その67(レドモント子爵)
主人公との会談を終えたレドモント子爵サイドの話となります。
レドモント子爵は自分の執務机から立ち上がると、館の入口が見える窓に近寄った。
その窓からはラッカム伯爵家の紋章を付けた馬車が見えていた。
そしてシルクハットを被り黒服を着た男が馬車の扉を開けると、優雅な仕草でブレスコット辺境伯の令嬢が馬車に乗り込んでいった。
子爵は手に持ったグラスを傾けるとその中に入っているワインを一口含んだ。
そしてワインの味を楽しみながら、令嬢との会談に思考を巡らせていた。
学園の卒業パーティーには本当は出席するつもりだったのだが、領内の鉱山で落盤事故が起こりその対応をしていてそれどころではなかったのだ。
そしてマリアンから来た手紙を読み、婚約破棄と王城に人質に取られたことを知ったのだ。
元々、マリアンの縁談話は、第二王子派のスィングラー公爵からの仲介で、ターラント子爵家から来ていたのだ。
そこに第一王子派のベイン伯爵家から長男の嫁にと言われ条件の良いベイン伯爵家を選んだ経緯があった。
そこにいち早く婚約破棄を知ったターラント子爵から、再びマリアンが欲しいと言ってきたのだ。
ターラント子爵は無類の女好きと言われ、女性を囲うために別館を幾つも建てたという噂まである男なのだ。
こんな男の元に嫁いでいったらマリアンが幸せになるのか心配もあったのだ。
だが、第一王子派への反感もあり、娘の身柄解放を条件にこの話を受けるつもりでいたのだ。
そんな時にラッカム伯爵家から使いの者が手紙を持ってやって来たのだ。
ラッカム伯爵の手紙には、ブレスコット辺境伯家から同じ目にあった4家で同盟を結ぼうという提案があった事と、アレンビー侯爵家とラッカム伯爵家がそれに同意するつもりでいる事、それから私にも賛同するように促す内容になっていた。
ブレスコット辺境伯は、アンシャンテ帝国軍から王国を守った英雄で、かなりの戦略家だと聞いていたが、彼の関心事はあくまでも軍事関係に偏っていて、国内の貴族同士の勢力争いには全く興味を持っていなかったはずである。
そんな事からこの話はどこか嘘くさいと思っていたのだ。
そこに突然クレメンタイン嬢の先触れがやって来たのだ。
ブレスコット辺境伯の一人娘であるクレメンタイン嬢の事は、噂でしか聞いた事が無かったが、その内容はあまり好感を持てるものでは無かった。
しかし、ラッカム伯爵の手紙にはその噂はブレスコット辺境伯が意図的に流しているもので、実物はかなり聡明な娘だと書かれてあった。
その令嬢が突然私を訪ねてきたのには驚いた。
ラッカム伯爵の手紙にも、ブレスコット辺境伯の令嬢がこちらに来るとは書いてなかったからだ。
彼女の突然の訪問を、ラッカム伯爵の手紙から推察すると、私が手紙だけでは本気にしないと思ったブレスコット辺境伯がわざわざ娘を寄こしたという事になる。
クレメンタイン嬢を実際に目にすると、高位貴族にありがちなほんわかとした深窓の令嬢といった感じはなく、世間の荒波にさらされた意志の強さを感じたのだ。
成程、ラッカム伯爵もそれを見抜いたからこそ手紙で知らせてきたのだろう。
そして同盟を誘ってきた時、あの娘は、条件は何もないと断言した。
我々に派閥に入るように言ってきた第一王子派や第二王子派は、マリアンを差し出すように言ってきたのにだ。
俄かには信じられなかったが、そこでブレスコット辺境伯が娘に激甘で、世間が何と言おうと娘の我儘には全肯定する男だったことを思い出したのだ。
つまり、クレメンタイン嬢がそう言ったのなら辺境伯本人が言ったも同然という事だ。
そしてこの娘が仲よくしようと言ったのなら、ブレスコット辺境伯は本気で自分達と同盟を結ぶつもりでいるという意味になるのだ。
マリアンが第一王子派に捕まっている事は知っているはずなので、その上であの大丈夫という言葉は、マリアンの身の安全を保障するという意味なのだとしたら。
我がレドモント子爵家が鉱物に関する知識や技術では右に出る者がいないのと同じように、ブレスコット辺境伯家はその武力と作戦遂行能力で国内随一なのだ。
その家が保障してくれるというのであれば、いざとなればキングス・バレイに踏み込んでマリアンを救出するような荒事もやってのけるという意味なのではないか?
実際ブレスコット家が動いたらあっけなく成功しそうな気がしてくるから不思議だ。
いくら第二王子派が面倒を見てくれると言っても、それはあくまでも圧力をかける程度であり、それだけでマリアンが戻ってくる保障はどこにも無いのだ。
だから、クレメンタイン嬢からマリアンが悲しむような事はするなと言われた時はどきりとしたのだ。
あれは、女好きのターラント子爵の事を引き合いに出して、第二王子派には行くなと釘を刺したのだろう。
確かに彼女に会うまで私は第二王子派に合流しようと考えていたのだ。
やれやれ、これではブレスコット辺境伯が溺愛するのは当然の事か。
此処まで見透かされていたら、同盟に参加しないと後が怖いですね。
そしてグラスのワインをもう一口含むと、一緒に居たサディアス・ブリューの事に思考を移した。
あの男は恐らくはラッカム伯爵から何か指示を受けているのだろう。
どうやら伯爵はクレメンタイン嬢を狙っているようだ。
だが、辺境伯が娘を簡単に嫁に出すとは思えないので、きっと婿候補といったところか。
それなら我がレドモント子爵家も同じ事をしても文句は言わせないですよ。
さて、我が一族の中からクレメンタイン嬢に見合う者を探してみなければ。
最近は事故や娘の事で気が滅入る事ばかりだったので、久々の明るい話題に子爵の顔も緩んできていた。
「ふふふ、ちょっと面白くなってきましたね」
そう言うとレドモント子爵は手に持ったワインを飲み干すのだった。
久しぶりに評価を頂きました。本当にありがとうございます。




