第1話 会場案内はお手柔らかに
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春にしては眩しすぎる太陽にジリジリと身を焼かれる。一体あと何分歩けば会場に着くのだろうか。もう何度見たかも分からない会場周辺地図を睨みつけるが、ご丁寧につけられた★マークの建物は、リアルじゃ全く見えてこない。こんな時に瞬間移動できる道具でもあれば……なんてくだらないことを考えながら、アスファルトを踏みしめる。
あのタクシー運転手め……絶対に渡した住所と違うところに運んできただろ! それとも配られたハガキの方の住所が違ったのか? いや、流石にそれはない。一応企業ホームページの住所と照らし合わせたが、全く同じだった。
それにしても、噂で聞いたよりも随分と貧相な街だ。壊れかけのビル群が点在し、カラスが荒い鳴声ながら群れをなして上空を飛び回っている。自分の街から出たことがない俺ですら違和感を覚えるほど辺りは暗く、重苦しい空気ながれていた。
地図に従って歩けば歩くほど人通りは少なくなっていく。さっきはトラックやら窓フルオープン爆音車やらがちらほらと走っていたが、今目に入ってくるのは前を走るシルバーのチャリを漕いでる中年男くらいだ。その中年男もしばらくしたらどこかに走り去っていった。要するに、俺は道を聞ける人が完全に居なくなったと言う訳だ。
【目的地に到着しました。音声案内を終了します】
いや終了するな。どこだよここ。
目の前には今にも倒壊しそうなオンボロビルがポツンと立っているだけで、人の気配は全くない。いくらホームページがイメージ画像だとはいえ、さすがに違いすぎる。どこぞのサイトの詐欺商品か。どこの腐濁野郎が作ったか知らないが、ここまでとなると流石に呆れが勝った。開かない自動ドアを手でこじ開け、辺りを注意深く観察しながらその建物の中に入る。排水溝からはネズミが駆け回り、窓は割れ、あちらこちらにツタが這っていた。
「あのぉ……すみませーん! どなたかいらっしゃいますかぁ……?」
進めど進めど室内は暗くなるばかりで、やはり人の姿はない。突き当たりまで進むと、目の前に灰色のドアが現れた。恐る恐るノブを捻ると、錆びた鉄が擦り合わされるような不気味な音が鳴り、ゆっくりと扉が開く。室内(どちらかというと、エレベーターに毛が生えたようなコンクリ製の謎空間だが)は、頭上からの蛍光灯だけが1つぼんやりと付いているだけの無機質な場所だった。オマケにエレベーターのボタンは2以上のボタンはなく、代わりに1とBが付いた数字のみが羅列されている。本当にここなのか? まさか地下? いやいや、だとしたらあの日光に照らされてる事務室の画像はなんなんだ。CGかAIだなんて言ったらキレるぞ。
一応求人募集中の張り紙は入り口にあったんだ。もし違ったら引き返せばいい。そんな甘い考えでエレベーターに乗り込んだことを後悔するまで、そう時間はかからなかった。
【番号を入力してください】
エレベーターの開くボタンを押すと、そんなアナウンスが流れた。
一体なんのことだかさっぱりわからない。手元にある番号といえば、せいぜい受験番号くらいだ。最近の企業は受験番号を先に送信してから面接なのか? まぁきっとそうなんだろう。エレベーターのタッチパネルにハガキにあった受験番号を打ち込むと、ガタンという音とともにエレベーターが下へと動いた。ちゃんとたどり着けるのだろうか? そんな不安を抱えながら、エレベーターの扉が開くまでの時間を待つ。
ギギギ……と音を立てながらゆっくりと扉が開く。ここが会場ではないと気がついた時には、もう全てが手遅れだった。
「あ? 誰だお前。どうやって入ってきた」
エレベーターの外には白衣を身につけた小柄な男が立っていた。それもすごい形相でこちらを睨みつけている。頭にはゴーグルを付けており、目元にあるくっきりとした隈が目立つ。科学者のように見えるが、今はそんなことどうでもいい。必死にエレベーターの閉めるボタンを連打するも、全く扉は閉まらない。
「おい。質問に答えろ。テメェは誰で、どうやってここに来た?」
白衣の男がジリジリと近づいてくる。ネズミを狩る野良猫のようにこちらを真っ直ぐ睨みつけたまま……
「もう一度だけ聞いてやる。どうやってここに来た」
あぁ、終わった……完全に詰みだ。逃げ場はない。やっとの思いでここまで逃げてきたというのに、結局はこのザマか。泣いても喚いても、もうどうにもならない。後どんな目に遭うかなんてわかりきったことだ。大きく息を吸い、極力落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「……エレベーターに受験番号を入れたらここに着きました」
「……は?」
意味不明だと言わんばかりの顔で白衣の男は眉間に皺を寄せた。『は?』はこっちのセリフだ。俺だってわけがわからない。ふざけた話だが、決して嘘はついていないのだ。
「受験番号? 何の話だ。ふざけてるのか」
「ふざけてませんって! 就職面接で地図に従って歩いたらここに着きまして……入口に求人募集のチラシも貼ってあったから、ここだと思って……」
恐る恐る受験票を白衣の男に見せる。紙を乱暴に取り上げまじまじと見つめる彼を、固唾を飲んで見守る。暫くして、彼は視線をこちらに戻した。
「あのぉ……」
「ふっ……なんだこりゃ。確かにお前の受験番号と暗証番号が同じだ。っは! こんな偶然もあるんだな。にしてもお前、これノヴァだぞ? 隣じゃねぇか」
そうか! なら仕方ないな! じゃねぇぇえええ!!! はぁぁあ!?!? ノヴァ!? あのノヴァスグロリアか!? やっぱりあのタクシー運転手間違えてんじゃねえか!! っざけんな!!
