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アルバイト輝夜 ~永遠亭一家編~

夜。

蟲の声も聞こえない、静かな夜。

空からはゆっくりと雪が降りてきているが、まばらな為に積もりそうではない。

クリスマスに少し降った程度なので、地面はまだ茶色いままだ。

僕が踏みしめる音は、まだ音が鳴りもしない。

このまま降り続いたならば、明日には小気味良い音が聞けるかもしれない。

もっとも、雪かきをしないといけないので、余り歓迎は出来ない。

踏むのなら新雪より霜柱の方がおすすめだ。


「はぁ~……」


冷えた指先を自分の息で暖める。

僕の息は白い靄となって空へ浮かび、消えていった。

彼等はいつだって上昇志向だ。

さて、どうして僕の息は上空を目指すのだろうか。


「ふむ……難しい問題だ」


呟く僕の口から尚も息が漏れ、空へ空へと昇っていく。

透明から白へと変わる息。

『白』とは、転じて『代』。

つまり『依り代』と考えられる。

息は依り代となり、僕の代わりに空に昇ってくれる訳だ。

僕は海だけでなく空へも憧れを抱いているのだろうか。

自分の事ながら、良く分からないものだ。


「ふむ……除夜の鐘か」


遠くから、鈍く響いてくるゴーンという音。

お腹の辺りに良く馴染み、なんとも心地の良いものだ。

音は命蓮寺から聞こえてくる。

新年を迎えると同時に寅丸星が百八回も鐘を突くらしい。

この寒い中、ご苦労な事だ。

まぁ、彼女は妖怪だし、問題はないかもしれない。

神聖な儀式を行って、風邪を引いてしまう事はないだろう。

妖怪は、精神に依存する。

滅多な事では風邪や病気にならないだろう。

はてさて、僕の半分もそういう作りになっているのだがねぇ。


「不思議と丈夫に出来ている」


呟き、じんわりと響いてくる除夜の鐘を聞きながら、歩みを進める。

ん?

