13話「みすぼらしい安寧」
錆の目立つ扉を開けると、土の匂いが立ち込めた。
窓から頼りない光が届き、小屋の中のみすぼらしさを演出している。
壁にかけられた大小のスコップやツルハシ。
大きな枝切り鋏など、ここだけを見ると僕の住んでいた世界と大差はなかった。
しかし、小屋の突き当たりに少しの違和感。
壁際の椅子とテーブル、壁にかけられた時計が奇妙な存在感を放っていた。
本来、そんなに長居する場所ではないはずの中庭の小屋。
物だけを見ると馴染みはあるが、どうにもミスマッチに思えた。
そのすぐ側には藁が敷かれており、ここで寝ろと言わんばかりだ。
(僕より前に、誰かここに住んでいた?)
だとしたら、そいつはどうなったんだろう。
最悪の予想をしそうになったが、頭を振り、それを追い払う。
少なくとも、人ひとりは住めそうな環境であることは間違いなかったし、なにより窓が救いであった。
小さなサイズだが、閉鎖感を緩和してくれるし、十分ではないが、新鮮な空気とわずかな光を届けてくれている。
時計は、僕のいた世界と何ら変わりのない形で、16時を知らせていた。
机の上を見ると、小さなロウソク立てに、使いかけのロウソクが刺さったままになっていた。
ストックもあるようで、ご丁寧にマッチも用意されていた。
狭苦しい空間、近くには藁もある。
この環境で、火を灯すのは少し怖かったけれど、窓を開けて、注意していれば大丈夫だろう。
立て付けの悪い窓を開け、ロウソクに火を灯す。
小さくも力強い光が、部屋中を照らした。
(これから、どうなるんだろう)
ゆらゆら揺れる火を見ながら、椅子に腰掛け、ぼんやりと物思いにふける。
(......)
思わずこのまま眠ってしまいそうだった。
名残惜しかったが灯りを消し、今度は藁の寝床の確認。
ゴワゴワとした感触で、触り心地は良くなかったが、ひと束掴むと、ほんのりとだが青臭い匂いが鼻をついた。
懐かしいような気がして、少しだけ気持ちが綻んだ。
コンコン
扉を叩く音が、狭い小屋内に響く。
(サグレナさんかな?)
内側から扉を開けると、予想通りサグレナさんが、さっき言っていた通りのパンと干し肉を乗せたトレイを持ち、立っていた。
「お待たせしました。少し早いですが、夜の食事を支給しておきますね」
「ありがとうございます」
「それと、これは着替えです。当然、洗濯は自分で行ってください」
そう言って、傍らに置いてあった衣類とタオルのようなものを僕に手渡した。
「洗濯...それもやっぱり」
「先ほども言いましたが、川ですよ」
奴隷の男は川へ洗濯に...なんて、まるで童話の一節だ......
「それと、講習の件ですが、明日の朝8時に迎えの者を手配しましたので、その時間は小屋内にいてください。寝坊などなさらぬようにお願いしますね」
「あ、明日ですか!?」
「何か問題でも?」
随分急な話だとは思ったけれど、向こう側からすれば、早ければ早いほどいいよな......
心の準備が出来ていない僕を、妙に客観的視点の僕が説得した。
「いえ、問題はないです」
「そうですか、では失礼します」
最低限の事務的な会話を交わし、サグレナさんは去っていった。
内容は過酷だけれど、普通のコミュニケーション。
それがなんだか、とてもありがたいことのような気がして
(もう少し話していたかったな)
と、少し名残惜しい気がしたけれど、手渡された食事に目をやると、グーっとお腹がなった。
思えば、魔界に来てから何も食べていなかった。
グアンに殺され、目を覚ますまではどのくらい経っていたんだろう。
時刻が僕のいた世界とリンクしているなら、少なくとも16時間は経っているはずだった。
(そりゃお腹も空くよなぁ)
簡素な食事ではあったが、意識すればするほど空腹は激しくなっていき、たまらず衣類を放り投げ、パンに手を伸ばした。
「お、美味しい......」
味には期待していなかったし、やたら堅くはあったけれど、鼻から抜けるハーブのような香りが、さらに僕の食欲を煽った。
(この世界特有の植物でも練り込まれているのだろうか)
そう考える余裕はあったけれど、吟味をする余裕はなく、貪るようにパンを口に入れ、咀嚼を終える前に、干し肉にも乱暴に齧り付いた。
「ん!」
少し塩味が強く感じたが、それが空腹の僕には丁度良いスパイスになっていた。
噛めば噛むほど味が出て、野性味溢れる味わいが口の中に広がる。
慣れ親しんだお肉より、少し獣の香りを残した、どちらかと言うとジビエのような癖を感じた。
嫌な感じではなく、よりお肉らしさのような味わいを演出してくれている。
好き嫌いが多い方ではなかったけれど、異国どころか異世界の食べ物。
ちゃんと食べられるものでよかった、なんてことを考えながら、夢中になって食事を続ける。
「ふぅ......」
あっという間に全て平らげてしまった。
お腹は6分目くらいで、物足りなさはあったけれど、少しの満腹感が、不安を和らげてくれているような気がした。
(そういえば、あの干し肉はなんのお肉だったんだろう......)
.........
また新たな不安が生まれそうだったけれど、これから先、食べないわけにもいかないので、深く考えないようにした。
気が付けば、外は先程より暗くなっており、空の色こそ変わってはいないが、夜の訪れを感じた。
この妖しい色の結界の外の太陽が、沈もうとしているのだろう。
少し早いような気がしたけれど、食事を終えると、今度は睡魔がやってきた。
(色んなことがあったなぁ)
高宮詩乃さんの引退、天使と悪魔に出会い、殺され、審問を経て魔界に飛ばされ、お城に奴隷として迎え入れられた。
疲れない方がおかしいほどの濃密なスケジュールを、受動的ではあったものの、なんとか終えられた。
労いは、先程の食事とゴワゴワの藁の寝床だったけれど、妙な達成感を覚えた。
これからどうなるんだろう。
悩みはまだまだ尽きないけれど、答えを見つけるより先に、眠気に負けてしまった。
読んでいただきありがとうございます。
週二回(火・木 21時)更新を予定しております。




