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アルバイト輝夜 ~別視点・人間の里娘編~

気がつけば、彼の事を目で追っていた。

笑顔が素敵で、ちょっと子供っぽい。

仕事は何をしてるんだろうって思って、少しだけ後を付けてみた事がある。

どうやら彼は大工で、今は修行中みたい。

いずれは立派な大工になって、自分の家を建てるんだ。

そう私に宣言する彼の表情は、やっぱり子供っぽかった。

でも素敵。

私は、彼に恋をしてしまったのだ。


「わ、っとっと」


危なかった。

何かにつまづいたみたいで、転んでしまいそうになった。

ちなみにお盆の上には何も乗ってなかったのでセーフ。

飲み物を運ぶ途中じゃなくて良かった良かった。


「気をつけろよ」

「あ、はい」


カフェの店主さんがぶっきらぼうに私に注意する。

店主さんの見た目と言動はイカツイけれど、ここのお店の紅茶は美味しい。

そんな紅茶に憧れて、私はここでアルバイトをしている。

そして、彼に出会ったのだ。

彼は常連さんで、私は店員さん。

何度か話しているうちに、私の心は惹かれてしまった。


「客だ」


店主さんが顎で指し示す。

どうやら外のテーブルにお客さんが来たみたい。

私は注文を聞きに、転ばないようにしながら、慌てて外へと出た。


「いらっしゃいませ、あっ」


お客さんは、彼だった。

友達と一緒のようで、メニューを見ながら雑談してるみたい。


「よう。来たぜ~」

「お、なんだ、お前。知り合い?」

「いやいや、実は俺、ここの常連なんだぜ。なぁ?」


彼に話しかけられた。

一瞬にして、私の心が躍る。


「え、あ、はい。よく存じておりますっ」

「ほれみろ。顔馴染みなんだぜ」


やった!

彼も私の事を知ってる!

まぁ、何度か話もしてるし当たり前なんだけど。

当たり前なんだけど、とっても嬉しい。


「お前、気が多いな~。屋台でも常連なんじゃなかったっけ?」

「いいだろ、別に。輝夜さんってめっちゃ可愛いんだぜ。そりゃ通っちゃうぜ」


え?

だ、誰の事だろう……輝夜さん?

うそ。

その人が、彼の好きな人なのかな……


「おーい、注文いい?」

「え、あ、は、わっ!?」


私は持ってた注文を書き留める紙束を取り落としそうになる。

慌てて掴み直そうとするけど、わたわたと弾くばかりで上手く掴めない。


「はっ!」


気合一閃。

狙いを定めて、紙束を掴もうとした。

けど。

私の手は紙束を掴む事なく、彼の顔に吸い込まれてしまった。


「あ……」

「うはははは! いいぞお嬢ちゃん! ナイスパンチだ」


ど、どど、どうしよう。

思い切り殴っちゃった……

ご友人の方には大うけだけど、これって、悪印象だよね。


「ご、ごめんなさい……大丈夫ですか?」

「てててて。おう、大丈夫、気にしなさんな」


あぁ、すこし鼻が赤くなってる。


「バチが当たったな。みんなのアイドル、輝夜さんを独り占めしようとした罰だ」

「う~、いてぇ。そんな訳あるかよ」


アイドル?