除夜の鐘……あぁ、そうか。


「年が明けたのか」


どうやら夜道を歩いているうちに大晦日は終わりを告げたらしい。

知らない間に、僕は新しい年を迎えてしまった。

妖怪にとって、新年というのはそんなに価値がない。

だが、人間にとって新年というのは、程々に価値がある。

僕こと森近霖之助にとって、新年というのは、微妙に価値があった。

僕の寿命は長い。

かといって、妖怪よりは短い。

だから、暦も人間の物を使っている。

百回以上を迎えた新年。

その度に、まぁ、そこそこの価値は見出している。


「ん?」


と、僕が行く方向に交差点。

少しばかりの声が聞こえてきた。

僕が来た道は魔法の森から続く道で、声が聞こえてくるのは人間の里から続く道。

新年を祝った人間だろうか、と交差点で眼をこらしてみると、意外な面々だった。


「あら、霖之助さん」


相手も僕に気付いたのだろう、そう声をかけてきた。

八意永琳だ。

いつもの赤と青の不思議な服に羽織る様に外套を着ている。

厚着をしている印象ではないが、別段寒そうな訳でもなく表情に変化はない。


「あ、道楽旦那だ」

「誰が道楽旦那だ、まったく」


そう声をかけたのは、因幡てゐだ。

彼女は妖怪兎らしくいつも通りのワンピース姿。

見ているこちらが寒くなってくる。

頬が赤くなっているのは、寒さからか、はたまた酔っているからか。


「こんばんは、霖之助さん」


最後に、鈴仙・優曇華院・イナバが少しだけ腰を折りながら挨拶をする。

僕もそれに返して、こんばんは、と伝えた。

鈴仙も、いつも通りの格好だが、それに付け加える様に白いマフラーをしていた。

ミニスカートなので、なんとも足が寒そうだ。

冬場でもスカートの女性は多い。

もしかすると、女性は足に寒さを感じないのかもしれないな。


「で、どうしたんだい、それ」


僕は指先が冷えるのもお構いナシに、人差し指を向けた。

狙いは鈴仙の背中。

長く黒い髪を垂れ流し、幸せそうな笑顔でくっ付いている永遠亭のお姫様。

蓬莱山輝夜が鈴仙に負んぶされていた。


「少し人間の里で盛り上がってしまいまして」


永琳が苦笑しながら言う。


「なるほど。彼女は人気者だからな」


ミスティアの店でアルバイトを始めて以来、輝夜は里の男性に人気がある。

見る人が見れば、彼女は美人店員で。

また、違う人が見れば、彼女は可愛い店員さんで。

リップサービスが良くて、通う男性も多い。

時にはいかがわしい誘いもあるそうだが、それも輝夜の魅力なのだろう。

これもまた、竹取物語という事だろうか。

御伽噺と違って、かぐや姫本人が姿を見せびらかしているがね。


「ん……ん~、おぉ、こーりんど~。にへへ、あなたも~来たのねぇ」


夜の寒気か、それとも立ち止まった事への変化か、お姫様は目を覚ました。

しかし、ギリギリ呂律が廻っている程度。

酩酊状態には変わりない。

まったく、どれだけ呑まされたのやら。


「残念だけど、ここは道の交差点さ。僕が来たんじゃなくて、僕と出会ったという方が正しいよ」

「鈴仙、おろして~」


僕の言葉を聞いてか聞かずか、彼女はゆっくりと鈴仙に降ろしてもらう。

ちょっとだけフラフラと足を動かしたので、僕は慌てて輝夜を支えた。


「はい、こーりんどう。ちゅ~」


と、言って輝夜が目を閉じ、顎をあげる。


「何でキスなんかしなくちゃいけないんだ……」

「むぅ~、月の文化よ~。郷に入れば業に従えって言うじゃない」

