。
音楽一家に生まれながら、音楽に興味がなく国立大学に進学し都内の一流企業で働いている。
昔からお父さんとはソリが合わなかったらしく大学進学とともに一人暮しを始めた。
透也さんはそのころ父のアルバムに参加し、高校生でプロデビューを果たした。
理子さんは小さい頃から透也さんの才能を信じていてプロデビューを喜んでいた。
その実力は確かで業界内からの評判も高かった。
そして、透也さんの高校卒業と同時にこの「CLUB SAKURA」を開いたのだった。
瞬く間に「CLUB SAKURA」は有名なミュージシャンがたくさん出演する人気のジャズ喫茶に成長していった。
毎日幸せな日々だった。
しかし、突然お父さんが蒸発していなくなってしまったのだ。
この店はお金を借りて作ったものでお父さんを失い、閉店に追い込まれた。
それから透也さんは、借金返済のため肉体労働のアルバイト三昧。
理子さんは中学校の音楽教師として働いていた。
和也さんは母や弟を思い稼いだお金を必ず、家に入れていた。
父に裏切られアルバイトに明け暮れる弟をしんぱいしている。
そんな時、和也さんと真由さんが結婚することになったのだ。
中学校の時にお互い両思いだった二人は高校まで付き合っていたが学校が離れたため自然消滅と付き合ったり別れたりを繰り返していたそうだ。
永岡真由さん。
透也さんの家の話は真由さんからほとんど聞いたものだった。
クラスの合唱コンクールで指揮者と伴奏者だった二人は、ケンカも多かったが助け合いクラスを優勝に導いたそうだ。
真由さんは和也さんが中学校のころから佐倉家によく来ていて、明るくちゃきちゃきと透也さんの面倒も見ていたそうだ。
しかも透也さんの初恋相手でもある。
家を出ていった透也とのつなぎ役として理子さんにとってもありがたい存在のようだ。
結婚式には絶対にお父さんも出席してもらいたいと、お父さんの行方をずっと探している。
理子さんが中学校の教師になったのは真由さんの紹介だそうだ。
お父さんが家を出て1年、今年の4月に大変な事が起きる。
お父さんの隠し子だという勇樹くんが現れたのだ。
母親が亡くなり、中学校卒業と同時に父を頼って佐倉家にやってきたのだ。
しかし誰にも心を開かず心を閉ざしているということだった。
私と同い年の勇樹くんは自分のことをほとんどしゃべらなかったそうだが、サックスの腕はプロ級で理子さんは佐倉家に迎え入れたそうだ。
透也さんは勇樹くんを受け入れられず、アルバイトをさらに増やしほとんど家に帰って来なくなってしまったそうだ。
勇樹くんは米軍基地に近い所で育ち日頃からジャズに囲まれて育ったという話をぽつりぽつりと話始めたそうだ。
和也さんと真由さんの結婚。
勇樹くんの出現。
お父さんの失踪。
こんな大変な時期に私は出会ってしまったのだ。
8月の熱い日に透也さんと。
それから3ヶ月11月になぜ理子さんや透也さん勇樹くんとステージが出来たのか、全てみへき様の頑張りだった。
10月に私のステージを見にきて下さったみへき様は勇樹くんのサックスに感動したようだった。
そしてみへき様はこう言ったのだ。
「桜華学園に来て下さい。」
何を言ってるのか分からなかった。
桜華学園の学費は全て免除します。
「あなたの才能を伸ばして下さい。そして力を貸して下さい。」
と頭を下げたのだ。
私の時と同じだと思った。
みへき様は才能を持つ私たちを守りチャンスを与えようとして下さっている。
みへき様はそれから頻繁に「CLUB SAKURA」に来て下さるようになった。
あの日、ステージに最初勇樹くんの姿はなかった。
しかし、隼人様と知景様がダンスをされるフィナーレで勇樹くんは来てくれた。
みへき様の熱意に負けたのか…それだけじゃない。
才能のある人は才能に惹かれる。
勇樹くんは透也さんのギターが好きだった。
一度一緒に音楽を奏でたいと思っていたのだろう。
隼人様と知景様を拍手が迎え、理子さんが「いつか王子様が」を引き出した時だった。
みへき様に手を引かれ勇樹くんが現れたのだ。
みへき様が「CLUB SAKURA」まで迎えに行ってくれたようだ。
そして誰もが隼人様と知景様を見守る中、ステージにサックスの甘いメロディーが響いた。
私は何故か涙が止まらなかった。
透也さんがやりたかったのは私のヴォーカルの「CLUB SAKURA」ではなかったんだと気づいた。
勇樹くんがやって来てからずっとこんなふうに。音楽をやりたかったんだと思う。
私はただその場に立ち会っただけ、ただそれだけだった。
あれから1ヶ月街はすっかりクリスマスムード一色になった。
商店街もクリスマスの飾り付けがなされていた。
「CLUB SAKURA」でもクリスマスライブに向けて、練習が始まっていた。
そんな中、大事件が起きる。
「隼人様、みへき様が帰ってきません。」
私は慌てて緊急用に聞いてあった隼人様への番号に連絡をした。
私はその連絡をするまで知景様が桜華フェスティバルで誘拐されていたことを知らなかった。
みへき様は危険なことを分かっていながら、「CLUB SAKURA」に通いつめてくれていたということに初めて気づいたのだった。
私は「CLUB SAKURA」に走った。
しかし、みへき様の姿はなかった。みへき様と勇樹くんの話を聞いていた理子さんが教えてくれた。
「放っておいてください。僕は桜華学園なんて似合わないですし、お金で買われるみたいで不快です。」
みへき様が泣きそうな顔をしていた。
「僕はあなたのようなお金持ちのお嬢様ては違うんです。お金があったらなんでも出来ると思ったら間違いです。」
みへき様はまた勇樹くんを桜華学園に誘いに来てくれた。
みへき様は勇樹くんを変えてくれたのに、勇樹くんの閉ざされた心は開かなかった。
そしてみへき様は泣きそうな顔で店を出て行った。
隼人様が「CLUB SAKURA」に駆け付けてくれた。
「みへきは?」
隼人様と商店街を探していると小さな公園にみへき様を見つけた。
隼人様は優しくみへき様を抱きしめた。
そして、泣いているみへき様の頭をなでた。
「帰るぞ」
それだけを言って、手をつないで学園へと帰って行った。
みへき様のためにあんなに必死な隼人様は学園で見せている顔と全く違っていた。
隼人様から電話が来て今日はみへき様は寮に帰らないということだった。
私は「CLUB SAKURA」に行きみへき様が見つかった事を心配していた理子さんに話した。
しかし、今度は勇樹くんがいなくなっていた。
学園の前に勇樹くんがいた。
謝りに来たんだなと思った。
みへき様は隼人様のところだ。
勇樹くんはサックスを持っていた。
この人はこれしかないんだなと思った。
理事長室のある塔に連れていって勇樹くんはサックスを吹いた。
曲は「いつか王子様が」だ。
思い出の曲だった。
みへき様に届いてほしい。勇樹くんの一世一代の告白だ。