輝夜さんって、いったい誰なんだろう……

とりあえず、私は彼とご友人の注文を聞いて、店主さんの元へ戻った。

もちろん、ギロリと睨まれてしまった。

あうあう。

また、お給料から減らされるのかなぁ……



~☆~



日が落ちそうになった夕方。

一日が終わりそうになったカフェには、お客さんは滅多に来ない。

お日様がオレンジ色になったらお店を閉めましょうよ、と何度か店主さんに言ってみたけど、閉める気がないみたい。

お客さんなんか全然来ないのになぁ。


「はぁ……」


カウンター席でため息を吐く。

退屈だから出てきた訳じゃなくって、昼間に起こした失敗を思い出したから。

あぁ、どうして私は、もう、まったく。

よりによって、彼の顔を殴ってしまうなんて。

好きな人の顔面に拳を突き出す。

この世にそんなバカな女は、きっと私だけだ。

あぁ、絶対に印象が悪いよぉ。

彼に折角顔を覚えてもらってたのに、これからは殴られた女になってしまう。

というか、もう彼が来なかったらどうしよう……

今のところ、彼と私の接点はこのお店でしかない。

それが消えたとなると、私の恋も消えてしまうに違いない。


「はぁ、うぅ~」


少しだけ泣きそうになったところで、私の前に紅茶が置かれた。

あれ、と思って顔をあげると、店主さんが厨房に戻るところ。


「い、いいんですか?」

「そんな顔で店にいられたら商売あがったりだ。それ飲んで元に戻せ」

「あ、ありがとうございます……」


店主さんの用意してくれた紅茶を一口のむ。

私好みのブレンドで、甘さ濃い目の美味しい紅茶だった。

うん。

ちょっと元気でた。


「ほうほう、これは美味しそうですね」

「うわぁ!?」


気がつけば、誰かが隣に座っていた。

さっきまで誰もいなかったはずなのに!?


「おっと、驚かせてしまいましたか。これは失礼しました。毎度御馴染み、清く正しい射命丸文です」

「しゃ、しゃめいまるさん?」

「えぇそうです。お気軽に文ちゃんと読んでくれて構いませんよ」


天狗だ。

私の隣に座っていたのは、烏天狗だった。

背中の黒い羽と、手に持ってる手帳がなにより彼女が烏天狗っていう証明だった。


「あ、文ちゃん……」

「はい、これで私とあなたはお友達です。という訳で、友情の印として新聞を定期購読しませんか? カフェですし、お客さんが暇を潰す新聞があった方が良いでしょう。そう思いませんか? 思いますよね? そうでしょう?」

「いえ、あの」

「決まりですか? 決めましょうよ。ほらほら、毎月ちょっとお金を払うだけ――」


と、文ちゃんにまくし立てられていると、店主さんが厨房から来て下さいました。


「おい、烏の嬢ちゃん」

「ほいほい、なんでしょう? あなたが店主さんですね。どうです、『文々。新聞』は嘘偽りなき、真実の新聞でございますよ」

「お前さんが嘘偽りなき真実のみを新聞にしているのは分かった。そして、ウチの店は紅茶の味で勝負している。それを暇潰しと言われて、いいのかい? お前さんの新聞を暇潰しで読まれてもいいのか?」


その言葉に、文ちゃんは嬉しそうに笑った。

妖怪相手にそんな事を言って、文ちゃんが怒ったらどうしようかと思ったけど、違ったみたい。


「そうですね。それを言われてしまっては、私にはどうしようもありません。紅茶を一杯いただけますか? 自慢の一杯をお願いします」


はいよ、と店主さんも笑って厨房へと向かった。

え~。

何なんだろう、このやり取り。


「いやぁ、参りましたねぇ。こんな所で本質を問われるとは思いませんでした。これだから人間は面白い」


文ちゃんはそういって、手帳に何か書き込み始めた。

店長さんの事を新聞にするのかな。

手帳には色々な事が書いてあるんだろうなぁ……


「あっ」

「どうしました?」

「あの、ひとつ教えて欲しい事があるんですが?」

「私とあなたは友達ですよ。遠慮しなくても何でも聞いてください。あ、ただし下着の色は秘密です。下から覗き込んで自分で確かめてください」


見ていいんだ……

妖怪って変なの。


「えっとですね。輝夜さんって、誰だか知ってますか?」


その言葉を聞いて、文ちゃんは再び嬉しそうに笑った。



~☆~



人間の里から出て、しばらく立つと分かれ道に辿り着いた。

空を見れば、丸い月が夜道を照らしている。

あの月のお陰で、明かりもなく夜道を歩く事が出来た。


「えっと、こっちね」


分かれ道を、魔法の森の方へと歩いていく。

もうすっかり人間の里の明かりは見えなくなってしまった。

どうしよう。


「めっちゃ怖い」


いやいや、こんなところで心折れてたまるもんですか!

