第5話 咎縊吏-トガクビリ-
「せいっ」
「はっ!」
俺と四季園さんがそれぞれ刀を振るった。
斬り倒された餓鬼がバタバタ倒れる。
二階を探索しているうちに、何度か餓鬼の集団に出くわした。狭い廊下は俺たちに不利と思われたが、向こうも渋滞して動きが鈍っていた。お互い様ってわけだ。
特別なことをしなくても内部はマッピングされていくようで、データ画面を開けば通ってきた道を確認することができる。俺たちは慎重に前進した。
「次の階段が見当たらねえ……」
「かなり歩いたと思うんですけど……」
疲労で体力が減ることはないが、目的地のわからない迷路を歩き続けるのはメンタル的にきつい。
廊下には等間隔で行燈が置かれていて、視界は利いている。これが一斉に消えるなんてことはないよな。それも心配だ。
何度目かの角を左に曲がると、餓鬼の群れとかち合った。相手は五匹だ。
「ふっ――」
力を抜いて、滑らかな動きを意識する。相手をまとめて斬り伏せると、その先にようやく階段が見えた。
「ありましたね!」
四季園さんが興奮した声で言った。
「たぶん、上がったらボスとの戦いだ。覚悟はいい?」
「はい。何がいても恐れません」
「逃げるのは一応アリだからな?」
絶対に初見で勝たなければならないなんてことはない。相手を見て、作戦を練るくらいはしてもいいだろう。
俺たちは階段を上がった。
三階は広い和室だった。オール畳敷き。一切飾りのない、ひらけたスペースだ。
そして、その奥に座っているのは人の形をした異形だった。
編み笠が顔を隠していて、その下に何があるのかわからない。青い着物のようなものを纏っているが、表面のあちこちからウネウネした触手が生えている。
異形は懐から小刀を出して抜いた。
――おおお……。
さらに、唸りながら左手を掲げる。左手が崩れて、鞭のような長い紐に変形した。
「咎縊吏……名前以外の情報は出てきません」
四季園さんは緊張した声で言い、すぐにデータ画面を閉じた。
「左右から攻撃しよう」
「は、はい」
俺は中段で刀を構えて前進した。四季園さんもゆっくり前に出る。
トガクビリがゆらゆらと動き出した。
左手を振りかぶる。
シュッ、と音がした。俺は反射的に右へ跳ぶ。鞭が槍のようになって俺のいた場所を貫いていた。
――突くの? 縊らねえのかよ!
謎の怒りを覚えた。
俺は突っ込んで刀を振り下ろす。トガクビリが左腕で受けてきた。それだけで跳ね返される。硬い! ハゼカイナと同じように表皮が頑丈すぎる。
四季園さんも反対から仕掛けるが、小刀の鋭い連撃に刀をはじかれて体勢を崩した。
――ふ、ふ、ふ……。
鳥肌が立つような不気味な笑い声。
「あうっ!」
四季園さんの首に左腕の鞭が巻きついた。
「やめろおおおお!」
俺は背中に斬りかかるが、反転して放たれた小刀の一撃を右の二の腕に受けた。よろけて後退する。
「あ、がぁ……」
四季園さんの首を絞める鞭がギチギチと音を立てた。四季園さんは両手で鞭をほどこうとしているが、無理だった。
俺がなんとかするしかない! 右腕の痛みは無視しろ!
俺は旋風丸を構えて踏み込む。
トガクビリは右手の小刀一本で俺の攻撃を受け流してくる。だが俺は止まらない。攻め続けて隙を作る!
刀を振りまくっていると、どんどん体の底から力が湧いてくるのがわかった。
痛みを感じない。とにかく振り切れ!
「らあああああッ!」
渾身の縦振りを放つと、相手の小刀がはじけ飛んだ。刀身が砕けている。よし、もう使い物にならないはずだ。
俺はそのまま当て身を仕掛けた。トガクビリの背中にぶつかって、体勢を崩させる。
すかさず敵の背後に回り込むと、旋風丸で鞭を断ち切る。
締めつけから解き放たれた四季園さんがうしろに倒れていく。
相手の武器は二つとも無力化した。とどめを刺すなら今だ。
俺は相手の左側面から斬撃を放つ。トガクビリの左腕を深く切り裂いた。
いける――と思った瞬間、敵は右手を鞭に変えた。
「がっ!」
一瞬で首に巻きつかれ、絞め上げられる。
旋風丸を持ち上げて斬ろうとするが、うまく力が入らない。
「ぐふっ!?」
トガクビリの左手が回復した。俺の腹に鞭を巻きつけると、すさまじいパワーで絞めつけてくる。
耐えきれず、俺は刀を手放した。
やばい、死ぬ……!
