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増殖

 大学生生活も後、1年か。あっと言う間だった。

 机の周りにはファイルだったり、ノートが散らばっている。

 椅子の背もたれに深く背中を預けて、両手を高く伸ばし背伸びをする。


 「ん〜。もうこんな時間なの?」

 ふと時計を見れば22時を過ぎている。

 「とりあえず、課題も終わったし今日は寝ようかな」

 椅子を引いて立ち上がると、凝り固まった体がポキポキとなる。

 後で縛った髪の毛を解いて、テーブルにそのゴムを投げように置くと、飲みかけのコップが二つ置いてあった。


 「片付けしなくちゃ。あ、瑠璃(るり)からだ」

 スマホを手にとって、視線を落とすと画面に表示された通知をタップする。

 『やほ! 沙弥(さや)、まだ課題やってる? 明日、ご飯食べに行こうよ。傷心も兼ねてね笑』

 傷心……。

 さっきまで課題に集中してたから忘れてたんだけど、瑠璃からの連絡で思い出す。


 「私は傷心してませんよ。ふったのは私なんで。でも、ご飯は行く」

 高校を卒業する時に付き合って、だらだらと三年。

 将来は結婚かなかなと思ったが、時間が経つに連れて連絡頻度が減っていった。

 と言うよりも、私の方がめんどくさくなったのが正直なところ。


 連絡が来ないと向こうからいつもしつこく「今、何してるの?」、「なんで、返事してくれないの?」って言ってくる。

 しまいには突然家に押しかけてきたり、電話を何回もしてきたり。

 特に別れる決め手になったの、つい先週。

 疲れて寝ちゃって、目を覚ましたら元カレから通知が100件を越えていた。


 しかも、「返事しないなら死ぬ」とか、そう言うことも言うしまつ。

 次の瞬間には、頭の中で何かが切れた。


 一言、「別れよう」


 そう送ると、連絡先を消して着信も拒否した。

 今、考えると少し可哀想と思ったけど、いいかなとも思う。

 もしかして、家に来るかなって覚悟したけど、1週間経っても特になにも起きなかった。


 前はこんなじゃなかったのに。

 私のせいで不安にさせたせいかな……。

 なんて思うと、少しだけ気分が沈む。


 ま……しょうがないよね。

 酷いことしちゃったし。


 「ふぁ〜。明日の講義は午前中からだから寝ないと」

 大きく口を開けて息を吸う。

 目尻からほろりと涙が滴り、それを服の袖で拭いてから洗面所に向う。

 青色と赤色の歯ブラシの入ったコップに手を伸ばすと、一瞬戸惑ったように手が止まるが、迷わず赤い方を掴んだ。


 「あれ? 私……青い歯ブラシ出したっけ?」

 歯ブラシを口に加えながら、モゴモゴと口を動かした。

 まあ、寝ぼけてやっちゃったのかも。

 それにだいぶ歯先が開いてるか、捨てちゃお。

 横に置いてあったゴミ箱に放り投げる。


 視線をゴミ箱から前に戻すと、鏡に映った自分の姿をぼんやりと見つめて、ガシガシと歯ブラシを動かした。

 あ、目の下に隈できちゃった。

 ギリギリまで課題をやらやかったせいで、最近は徹夜続き。

 そのせいで、柔らかそうなほっぺも少しへこんでいるように見える。 


 「早く寝よ」

 口をゆすいでから、沙弥はベッドに潜って部屋の電気を消す。

 「おやすみ」

 誰からも返事がないが、なんとなく言っといた。


 ――――


 「やほー。沙弥」

 「瑠璃、おはよう」

 大学で二人が出会うと軽い挨拶をする。

 「あ、この前あげた熊さん付けててくれたの?」

 「うん。可愛いからね」

 鞄からぶら下がってる小さい熊の人形を瑠璃が見て微笑んでいた。

 「あれ? 瑠璃は髪切った?」

 すると、嬉しそうに瑠璃がこっちを見た。

 「さすが、沙弥。気づいてくれたんだ。空いただけだけどね」

 嬉しそうに微笑む瑠璃に、私も笑みを返した。


 「ねえねえ。そう言えば、沙弥、今度さ合コンにでも行かない?」

 「唐突にどうしたのよ?」

 「だって、一人身仲間になったでしょ? だから、後一年なんだから楽しまないとさ」

 瑠璃の顔がずいっと前に出ると、沙耶が手で押しのける。


 「近いよ。てか、合コンはちょっと……別れたばっかりだからさ。まだ、そう言う気分になれない」

 「いけず〜。そう言うところ真面目だよね。啓汰(けいた)と別れるとは思わなかったよ」

 