「ニュアンスが違う」


僕は永琳と鈴仙を見た。

二人とも苦笑しながら首を横にふる。


「嘘八百か」

「嘘じゃないも~ん。ほらほら、お姫様とキス~。呪いを解くの~」

「僕は王子様じゃないんだけどね」


だらしなく僕に抱きついてくるお姫様をひっぺがす。

それでも輝夜は目を閉じて僕を見上げている。

はぁ、まったく。

しょうがない。

僕は、右手に拳を作ると、人差し指と中指だけ浮かせる。

その二本の指の中程を輝夜の唇に少しだけ触れさせ、素早く引っ込める。


「わ、ほんとにキスされちゃった」


酔っ払いは容易いな。

普段の輝夜もこれぐらい扱いやすければ良いのだが。


「えーりん、キスされちゃった」

「良かったですね、輝夜」


ヒューヒューと鈴仙とてゐも囃し立てる。

なんだかんだ言って、仲の良い永遠亭一家だ。


「それで、君達は帰るところかい?」

「違うよ~。ミスティアに挨拶しないとだから」


と、てゐが答える。

なるほど、輝夜がお世話になっているから新年の挨拶に、という訳か。


「霖之助さんはどちらへ行かれるんですか?」


鈴仙に聞かれ、僕は苦笑しながら答える。


「偶然だが、僕もミスティアの屋台に行こうと思ってね。良かったら、僕も同行していいかな?」


てゐと鈴仙は永琳を伺う。

まぁ、どうみても彼女が保護者なのは間違いない。

間違っても、酔っ払ったお姫様である事は確実だ。


「えぇ、構いませんよ」


保護者の了解が出たところで、輝夜が僕に纏わり付いてきた。


「こーりんどー、おんぶ~、おんぶ」

「はぁ……仕方ない。鈴仙にしてもらえ、というのも男らしくないからな」


僕が腰を降ろすと、ぴょんと彼女が乗ってきた。

不意打ちならば、きっと前のめりで転んでいただろうが、ある程度の予想はしていた。

ぐっとこらえると、僕は輝夜のお尻を持ち上げ、よいしょ、と一度体制を整えた。


「や~ん、こうりんどぅがお尻さわった~ん」

「あぁ、はいはい、すまないね」

「あやまるな~、ぼくねんじん」


そういって、輝夜が僕の耳を甘噛みする。

思わず、僕の背筋は伸びてしまった。


「……永琳、君は姫にどういう教育をしていたんだい?」

「うふふ。夜伽の訓練はしていませんよ?」


訓練『は』していない、か。

教育は施したのだろうか。

それとも、竹取の翁がちょっかいでも出していたのだろうか。

そういう逸話もあるにはあるし。


「はぁ~、まったく……」


僕としては、清楚でおしとやかな女性になってもらいたい。

まぁ、そんな事を言うと、人格否定となってしまうので言葉には出さないが。

だから、そんな言葉を飲み込むと、自然とため息が出てしまうのだろうなぁ……



~☆~



背中の輝夜からスピリチュアルアタックを喰らいながらも、何とか竹林沿いの道にやってきた。

永琳以下兎達は助けてくれないし、恐ろしく疲労した気がする。


「あら、疲れていた方がお酒は美味しいじゃないですか」

「僕はいつ呑んでも美味しい酒が好みだね」


永琳の言い分はもちろん分かる。

酒には一日の疲れを癒す効果もあるし、一仕事を終えた後の酒は格別だ。

だが、それではただの栄養ドリンクと変わらない。

やはり、いつ呑んでも上手い酒を呑みたいものだ。


「わたしは~、こーりんどうの~、涙がのみたいの~。あはは~」


なにやらお姫様が物凄くマニアックな事を口走り始めた頃、ようやく紅い光が見てきた。

いつもの竹林沿いのいつもの道のいつもの場所。


