その66(子爵との会談)
レドモント子爵との会談となります。すべてを話さない貴族間の会話ってこんな感じかなって書いてみました。
翌朝、私はブリューと一緒にレドモント子爵に会うため貴族令嬢の装いをして馬車に乗っていた。
令嬢用のドレスはラッカム伯爵家に逗留している時に伯爵が支払ってくれた賠償金の一部で調達したものだ。
朝早く叩き起こされた私は、張り切ったエミーリアに貴族令嬢に相応しい装いに纏められていった。
最初は化粧で、洗顔した顔を白粉で白く塗られていき、そこに紅やアイラインを描かれていった。
そして次は、髪の毛に艶を付けるための油を薄く塗られると、そのまま慣れた手つきで結い上げられていった。
それが終わると次はドレスだ。
エミーリアが選んだのはアインバックで購入した物で、滑らかな手触りの高級生地はフリルをふんだんに使った一品だった。
そして髪の毛を結い上げて露出した首元には、見事なカットを施したダイヤモンドを中央に収めたネックレスが彩を添えていた。
出来上がった姿を見たエミーリアは本当に嬉しかったようで涙を浮かべながら、私の本来の仕事が出来ましたと言っていた。
ラッカム伯爵家の紋章を付けた隊商の馬車がレドモント子爵館に到着すると、先触れとして子爵館に向かったエイベルがしっかりと仕事をしてくれたようで、館の入口には使用人達が並んで私の到着を待っていた。
馬車が止まると到着を待っていたエイベルが扉を開けてくれたので、私はゆっくりと馬車を降りて行った。
するとそこには子爵家の執事が直立不動で待っており、私が近づくと深々とお辞儀をした。
「クレメンタイン・ジェマ・ブレスコット様、お待ちしておりました。館内はこの私、執事長のマーランドがご案内させて頂きます」
「よろしくお願いしますわね」
マーランドに案内された部屋は大きなサロンになっていた。
そして部屋の壁側にはこの地で取れる鉱石の現物とインゴットの見本が置かれていた。
子爵はこの部屋で鉱石の商談をするのだろう。
ラッカム伯爵は商談相手に自分の財力を見せつけていたが、レドモント子爵は領で産出される実物を見せて誠実な取引を心掛けているようだ。
こうやって見ると貴族によってその性格が現れるのは面白いと思った。
私が鉱石を見ているとブリューは既に2回目なのか、椅子に座っていて興味を示さなかった。
レドモント子爵はそれ程待つことも無く部屋にやって来た。
子爵は1人でやって来たので、会談の席にはレドモント子爵と私それにブリューの3人だけだった。
私達が座っているテーブルには子爵と同時にやって来たメイド達によって、ケーキスタンドと紅茶が用意されていった。
ケーキスタンドには様々な菓子が載っていたが、恐らくは私用に用意してくれたものだろう。
そして淹れてくれた紅茶からはとてもいい香りが漂っていた。
先に口を開いたのはレドモント子爵だった。
「クレメンタイン様、卒業パーティーはとても残念な結果でしたね」
「お気遣いありがとうございます。子爵もマリアン様の事はお気の毒に思います」
「ええ、本当に」
そう言った私達は一瞬目を合わせたまま押し黙った。
これが貴族同士がやる腹の探り合いと言うものなの?
私はなんとなく腹の底に力を込めて、腹の中を探られないようにしてみた。
まあ、あまり意味はないんだけどね。
レドモント子爵は、娘のマリアン様が王都で拘束されている事は知っているはずだが、無表情のその顔からは何も読み取れなかった。
「時に、突然のご訪問は、昨日のラッカム伯爵からの手紙にあった件ですかな?」
「ええ、そうですわ」
私はラッカム伯爵がレドモント子爵に宛てた手紙の内容を知らなかった。
だが、昨日ブリューが言った事で想定することはできるのだ。
そして、今子爵が言っているのは、私が伯爵に提案した被害者の会の事で間違いはないと踏んでいた。
「それで私共には何を要求されるのですかな?」
要求?
被害者の会は共に手を取り合って戦いましょうという事で、別に会費を求めたりしませんよ。
「何もありません」
「ほう、すると見返りも無しに私共を仲間に加えて頂ける、という事でよろしいのでしょうか?」
仲間?
ああやっぱり被害者の会の事で間違いないわね。
なあんだ、ラッカム伯爵も乗り気だったのね。
私は予想が当たっていた事で緊張感が薄れ、気が大きくなっていた。
よし、ここは私も本気だという事を示さないとね。
それに卒業パーティー会場から出てきた時、マリアン様はとても沈んだ顔をしておられたから、きっと意に沿わない未来を憂いていたに違いないのだ。
「勿論ですよ。大丈夫です、私も頑張りますから仲良くやりましょう。あ、それからマリアン様が悲しむような行動は慎んでくださいね」
「えっ? わ、分かりました」
それまでのお互い腹を探り合うような雰囲気の中、突然私が微笑みながら軽い口調に変わった事で、子爵はやや困惑しているように見えた。
だが、私の雰囲気が変わった事を感じ取ったようで、子爵も釣られて直ぐに笑顔になったのだ。
その後は、これが何時もの子爵なのだろうと思える程砕けた口調になり、領の特産品の説明やらマリアン嬢がいかに出来の良い娘かを話していた。
どうやら交渉は上手くいったようで、私も心置きなくフィセルに向かえるというものだ。結果良ければ全て良しなのよ。