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《記憶の鍵と風の旅人》  作者: 夢乃
第一章:風の鍵
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第八話:赤砂の谷へ

 西へと進み続けて三日が過ぎた頃、セイとリィナはついに“赤砂の谷”の外縁部へと辿り着いた。遠くの地平線が淡い橙に染まり、乾いた風が大地を撫でていく。その景色は、それまでの森林とはまるで別世界だった。


 「……すごいね。まるで誰かが描いた絵みたい」


 リィナが呟いた声は、谷の広がりに飲み込まれるように消えていった。


 赤い砂岩が複雑に入り組み、無数の裂け目や崖が広がるその風景は、確かに“谷”と呼ぶにはあまりにも異質で、どこか現実味を欠いていた。


 「この先に、父さんたちが最後にいた場所があるかもしれない」


 セイは短剣に触れる。刃の感触は変わらない。だが、確かに空気が張り詰めていた。記憶に触れる前兆――あの独特の感覚。


 ふたりは崖沿いの細道を慎重に進んでいった。風が吹き抜けるたび、砂が巻き上がり、足元が不安定になる。


 「ねえセイ。……もし、ここで全部の真実がわかっちゃったら、私たちの旅って、終わるのかな?」


 突然の問いに、セイは少し歩みを緩めた。


 「……終わらないと思う。たぶん、わかってからが始まりだよ」


 「そっか」


 リィナは笑った。寂しそうで、どこか嬉しそうでもあった。


 崖の先端にぽつんと立つ、小さな祠が見えた。扉は外れ、壁の一部は崩れかけている。けれど、中央に残された祭壇だけは不思議と手つかずのままだった。


 セイは祭壇に近づき、短剣をそっとかざす。


 リィナも隣に立ち、肩を並べる。


 「行こう。……これが、父たちの最期の記憶かもしれない」


 刃を石に触れた瞬間、世界が反転した。


 目の前に広がったのは、荒れ果てた赤砂の大地。そこには数人の影がいた。


 「――やはり裏切ったのか」


 「俺たちは、ただ記憶を守りたかっただけだ」


 男たちの声がぶつかり合い、剣が抜かれ、短い戦が始まった。


 その中心にいたのは、セイの父。そして、リィナの父と思しき男。


 ふたりは背中合わせに戦い、やがて――


 「お前だけでも、生きて……」


 記憶の終わりには、血に染まった短剣と、崩れ落ちた祠の屋根。


 セイとリィナは、同時に現実へと引き戻された。


 言葉を失ったまま、しばらく祭壇を見つめる。


 「……父さん」


 「私の……父も……」


 涙は出なかった。ただ、確かに何かが終わった感覚が胸を満たしていた。


 そして、そこからまた新しい風が吹き始めた。


 ふたりの旅は、いま、別の意味を持ちはじめていた。

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