人間の里の人間は食べちゃいけない。

それが幻想郷のルールなんだし、危険な事なんて何一つ無い。

はず。

なんだけど。

……うぅ、やっぱり何か明かりを持ってくるんだった。

月の明かりは充分なんだけど、やっぱり心もとない。

今にも草むらから妖怪が飛び出してきそう。

私なんて、一瞬に食べられてしまうんだ。


「うぅ、うぅ~~~」


私は変な声を出しながらも足早に歩を進めた。

どれ程歩いただろうか。

景色が変わり、竹林の間を歩いている。

この竹林は迷いの竹林で、小さい頃から入っちゃダメって言われてる。

もちろん、迷うから。

一応、助けてくれる人がいるみたいだけど。

あとはお医者さんが住んでるみたい。

残念ながら、私は大きな病気も怪我もした事がないので行った事がない。

できれば、死ぬまでお世話になりたくないなぁ。


「空を越えて、星を越えて、幻想郷から~♪ 愛と平和、守る為にやってきたヒーロー♪」


遠くから、歌声が聞こえてきた。

なんだろう、どこかしらNGな騎士が40人の守護騎士と一緒に戦いそうな歌だ。

そんな歌と共に赤提灯の明かりが見えてきた。

月とは違う明かりに、私は思わず走ってしまった。

誰かがいる。

今は誰でもいい。

すっかりと夜道の恐怖にとりつかれていた私は、蟲みたいだった。

情けない。

こういうのを飛んで火に入る夏の虫っていうんだろうな~。


「私達な♪ 何がなんでな♪ しあわせになるでんな♪ ななな~、といらっしゃい♪」


赤提灯の元にあったのは、一軒の屋台だった。

紺色の暖簾には八目鰻の文字。

その名前の通り、八目鰻が焼ける美味しそうなにおいがしてる。

八目鰻を焼いているのは、妖怪だった。

ミスティア・ローレライっていう夜雀で、今は割烹着に身を包んでいる。

文ちゃんに教えられた通り、ここが夜雀の屋台で間違いなさそうだ。

良く見ると屋台には先客がいるみたい。

あれは……香霖堂の人だ。

その隣は……


「閻魔さまだ……すごい……」


あのお説教好きな閻魔さまとお酒が呑めるなんて、すごい度胸だ。

被虐趣味でもあるのかな、香霖堂の人。

え~っと、それにしても、後から来たのにあそこに入っていく勇気がちょっと出ない。

どうしよう、と私が迷っていると、屋台の隣にあるスペースで女の人が手招きをしていた。

どうやら、あっちにも椅子があるみたい。

私は小走りにそちらへと行った。


「わ、なんか可愛い」


そこは丸太を半分にした長いテーブルと、切り株の椅子が設置されていた。

そして、大きく赤い番傘。

それにも赤提灯が取り付けられ、なんだか良い雰囲気。


「いらっしゃい。女性一人のお客さんって初めてだわ。歓迎するわよ」


そう店員さんが言った。

長い黒髪に、豪奢な着物。

それをたすき掛けしていて、紺色の前掛けがアクセントになっている。


「どうぞ、座って」

「あ、はい」


とりあえず私は切り株に座った。

意外と座り心地はいいみたい。


「なに呑む? なに食べる?」

「は、いえ、えっと、メニューは?」

「無いわよ」


え?

メニュー無いの?


「大抵のものは用意できるから。好きなものを注文して頂戴。ちなみにオススメは筍ご飯よ」

「えっと、じゃぁ筍ご飯を。それから……え~っと、天ぷらは、いけます?」

「えぇ、もちろん。お酒は?」

「じゃ、じゃぁ、日本酒で」

「はいよろこんで」


店員さんはにっこりと笑顔を浮かべてから屋台の方へ向かった。

彼女が……輝夜さん、か。

綺麗な人だな。


「はい、お待ちどうさま」

「はやっ」


注文聞いたと思ったらもう戻ってきた。

どうなってるの?