「私を他の誰より好きじゃないのは~♪ のんのんのんのん♪ 責められる事ではないけどないけど♪ ひどい♪」


紅い、仄かの辺りを照らす提灯の灯りに近づくと、やがて店主の歌声が聞こえてきた。

明るい曲調なのに、歌詞は少し物悲しい感じがする。

彼女の歌にしては珍しいパターンだな。


「あなたは私の~、永遠の盟友だから~っと♪ お、いらっしゃい……って、あらら。ウチのアルバイトだ」


大晦日、という事もあってか屋台にはお客さんは一人もいなかった。

もちろん、妖怪の姿もない。

僕達は屋台に用意された長椅子へと座った。

左から、僕、輝夜、永琳、鈴仙、てゐの順番。

しかし、少し窮屈なのは否めない。


「今日はお客さんなんだね、輝夜」

「にへへ~。店長~、一番安いお酒ちょうだ~い」


と、言ってから輝夜は屋台に突っ伏してしまった。

そのまま静かに寝息をたてはじめる。

恐ろしい程の寝つきの良さだ。

人間の母親なら、泣いて喜ぶ速度かもしれない。


「酔っ払い?」


ミスティアが輝夜に指をさす。

それに対して、僕らは同時に頷いた。


「じゃ、あっちに寝かせてあげよう」


そういってミスティアは屋台の隣へ移動した。

いつも輝夜が担当している長机にある大きめの赤い和傘。

それをバサリと広げると、こっちこっちと手招きする。

僕は輝夜をお姫様抱っこして、そちらへと向かう。

そして、そのまま長机の上へと寝転ばせた。


「う~ん……」


少しだけ表情を曇らせたが、どうやら眠り姫となってくれたらしい。

糸車でも毒林檎でもないので、なんの物語性も生まれてはこない。

まぁ、当たり前だが。

僕は外套を脱ぐと、彼女にかけてやった。

多少は寒さをしのげるだろう。


「ひゅ~ひゅ~」

「やるね、霖ちゃん」


鈴仙とてゐがまた囃し立てる。


「十三歳か十四歳の子供か。まったく」


それ位の人間の子供というのは、どうにも無謀で浅はかだ。

もう少し知性をつけて欲しい。

ある種の病気にも感じられる年頃だ。

きっと年齢を経てから後悔するだろう。

そんな風な事を思い苦笑しながら、僕は屋台へと戻る。

余裕ができたスペースに座ると、ミスティアがお猪口を出してくれた。


「ほい、熱燗」


あちち、と僕と永琳の間に一本と、鈴仙とてゐの間に置いてくれる。

どうやら永琳が注文したらしい。

まぁ、こんな雪がちらつく寒い夜は、熱燗が丁度いい。

僕は徳利を持ち上げ、永琳のお猪口へと注ぐ。

返杯に、永琳も僕のお猪口へと注いでくれた。


「かんぱい」


お猪口を少しだけ掲げ、僕はくいっと透明な液体を口に含む。

熱い液体。

口の中を温める様にお酒が通り過ぎていく。

そして、仄かに鼻からぬけていく酒の香り。

喉を通り過ぎれば、カっと熱く体内を潤していく。


「うむ、美味い」

「ありがと。なに注文する? 今日はおでんがあるよ~」


なるほど、さっきから気になってたあの四角い鍋はおでんだったのか。

いつもの八目鰻を焼くスペースの半分を占拠している四角い長方形の鍋。

ミスティアが蓋をあけると、そこからはおでんの独特な香りが漂ってきた。


「あら、おいしそう」


永琳の呟きに、僕と兎達は同意した。


「そうだな……じゃがいもと大根、それからこんにゃくを貰えるかい?」

「ほいほい~っと」


少し底が深い皿にミスティアがよそってくれる。

トン、と僕の前に置かれた更からはおでんの独特の香りと湯気。

自然と僕の眼鏡が曇ってしまうのは仕方の無い事だろう。