今にも叫び出したい気持ちを抑え、必死に笑顔を保つ。隣……ということはここは旧工業都市ルイナグロリアということだ。そうするならば、今までの違和感の説明がつく。あちらこちらに並ぶ廃工場、倒壊寸前のビル、どれをとっても、ルイナの特徴と一致した。
「ノヴァの人間がルイナに来るなんて面白いこともあるもんだなぁ?」
彼は首を傾け、冷徹な目で低くこちらを睨みつける。事故だったとはいえ部外者が入り込んだんだ。当然の反応だろう。治安だってお世辞でもいいとはいえない……そんな街で生き残ってきた人々なのだから、警戒心が強くて当たり前だろう。
「ごめんなさい……初めてここに来たもので、この辺りの地理には詳しくなく……」
「つまり、お前はあの見掛け倒しの腐敗都市とオレらの街を間違えたわけだ。とんだ能無しだな」
こちらを心底軽蔑するように彼は見つめる。視線だけの静かな争いが二人の間に生まれた。
「ま、ここまで来ちまったんなら、そう簡単に返すわけにゃ行かねぇんだ。……08、コイツを研究室に」
直後、鈍い音とともに頭に強い振動が走る。08? コイツの仲間か……? クソッ……頭が痛てぇ……
その思考を最後に、俺は意識を手放した。
「ぅ……どこだここ…? 部屋……?」
目が覚めると暗い部屋に一人閉じ込められていた。手足を動かそうにも、ロープで縛られていて動けない。鉄のような嫌な臭いが鼻を刺し、思わず顔を歪ませる。
「よぉ。お目覚めか?」
飄々とした声と共にさっきの白衣の男が奥の扉から姿を現した。手には銀色のプレートとクリップボードらしきものが握られている。彼は近くにあったパイプ椅子に腰掛け、プレートをテーブルにゆっくりと置いた。上にはいくつかのアンプルと注射器が置いてある。
「悪ぃが一応拘束させてもらった。ゆっくり話そうぜ?」
彼はボールペンをくるくると回しながら奇妙なニヤケ顔を浮かべた。薬物注射されて尋問……といったところか。まだ痛みの残る頭を起こして彼の目を見つめ返す。
「い"ってぇ……話?」
「あぁ。まぁすぐ終わるから気にすんな。まず、お前はどこの誰だ?」
まるで俺を試しているかのように白衣の男はカルテを片手にこちらを見つめている。
「と、通りすがりの就活生です……」
「ほーん? 見たところ新卒じゃあなさそうだな」
「前の職場で色々あって……全然関係ない仕事を別の場所でやりたいなと思ったんです……」
彼は特に書くような事でもなかったのか、バインダーをカタカタと揺らしながら愉快そうに話を聞いている。
「……お前、パソコン系使えるか?」
「は? …え、使えます……けど」
予想もしてなかった質問に戸惑いつつ答えると、白衣の男はニヤリと笑ってこちらへ近づいてきた。
「気に入った。お前、今日からここで働け」
「は?」
唐突の提案に目を丸くする。今の時代パソコンなんて多くの人が使えると思うが……さっきの質問とこの話が一体どう関係してくるのか、全く見当もつかない。
「お前就活中なんだろ? お目当ての会社の面接時間はもう過ぎちまってるし、オレらだってここの存在を知ってるやつを野放しにするわけにはいかねぇんだ。……特にノヴァはな。だからここでお前を経理として雇ってやるって言ってんだ。給料は弾むぜ? 悪い話じゃねぇだろ?」
確かに働けるのはありがたいが……いや、ここで断ったらどんな目に遭うか大体の想像はつく。ここはもう俺に選択肢は無い。
「……わかった」
「フッ……決まりだな」
白衣の男はどこからともなくナイフを取り出し、ロープを切った。血液が一気に体に流れてきて手足の感覚が蘇ってくる。
「俺はグレイだ。お前は?」
「……ミルズ」
「よろしくなミルズ。ま、末永く頼むぜ?」
そう言って、白衣の男…グレイは扉から出ていった。
俺はこれからどうなるんだ? コイツと一緒に働くのか? 思考が現実に間に合わない。それに……何より…何より……!!!
「なんなんだここはっ!!」