「筍ご飯と、野菜の天ぷらね。オススメは茄子の天ぷら。それから、竹酒よ。グラスは普通ので許してね」


輝夜さんが私にグラスを手渡してくる。

中身はまだ無い。


「はい、どうぞ」


そう言って、竹筒に入ったお酒を注いでくれた。

わぁ、なんだか嬉しいサービスね。

こんな綺麗な人にお酌されるなんて、なかなか無いかも。


「い、いただきます」


私は一口、竹酒を呑んだ。

口の中にお酒の味が広がっていく。

甘みと辛みかな。

それがフワっと広がったと思ったら、す~っと消えていく。

なんだか儚い様な、そんな感じ。

でも、すっごく、


「呑みやすい……」

「でしょ。ウチの自慢のお酒よ」

「そうなんですか。すごい、美味しい」


私は再び竹酒を呑んでから、今度は筍ご飯を食べる。

コリコリとした食感。

あぁ、これも美味しいわ。

次いで、天ぷらにも箸を伸ばした。

あぁ、こっちも美味しい。

なんなの、もっと早く知ってれば良かった~。


「美味しい~。どうしてこんな良い店なのに、知らなかったんだろう」

「あぁ~、本当よね~」


店員さんが苦笑している。

何かあるんだろうか。


「でも、女性の一人歩きは危ないわ。どうしてわざわざ来たのかしら?」

「え~っと、う~んと……」

「どうやら訳有りみたいね」

「は、はいぃ……」


まさか、好きな相手が気になってる相手を見に来た、なんて言えない。


「あ、あの輝夜さん……ですよね?」

「えぇ、蓬莱山輝夜よ」

「えっと、この料理は輝夜さんが作っているんですか?」

「そうよ。八目鰻は店長であるミスティアが担当しているわ。私はそれ以外ね。料理の腕なら自信があるわよ」

「そうなんだ……あの、か、彼氏とかいます?」


私の質問に、輝夜さんは口元を緩めた。

いわゆる、にやけた、という感じかな。

美人だった顔が一瞬にして可愛い顔になった。

なんなの、この人。

完璧じゃない。


「なになに、恋愛面の悩み事? いいわ、存分に私に話しなさいな。これでも経験豊富なの」

「え、そうなんですか?」

「数多の男をフってきた実績があるもの」


えっへん、と輝夜さんが胸を張る。

あ、胸の大きさは勝ったかもしれない。

えっへん。


「って、フってきたんですか? え、なんで?」

「私の難題を解いてこないからよ」

「難題?」

「そう。いわゆるテストね。こういう問題を解いてきたら、付き合ってあげてもいいわよ。そんな感じね」


くひひ、と輝夜さんが可愛らしく笑う。

いやいや、くひひって笑ってどうして可愛くみえるんだ。

うらやましい。


「そういうあなたは、どうなの?」

「私? え~っとですね、実は好きな人がいるんですけど」


今日あった出来事を輝夜さんに話してみた。

もちろん、輝夜さんの話じゃなくて彼の顔面を殴ってしまった話。


「あはははは。いいわね~、それで怒り出さないあたり、その彼はあなたを許しているって事よ」

「殴ってしまった事ですか?」

「違うわよ、心よ心」


心?


「そう。あなたに心を許しているの。言い方を変えれば、認めているって事かしら」

「彼が? 私を?」


輝夜さんは頷く。

果たして、本当にそうなのだろうか?


「う~ん……」


私は竹酒を呑みながら、空を眺めた。

月夜は星が見えない。

もし、お月様が輝夜さんだとしたら、私は星なんじゃないだろうか。

そんな気がして、一気にグラスの中身をゼロにするのだった。



~☆~



「ふあ~」


気がつけば、私は大あくびをしていた。

あれれ?

あ、そうか。

屋台に来て、お酒を呑んでたんだっけ。

ちょっとばかり、呑みすぎたかなぁ。


「だいじょうぶ?」


そんな私の前に輝夜さんが水を差し出してくれた。

私はそれを受け取ると、ごくごくと勢い良く飲む。

あぁ、おいしい。


「ふぅ、ありがとうございます」

「だいぶ酔っ払っちゃったみたいね。どうかしら、彼を落とす方法は見つかった?」


そうだった。

輝夜さんに相談して、彼に振り向いてもらう方法を考えていたんだった。

その間に眠っちゃったんだろうか?