これもまた、冬の楽しみの一つになるかもしれない。

いわゆるオツというやつだ。


「私は大根と牛筋をもらおうかしら」

「え~っと、じゃがいもとこんにゃく、それから~たまご」

「はい、よろこんで~」


永琳と鈴仙の注文を受けて、ミスティアが二人の皿を置いた。


「私はたまご~。たまごとたまごと、あとたまご。あ、もう一個だけたまご」


喉を潤していた僕が、てゐの注文に思わず吹き出しかけた。


「おいおい、どれだけたまごを食べるんだ……」

「いいじゃない。たまご美味しいよ?」

「そうかい? 僕は口の中がパサパサになるから、余り好かないな」


たまごの黄身が口の中の水分を全部もっていってしまう。

一度、ゆで卵の黄身が喉に詰まって以来、どうにも苦手意識が芽生えてしまった。


「年取ったからじゃない」

「うっ」


てゐの一言が妙に胸に刺さった。


「いや、それはおかしい。君の方が年上のはずだ」


僕がてゐの方を覗き込むと、ミスティアが注文どおりにこんもりとたまごが盛られた皿をてゐの前へと置いた。

予想以上のインパクトがあり、何とも口の中が乾いていく気がした。

永琳も鈴仙も苦笑している。


「いただきま~す」


さっそくとばかりにてゐはたまごを食べていく。

まぁ、それだけ美味しそうに食べるのならば、文句を言う立場は無い。

好きな物をいっぱい食べれるのは幸せな事だ。

誰もそれを邪魔する権利なんて持ってないしね。


「ん? ミスティア、鶏肉がダメってのは分かるが、たまごはいいのかい?」


そういえば、と思い出した。

彼女が八目鰻の屋台をやっているのは、焼き鳥撲滅の意味も含んでいた気がする。

同じ鳥類を食べるのを許さないというのならば、たまごもダメな気がするのだが……


「あぁ、それ私が産んだ卵だから別にいいよ」


ごふっ、とむせた音が聞こえた。

右側を伺い見れば、鈴仙とてゐが咳き込んでいる。

あぁ、黄身のもう一つの特徴だ。

バラバラと細かく崩れる為に気管に入りやすい。

むせてしまうのは仕方のない事だ。


「もう汚いわね、あなた達。ほら、拭きなさい」

「げほ、あ、ありがとございます師匠。げほっげほ」


運悪く鈴仙もたまごを食べていたらしい。

もしかすると、ミスティアが見計らって言ったのかもしれない。

なかなかに意地の悪い。

どうやら店主の方にまでアルバイトの悪癖がうつってきた様だ。


「けほっ。ん、んっ。ほ、本当なのミスティア?」


てゐの質問に、ミスティアはニヤリと笑う。


「嘘よ、嘘。でも、どっちにしろ無精卵だから安心していいよ」

「いやいや、そこは安心するポイントじゃないわよっ!」


鈴仙のもっともなツッコミ。

例えミスティアじゃなくても、鶏が目の前にいたのなら、食べ難い事は確かだ。

まぁ、無精卵だし、ただただ腐らせるのは勿体無いから良いのか。


「そういえば、君は卵を産めるのかい?」

「どっちだと思う?」


聞き返されてしまった。

なんとも妖怪らしい怪しい笑みを浮かべている。

いや、ここは妖艶と言い換えておこう。

それなりに艶のある話だからね。


「う~む。妖怪だし、無理だと思う」

「あら、私は産めるに一票」


妙なところで永琳が加わってきた。

こういう、少し下品な話題に加わるというのは珍しい。


「ミスティアは女性よ。しかも鳥の妖怪というならば、産めない道理はないわ」

「確かに。だが、妖怪は子孫を滅多に増やさない。そして男女の営みによって、増えるとは思えない。だとするならば、卵を産むという様な余計な機能は必要ないはずだ」