少しでも世界に抗おうとしたのに、ここで終わるのか。早すぎるだろ。まだやれる。奇跡になんか頼るな。俺は悪と戦いたくて武術を習ってきたんじゃねえか――!
「うおおおおおお!」
俺は絞められたまま前進した。トガクビリの首に両手を伸ばし、掴む。足払いをかけると相手がバランスを崩した。俺は強引に体をねじって一緒に倒れ込む。わずかだが、鞭の緩む気配を感じた。
俺はすぐ、首にかかった鞭に指を入れる。隙間があった。
息を吐いて力を込めると、鞭を振りほどくことに成功した。
トガクビリが起きようとしている。俺はダイブしてむりやり押さえ込んだ。
「四季園さん、首! 首を斬ってくれ!」
「はっ、はいっ……!」
四季園さんが〈長緑〉を構えて走ってきた。目が充血し、唇にも血がにじんでいた。
「この一撃で――!」
四季園さんの、渾身の斬撃。
仰向けに倒れていたトガクビリは抵抗できなかった。
刀身が首に叩き込まれ、胴体から切り離された。
俺の腹に巻きついていた鞭から力が抜けていく。
「い、生き返りそう……?」
「いえ、たぶん、勝ちました」
「よかった……」
俺は起き上がる気力も出せず、トガクビリの死体に覆いかぶさったまま動けなかった。
隣に四季園さんも座り込む。
「伊吹さん、本当にありがとうございました。あなたがいなかったら、私は確実に殺されていました……」
「俺も、四季園さんがいてくれてよかった。一人じゃ無理だったな……」
それ以上会話が続けられず、俺たちは黙り込んだ。
しばらくすると、トガクビリの死体が白い霧になって消えていった。
あとには、透明な勾玉が残されていた。手のひらに乗るくらいの小さなものだ。
「これは、なんだ……?」
「調べてみます」
四季園さんがデータ画面を展開して情報を探した。
「ありました。どうやら武器を強化する道具のようですね。武器には必ず勾玉をはめ込める場所があるので、そこに入れて効果を発動させるようです」
「何が強化されるの?」
「武器攻撃力、保有属性、固有剣能の三つです。選べるのは一つだけで、ランダムに変化が起きるとか」
「なるほど。じゃあ四季園さんが使って。とどめを刺したんだし」
俺が提案すると、四季園さんは両手を振って拒否した。
「だ、駄目ですよ! 相手を追い詰めたのは伊吹さんじゃないですか。私はおいしいところだけもらっちゃったので、ここは伊吹さんが!」
「遠慮しなくていいよ」
「伊吹さんこそ!」
俺たちは譲り合いをしまくって、そのうちに笑い出した。
「はは、やっとまともに笑えた気がするぞ」
「ふふ、そうですね。普段はこれが当たり前だったのに」
四季園さんは苦笑した。
「やはり、伊吹さんが使ってください。私の刀は属性も固有剣能もついています。伊吹さんの刀が強化されなければ、この先が厳しいと思うんです」
「うーん、一理ある」
「それに」と、四季園さんが微笑む。
「道場の皆さんを見返してほしいですし」
「……まいったなぁ」
それを言われると弱い。俺自身、馬鹿にされたことは本当に悔しかったのだ。
「じゃあ、いいんだね?」
「どうぞ」
俺は勾玉を拾うと、旋風丸の柄の根元に空いている穴……スロットにはめ込んだ。
『強化先を決定してください』
女の声が頭に響き、目の前に画面が出てきた。
武器攻撃力、属性、固有剣能の三つが表示されている。
……攻撃力は俺の体術でもカバーできることがわかった。属性も、今はわからないことが多すぎる。シンプルに強いのは固有剣能――スキルの獲得じゃないか?
「よし」
俺は固有剣能の文字に触れた。
旋風丸が金色の輝きを発した。
――――――
〈旋風丸〉
・武器攻撃力5
・保有属性〈なし〉
・固有剣能〈傷口に塩〉
傷ついた部位を攻撃した際、損傷値が2倍になる。
――――――
「損傷値って要するにダメージのことだよな?」
「神様はあまり英語を使いたくないようですね」
「変な意地張ってんなあ」
要するにあれだろ? 部位破壊した場所を攻撃するとダメージが倍増するんだろ? もっとわかりやすく表現してもらいたいぜ。
「後半戦にならないと効果が出ないんだな。惜しい」
「でも、絶対にあった方がいいですよ。きっと今後に活きます」
四季園さんが励ましてくれる。俺は素直にうなずいた。
とりあえず、この城郭のボスは撃破だ。