うぅ~、なんか情けない。

恋敵にこんな相談するなんて。


「輝夜さんは、なんか余裕がありますよねぇ。私ってば、あわて者だから失敗ばっかり」

「まぁ、人生経験の長さかしらね」


へぇ~。

輝夜さんって意外と長生きなのかな?


「あわて者ね……あなた、失敗を恐れてるでしょ」

「え、普通はそうじゃないですか? 失敗なんて、誰もしたくないですよ」

「そこが間違いよ」


そうなの?


「えぇ。失敗は成功の元、っていうじゃない。それを知っていながらも失敗はしたくないっていうのが人間なのよね」


輝夜さんは自慢気に人差し指を一本立てた。


「失敗したら怒られる。失敗したら自分の評価が下がる。失敗したら嫌われる。失敗したら許されない。そう思ってるんじゃない?」

「え~っと、そうですね」

「でも、そんな事ないわ。世の中、もっと優しいわよ」


そうだろうか?

失敗すれば、お給料は下がっちゃうし、怒られるし、評価は下がっちゃうし、迷惑をかけて嫌われる。


「それを否定しなさい。そんな人間ばかりだという認識を否定しなさいな。あなたは、少し急ぎすぎているのよ。人間なんだから当たり前なんだけど。それでも、少しだけ、ほんのちょっとでいいの。ゆっくりと歩いてごらんなさい」


輝夜さんがそう言って、笑った。


「輝夜さんは、何か失敗した事あるんですか?」

「大きな失敗をひとつしたわ。お陰で、私はここに居るんだけどね」


どういう意味だろう?


「私はもう歩く事が出来ない。永遠に停止したままなの。だからこそ、大人になったのかもしれないわね。もう少し私が大人だったら、退屈な日常を受け入れて、失敗なんかしなかったのかもしれない。それが良かったかどうかは分からないけれど」

「う~ん、大人か~」

「子供の頃は、大人が羨ましかった。全てが自由な大人がね。でも、成長するにつれ、子供がうらやましくなる。全てが自由な子供が。さて、あなたは大人かしら? それともまだ子供?」


私は……


「どっちかしら……分からないわ」

「うふふ。人はそれを、大人でもない子供でもない、どっちつかずの状態を、青春時代と呼んでいるわ。大人になる寸前の、まだ青い時期の名称よ」


青春時代……


「じゃぁ、私は大人でも子供でもない状態?」

「えぇ。一番自由な時代よ」


自由か。


「そっか。私って自由だったんだ」

「えぇ。間違いなく自由だわ。お仕事を頑張るのも、恋愛を頑張るのも」

「輝夜さんって、何か凄いね」

「そうかしら? ただのアルバイト店員よ」

「そうなの?」


そうよ~、と輝夜さんが笑った。


「私と一緒だ。今度、人間の里のカフェに来てください。私、そこで働いてます」

「あら、そうなの? じゃぁ、是非うかがわせてもらうわ」


輝夜さんが来たら、しっかりっと接客しなくっちゃ。

……あ、これがダメなんだっけ。

もっと余裕を持って。

ゆっくりとやればいい。

うん、なんか私に合ってるかもしれない。


「じゃぁ、恋愛もゆっくりでいいのかしら?」

「あら、それはダメよ」

「え!? そうなの!?」

「そうよそうよ。恋愛は先手必勝。誰かに取られちゃう前に、アピールしまくりなさい!」


え~! さっきと言ってる事が違う~!


