第35話「心気の理」
湖のほとりで、俺は黒漆のケースから和紙を慎重に取り出した。
指で触れると、長い年月で柔らかくなった繊維がかすかに崩れる。
水無瀬が周囲を警戒し、榊原が射線を確保したまま言う。
「読めそうか?」
「古文書だ。少し癖のある書体だが……やってみる」
和紙を広げると、墨は薄れているが、力強い筆致が残っている。
冒頭には大きく『心気の理』の文字。
続く文にはこうあった。
――『心は剣を導き、気は命を断つ。その一致、ただし正しき所作に於いてのみ成る』
俺は息を詰めた。
これは、剣道における「心・気・力の一致」の考え方と同じだ。
心で相手を捉え、気迫で制し、力で打ち切る――それが有効打突の条件。
「つまり……スキルの発動条件が、技術と完全に一致しているってことか」
独り言のように呟いた瞬間、足元の湖面がわずかに揺れた。
同時に、通路の奥から低い足音が近づいてくる。
「接近音、二方向から」水無瀬の声が鋭くなる。
榊原が銃口を通路に向けた。
「時間がない、真」
「分かってる」
視線を和紙に戻す。残りの文を素早く追う。
中ほどに、さらに重要そうな一節があった。
――『その理、二度重ねて果つるとき、真の命断ちを得ん』
二度重ねて――まるで、ネームドとの二本先取を示しているようだ。
読み終える前に、湖面が弾け飛び、水蛇が再び姿を現す。
俺は和紙を胸のポーチに押し込み、竹刀を構えた。
「解読は後だ。ここを抜けるぞ」
二人が頷き、俺たちは湖畔の通路へと駆け出した。




