第7話 晒し首
避難所の人たちへの説明は父さんに任せ、俺は長野駅方面へ向かって歩き始めた。四季園さんも自然な流れで隣にやってくる。
「すっかりやる気だな」
「不思議です。最初からあまり恐怖を感じなかったんですよね」
「俺もだ。戦わなきゃって思った」
「……精神をいじられている、なんてことはありませんか?」
「ないとは言い切れない」
「うう、昨日の午後五時半まではあんなに平和だったのに……」
「四季園さんってけっこう几帳面な人?」
「時計をよく見るタイプです」
左手首の腕時計を見せてくれる。
「帰ったら七時まで自主トレをして、それからお風呂、お夕飯をいただくのがいつもの流れでした。昨日は寄り道して、伊吹さんの道場の近くにいたのですが」
「彼氏と会ってたとか?」
「なっ……!? い、伊吹さんっ、デリカシーのない発言は控えてください! 私に男性の影が見えると!?」
「いや、美人だし、いてもおかしくないかなって……」
四季園さんは硬直した。だんだん顔が赤くなってくる。
「び、美人、ですか」
「すごく綺麗だよ」
「あ、あうあう」
急に語彙が崩壊してしまった。
「伊吹さんっ、サムライに憧れて武術を始めたと言いましたね!?」
なぜかキレ気味に訊いてくる。
「そうだけど……」
「サムライはそんなキザに女を口説いたりしません。未熟ですっ」
「その理屈で未熟扱いされるのがよくわからないし、別にキザではなかったと思うよ」
「女性に美人とか綺麗とか、恥ずかしがらずに言えるのは実はすごいことなんですよ」
「そうかなあ」
「意外に天然ということですね。よくわかりました。ふん」
なんだか怒らせてしまったようだ。気まずいな。
プロペラ音がした。
頭上をヘリコプターが飛んでいく。
『こちら自衛隊。全国及び長野市内に巨大不明建造物を多数確認しております。危険ですので絶対に近づかないでください。また、学校、商業施設に避難所が開設されています。車の乗り合わせ等で移動をしてください』
そんなアナウンスが聞こえた。
「街中を餓鬼がうろついてるんだが」
「自衛隊も手が回らないんですよ、きっと」
「銃弾って通じるのかな?」
「わかりませんけど、市民が残されているかもしれないって考えると、撃ちづらいと思いませんか?」
「同感」
マシンガンなんて危険すぎて使えたもんじゃない。
「そういえば、トガクビリを倒して能力は上がったのかな」
俺は画面を展開した。
――――――
伊吹恭一
体力123
攻撃60
防御50
敏捷55
技巧50
――――――
「上がり幅が微妙だ……」
しかも体力は減り続ける一方。回復手段はないのか?
「ところで伊吹さん、長野駅に向かっているんですよね?」
「そうだよ。偵察しようと思ってね」
「突入はしないと」
「規模がでかそうだから、城郭階級も高いはずだ。無理をしないで、相手のレベルを知る」
「敵も倒せばデータが手に入るようですしね」
俺たちは餓鬼王、トガクビリの情報を細かく手に入れていた。
異形階級という数値があって、餓鬼王が2、トガクビリは4となっていた。上限は10。
「俺たちのステータスにもレベルをつけてほしかったな。そうすれば実力差がわかるのに」
「情報は自分で集めろということです。攻略サイトに頼るなと」
「四季園さん、ゲームやるの?」
「無双系だけはやります」
「へえ、意外」
「趣味のないつまらない女ではありませんよ」
ふふっ、と四季園さんは笑った。俺は天を仰ぎたくなった。
――ああ、何事もなければこれって完全にデートなのになあ。超絶美少女とおしゃべりしながら街を歩くなんて最高のシチュエーションなのに。
「……見えてきましたね」
四季園さんの声が固くなった。
正面に巨大な城が見えてきたのだ。でかい。七階くらいあるだろうか? 赤黒い霧を纏った城は、駅舎のある位置に屹立している。
大通りには餓鬼の死体が転がっていた。先行した能力者たちが倒していったようだ。
俺たちは戦うことなく長野駅前、善光寺口までやってきた。駅のロータリーとつながる直線道路。周辺に人の気配はなかった。
「慎重に行こう」
「ええ」
俺たちは刀を発現させ、構えて前進した。
左手に駐車場がある。そこに大量の槍があった。転がっているものや、アスファルトをぶち破って突き立っているもの。いろいろある。
俺は顔を上げた。
「――――ッ!!」
そして息を呑んだ。
突き立った槍の穂先に人間の首が刺さっていたのだ。刺されて間もないのか、首からは血がボタボタと垂れている。
「こ、こんなことって……」
四季園さんが声を震わせ、数歩下がった。
俺はその場から動けなかった。
「……安堂さん?」
刺さっている首に見覚えがあったからだった。
固有剣能の解放に興奮し、走ってどこかへ行ってしまった兄弟子。
安堂さんだけじゃない。
周囲の槍に生首をかけられているのは、みんな俺の知っている顔だ。
兄弟子たちの……。
「うっ、げえ……っ……」
その場に膝を突き、俺は吐いた。
見下されていた。馬鹿にされていた。そんなことはどうでもいい。同じ道場の門下生であることに変わりはなかった。六年間、一緒に鍛錬を受けてきた仲間に変わりはなかった。
だけど、みんないなくなった。
みんな、殺されてしまった。
「く、ぅ……」
挑みかかってきた人間を晒し者にするのが敵のやり方か。こんな、悪趣味な真似をするのがお前らの好みなのか。
「許さねえ……! 俺の仲間たちをよくも……!」
俺が立ち上がった瞬間、背後から四季園さんが抱きついてきた。
「伊吹さん、落ち着いてっ……!」
「離してくれ。異形を皆殺しにしないと気が済まないっ……!」
「感情だけで行動してはいけません! あなたも同じようにされてしまいます!」
「でも、でも……!」
「私を一人にしないで。今、頼れるのは伊吹さんだけなのだから……」
その言葉で、俺の昂ぶった熱が抜けていった。すがるような声が、俺に冷や水を浴びせかけてきた。
「ごめん、四季園さん」
「いいんです。止まってくれてよかった」
「冷静になれたよ。俺たちは偵察に来ただけだったな」
「はい」
四季園さんの体が離れていく。
「私も友達を殺されました。仇討ちしたい気持ちはわかります。でも、今は着実に強くならないと」
その通りだ。
やみくもに突っ走ったらすべてが終わる。
今は確実に、自分のできることをしよう。俺は涙をぬぐった。