「生き方はゆっくりと。でも、恋愛は急いで。モタモタしてたら、どこかの誰かに取られちゃうわ」


うぅ~。

確かに。

モタモタしてたら輝夜さんに取れてしまうかもしれない。

だって、こんなに素敵な人なんだもの。

男が放っておく訳ないじゃない。


「もしも、他の誰かに彼を取られちゃったら、どうするべきですか?」

「それでも彼を想い続けるか、それとも新しい恋に生きるべきか。そこはあなた次第よ。正解なんて無いわ」

「私次第……」

「私のオススメは略奪ね。寝取ってしまいなさいな」


輝夜さんの口元が愉悦に歪んだ。

うわぁ、こんな表情も出来るんだ、この人。


「寝取るって、どうやって……?」

「男なんて単純よ。ちょっと肌を見せてやればコロッと付いて来るわ。こんな風に……」


輝夜さんは着物を少しだけ肌蹴させた。

白い綺麗な肌。

まるで、お姫様みたい。

両肩が露になって、少しだけ胸元が覗く。

女の私でも、思わず凝視しちゃうくらいの光景が広がった。


「うっふ~ん、香霖堂~!」


で、阿呆みたいな感じで屋台にいる香霖堂の人を誘惑した。


「バカか君は! さっさと服を着ろ!」


と、香霖堂の人が叫んだ。


「あれは特殊な例ね。これで落ちない男は超厄介だから難しいわよ」

「輝夜さん、香霖堂の人を狙ってるの?」

「さぁ?」


輝夜さんは肩をすくめて誤魔化した。


「でも、私……男性経験が無いので怖いです」

「あらそうなの? う~ん、それもひとつの強みなんだけどね。男ってば、新品が大好きだから」

「新品……」

「言い方が悪いけど事実よ。という訳で、あなたは武器をひとつ持っている事になっているわね。う~ん……そう考えると完璧じゃないの、あなた」

「え?」

「可愛いでしょ? そして一途だし、ちょっとした愛嬌がある」

「え? え?」

「そして処女。もう、これで男が振り向かない訳がない」


ほんと?


「えぇ、本当よ。あと、あなたに足りないのは勇気かしら。度胸とも言うわね」

「勇気と度胸?」


えぇ、と輝夜さんは頷いた。


「今度、彼に会ったら逢引に誘いなさいな」

「えぇ~! そんな事したら、好きだっていうのがバレバレじゃないですか!」

「それでいいのよ」

「で、でもそんなの告白と変わりませんよ?」

「えぇ、その通りよ。私はあなたに気があります。そう伝えているの。その一歩さえ踏み出せば、あなたの恋は次に進めるわ。しかも進めるのはあなたじゃない。彼の方よ」


彼の方?


「あなたの想いは伝わった。だから、後は彼の返事を待てばいい。逢引を何度かすれば、必ず彼が決断してくれるわ」

「何を?」

「あなたと彼の関係を、よ。付き合うなり結婚するなり、好きなものを選べばいいわ」

「そ、そんなに簡単にいくかしら?」

「もちろん簡単な訳がないわ。二人の間に色々とあるでしょう。それを頑張って乗り越えなさいな。そうすれば、きっと幸せになれるわ」


そう言って、輝夜さんはポンポンと頭を撫でてくれた。

なんでだろう。

凄く、自信がでてくる。

今なら何でも出来ちゃうような。

そんな感じがしてくる。


「分かりました、頑張ります!」

「うふふ。稗田家の当主が言っていたわ。母は強し、恋する乙女は強し、恋に恋する乙女はもっと強し。頑張れ、女の子♪」


その言葉に、私は大きく頷いた。

そして、輝夜さんと一緒に笑った。

なんて素敵な屋台なんだろう。

なんて素敵な夜なんだろう。

そう思いながら、私は一晩を屋台で過ごした。



~☆~



「うぅ、頭痛い」


呑みすぎた。

二日酔いで頭が痛い。

カウンター席で青い顔をしていると、店主さんが紅茶を出してくれた。

ありがとう店主さん。

このご恩は働いて返します。


「ほれ、しっかりしろ。そんな調子じゃ、愛しの彼を心配させちまうぜ」

「な、なななん、なんで知ってるんですか!? あ、いたたたた……」

「お前の態度を見てればバレバレだ」


店主さんはそう言いながら厨房へと戻っていった。

嘘ぉ。

そんなバレバレなのかな~。


「うぅ、今度また輝夜さんに相談しよう」


と呟いたところでお客さんが来た。

頑張って営業スマイルを作る。

顔色が悪いのは、もうどうしようもない。

せめて明るい表情は作ってみよう。


「いらっしゃいませ~。あ、いたたたた……」


ごめんなさい。

ダメでした。

今日一日、彼が来ない事を縁結びの神様に祈っておこう。


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