「む、霖之助さん。子供を産む為のものを『機能』とはなんですか、機能とは」


おっと、しまった。

どうやら鈴仙の琴線に触れてしまったらしい。


「ふむ、すまない、謝るよ。という事は月の兎は子供が産めるんだね。予定はあるのかい?」

「なっ!? いえ、べ、べべ、べつに」


くくく。

僕の言葉に、途端に鈴仙は真っ赤になった。

なんとも弄りがいのある兎だ、まったく。

鈴仙は誤魔化す様に一気に酒を煽る。


「ぷはっ」

「お、良い呑みっぷりだね。おかわりいる?」


すかさずミスティアが徳利を燗する。

ちなみに、彼女が用意しているのは『熱燗』だ。

燗には細かく温度表現がある。

熱燗とはその中でも上から二つ目であり、50度前後の事を示す。

55度前後になれば『飛び切り燗』。

45度前後を『上燗』。

40度前後を『ぬる燗』。

37度前後を『人肌燗』。

33度前後を『日向燗』と呼ぶ。

常温になれば『冷や』と呼び、15度前後は『涼冷え』、10度前後を『花冷え』。

そして、5度前後を『雪冷え』と呼ぶ。

これはあくまでも目安であって、人や妖怪によっては感じる温度が違う為、参考程度のものだ。

それでも、日向燗や雪冷え等の名称を付けるあたりには情緒を感じる。

物の存在という訳ではないが、お酒の状態にもこうして名前がある訳だ。

少なからずとも、過去の人間や妖怪の心の余裕と酒の楽しみ方が見えてくる。

余裕の無い生活ならば、こうして名前を付けられるはずもない。

また、情緒あるからこそ、名前が付けられる。

日向や花、雪という自然の物が付いているのなら、尚更だろう。

僕の目にはしっかりと『熱燗』とうつっている酒。

くいっと煽ると、温かさと美味さを感じた。


「ふぅ。ミスティア。僕にももう一本、燗を付けてつけるかい?」



~☆~



はてさて、どれくらい呑んだやら。

気が付けば僕達の前には徳利がズラリと並んでいた。

鈴仙とてゐもすっかり出来上がってしまったのか、少しだけ赤い顔で船をこいでいる。


「う~ん、これは積もりそうだね」


ミスティアが屋台の外を見ながら言う。

その言葉に振り返ってみてみると、雪の勢いが少しだけあがっていた。

雪の結晶が大きくなり、地面にうっすらと白さを重ねている。

今なら、踏みしめるあの小気味良い音が聞けそうだ。


「あら大変。帰れるかしら」


永琳が苦笑している。

彼女は酒の呑み方を心得ているらしく、泥酔も酩酊もしていない。

理想の呑み方と言える。

そんな永琳の悩みは、弟子達とお姫様だろう。

さすがに三人も負んぶ出来まい。

まぁ、二人でも無理だろうけど。


「霖之助が輝夜を負んぶするとしてぇ~」


さてそうしようか、と永琳が思慮を巡らせているとミスティアが勝手に算段をたてはじめる。


「おいおい、僕の帰る方向はあっちさ。竹林に向かうと遠回りになる」

「え~。前にも輝夜を負んぶして帰ったじゃない」


と言ったところで、ミスティアが急にニヤニヤしはじめた。

どうやら、あの日の事を思い出したらしい。


「ねぇねぇ、あの時さ、結局どうなったのよ? うまくはぐらかされちゃって、詳細を聞けてないし」

「あぁ、私もそれは聞きたいところですね。朝、いきなり霖之助さんがいるもんですから、びっくりしましたよ」


二人はニヤニヤと僕の顔を覗き込む。

どうでもいい事なのだが、この場合、永琳はニヤニヤしている場合じゃないと思うのだが?

仮初でも輝夜は『お姫様』な訳だから、もう少し心配してはいかがだろうか。

と、言葉に出すと厄介な方向に話をもっていかれそうなので黙る。


「あら、寡黙な男がモテるのは前時代の話よ? さっさと腹を割りなさいな」

「痛くも無い腹を割るとは、君は医者の風上にも置けないね」

「あら。半人半妖という稀有な身体を解剖できるのですもの。医学の向上と私の充足感が一気に得られて、これ以上ない成果が期待できるわ」


永琳がふふんと笑い、酒を煽る。


「残念ながら、僕は病気にならなしい怪我もしない。医者とは縁の無い存在だよ」

「あら、お姫様の旦那になるお方がそんな態度だなんて……輝夜を手に入れたら、私も鈴仙も手に入ると思っていいのよ? これ以上無い縁だと思わない?」


永琳はそう言って、僕を横目で見る。

はぁ~。

まったく。

どうして、こう、美人の流し目というのは威力があるのだろうか。

まるで一種の魔術だ。

『傾国の美女』という言葉が生まれるというのも納得が出来る。

まぁ、永琳の場合は『傾国』ではなく『警告』だろう。

警告の美女。

近づくと噛み付くぞ、と言わんばかりの笑みじゃないか。


「ところでてゐは手に入らないのかい?」


先の言葉では、てゐの名前が抜けていた。

少しだけ気になったので聞いてみる。


「あら、ロリコンだという噂は本当だったの?」


と、永琳がわざとらしくビックリする。


「あぁ、そういえばチルノと仲が良いもんね霖之助」


ミスティアも乗っかってきた。

どうやら藪蛇だったらしい。


「いやいや、てゐは勿論だがチルノだって僕より年上の可能性がある。僕は別に未成熟な少女が好きでも、成熟した女性が好きでもない」

「ふ~ん」


分かった様な、分からない様な、そんな曖昧な雰囲気の永琳。


「じゃ、ミスティアと輝夜。結婚するならどっち?」


何が狙いなのか、全く関係の無い質問をしてきた。

もしかしたら、表面に見えていないだけで酔っ払っているのだろうか。

こういう質問には真面目に応対してはいけない。

きっぱりと断るべきだ。


「応える義理はない――」


僕が言葉を言い終わる前に、僕の前にコップ一杯の液体が置かれた。

見上げると笑顔のミスティア。

手には一升瓶。


「そこは私も女として気になるわ。応えないと一気呑みね。勿論、私の奢りよ」


ニヤリと笑う屋台の店主。

どうやら、アルバイトに教育されていたらしい。

まったくもって、お姫様という存在は厄介だ。


「むっ」


仕方ない。

僕はコップを手に取ると、その中身を一気に煽った。

ぐっ。

かなり度数が高い酒の様だ。

喉から胃にかけて体の中が熱くなる。

まるで火を呑んだ、と比喩するのが一番の様な感覚に襲われる。

体の下へと向かって熱さが降りていくのに逆行して、頭にもぐわんぐわんと責めたててきた。


「くぁ。ど、どうだ、これで応える義理はないぞ」


眼鏡がズレたので直す。

いや、どうやらズレてないらしい。

いかん、これはかなりキてしまったらしい。


「あらら。それじゃぁ、しょうがないわね」


ミスティアは残念、とばかりに一升瓶を直す。

永琳も肩をすくめている。


「ふふ、そろそろお勘定かしら。霖之助さん、奢るわ」

「ん? いいのかい?」


僕が奢ってもらうとは珍しい。

そういえば、いつも奢ってばかりの気がするなぁ~。


「その代わり、輝夜を負ぶってくださる?」

「まぁ、しょうがないだろう。お安い御用さ」

「輝夜のお尻も触れるしね」


ミスティアがニヤニヤしながら言う。

まったく、それじゃ僕がただの助平な半人半妖じゃないか。

失礼な。

僕は立ち上がって、隣の長机と移動した。

輝夜はこんなにも寒いというにの、幸せそうな笑顔を浮かべながら眠っている。


「キスするなら、いいわよ」


振り返れば永琳がいた。


「輝夜とキスするには、君の許可が必要なのかい?」

「いいえ」

「そりゃ良かった」

「どういう意味?」

「なんでもないさ。手伝ってくれ」


僕は屈んで、背中を向ける。

しばらくしてから、ちょっとした重みとハラリと零れる黒髪を感じる。


「よいしょっと」


立ち上がると、永琳が輝夜の背中から外套をかけてくれる。

どうやらダウンしていた鈴仙とてゐも目を覚ました様だ。

立ち上がっているところを見ると、大丈夫だろう。


「ねぇねぇ霖之助さん」

「なんだい?」


永琳が話しかけてくる。

その後ろで鈴仙がお金を払っていた。

持っているのは永琳の財布。

弟子イジメではなさそうだ。


「月は太陽の光を反射して輝いているの。月は自ら輝く事は決してないの。昼間は明るくて誰も見てくれないしね」

「そうなのかい?」


えぇ、と永琳は頷いて僕に顔を近づける。


「さて、あなたは太陽と地球のどっちかしら?」


ぼそり、と呟く様な永琳の言葉。

僕が太陽なのか地球なのか?

何の冗談だろうか、と思ったが、永琳の目は真面目だった。


「ふむ……」


まったく卑怯だ。

僕がそれなりに酔っ払っているとみて、聞いたのだろう。

残念ながら、この通り、僕は酔っ払ってはいない。


「君の目は節穴かい? 僕はただの香霖堂の店主、森近霖之助さ。月を照らす太陽でも、月と永遠に近づく事のない地球でもない。どこにでもいるただの道具屋さ」


僕の言葉に、そう、と永琳は笑った。

だから僕も笑った。

笑えているかどうかは、良く分からなかったけど。


「残念。色気のある話にはならないのね?」

「あぁ、残念ながらね」


まぁ、これはこれで森近霖之助らしいといえば、らしいのだが。

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