 瑠璃も高校からの付き合いで、啓汰とは同じ学校だったから面識がある。

 噂では瑠璃が啓汰に告白して、フラれたなんてあったけど、蓋を開けてみたらそんなことなかった。

 付き合ってる時も応援してくれてたし、今もこうして励ましてくれる。


 「あ、やばい。講義始まっちゃうから行くね。もう一度、合コン考えといて」

 「行かない……はぁ、いつも強引なんだから」

 さすがに怒りに任せて強引に別れたけど、それは啓汰に失礼だと思う。


 あれからも瑠璃がしつこく誘ってきたが、断り続けあっと言う間にお昼になった。


 「お腹すいた〜」

 「本当だね。今日はなに食べようかな」

 賑わいを見せる食堂で、学食のメニューを眺める。

 「私はラーメン」

 「瑠璃がラーメンなら……私はうどんにしよ」

 ストレスのせいか、あまり食欲がないから今日はさっぱりしたのが良かった。


 「いただき〜」

 耳の下あたりまで伸びた茶色い髪を手で押さえながら、瑠璃はラーメンをすする。

 豪快にほうばり、頬を膨らませる姿は小動物のよう。

 沙弥は胃にゆっくりと馴染ませるように、うどんのスープを一口飲み込んだ。

 その後に、控えめに麺を箸で掴むと口に含む。


 少し熱かったが耐えれないほどじゃない。

 学食とは思えないほどコシが強くて歯ごたえのある麺に、胃が催促するようにぎゅっと縮まる。

 しっかりと咀嚼して飲み込むと、自分がようやくお腹が空いていたことに気づいた。


 「――ごちそうさま!」

 「え!? もう食べたの? ちょっと早すぎない?」

 沙耶が驚いたように目を見開く。

 「お腹空いてたんだもん。まだ、もう少し食べれるかな。それに、沙耶みたいにおにぎりも注文すればよかったな」


 ……おにぎり?

 私はうどんしか頼んでないんだけど。

 瑠璃の視線の先を追うと、少し離れたところにおにぎりが乗った皿が一つ置いてあった。


 「これ……私、頼んでないよ?」

 そう言うと瑠璃が皿を自分の方へと引き寄せる。

 「なに言ってるの? 最初からあったじゃんか。いらないなら食べちゃうよ? もう返さないもん。あーん」

 沙耶がなにかを言おうとする前に、瑠璃がおにぎりを食べ始めた。


 瑠璃の体になにか危険なことが起きないか心配だったが、平然としている彼女の姿に胸を撫で下ろす。


 ――――

 

 そうして、沙耶と瑠璃は午後の抗議を受けて帰路についた。

 あっと言う間に夕暮れ。

 最近は日が落ちるのが早く、すぐに空の主役が入れ替わる。


 途中で、瑠璃と別れて沙弥は自分のアパートの玄関の前に立っていた。

 

 「ただいま〜」


 そう言っても返事が帰ってくることはなく、出迎えてくれたのは、部屋に籠っている匂いと夕陽に照らされてオレンジ色に染まった廊下の壁だけ。


 「はぁ、眠いよ〜。今日こそはたくさん寝よう」

 荷物を置いてから、コップにお茶を注いで部屋に戻ってくる。


 「は? なんで? テーブルにお茶……」

 確かに帰ってきた時にはなかった。

 それははっきりと覚えてる。

 おにぎりの件といい、今日はおかしい。

 コップいっぱいに注がれたお茶に目が吸い寄せられる。


 「ありえない……なんなの? もしかして、昨日の歯ブラシも?」

 沙弥が恐る恐る洗面所に向かって、中を覗く。

 「嘘……でしょ。昨日捨てたのに」

 そこには、捨てたはずの使いふるされた歯ブラシがコップの中に置いてあった。

 カップルが同棲してる時のように赤と青が触れ合っている。


 「や、やだ!」

 頭に浮かんだのは啓汰の顔だった。

 もしかして、私が酷いことしたから仕返しにこんなことしてるの?

 でも、お茶はどうやって?

 もしかして部屋にいる。


 そう思うと不意に背中が冷たくなったように感じた。

 その場で固まって指一つすら動かせない。


 ――コトン


 そんな音が聞こえた。


 心臓の鼓動が早くなり、不安を押さえつけるように胸の前で拳を作ると、ゆっくりと部屋の方へと振り返る。

 なるべく足音を立てないように、音がした方へと足を進めた。


 「お茶……減ってる」

 沙弥が戻ってきた時に置いてあったコップの中身が半分に減っている。

 な、なにが起きてる……の?

 誰? 誰かいるの?


 「ね、ねぇ! 誰かいるの!」

 部屋に沙弥の声が響き渡ったが、声の残響が消えると残ったのは静寂だけだった。


 「ここにいるの!」

 半ばヤケになりながら、クローゼットを乱暴に開けるがあるのは自分の服と化粧品だけ。


 「それなら、ここ!? 出てきてよ!」

 ベッドの下にもいない。

 ベランダに出てみたが誰もいない。

 沙弥は隠れられそうなところを探したが、この部屋にいるのは自分だけ。


 ――カチャリ。コト


 すると、部屋にあったテーブルの方から再び音がする。


 「――っ! 本当になんなのよ!」

 テーブルに視線を向けると、沙弥が乱暴に声を放つ。

 「啓汰! 啓汰なんでしょ! こんなことしないで出てきなさいよ!」

 いつの間にか並べられていた、皿と箸。

 まるで今から部屋の中で夕食の準備をするよう光景に、沙弥の眉が自然とよる。


 ――トントン、トン


 今度はキッチンの方から音がする。 

 急いで沙弥が向うと、そのまま膝から崩れ落ちた。


 「もう……辞めて……本当に辞めてよ。謝るから……啓汰」

 そう呆然としていると、浴室から水が流れる音がする。


 「――もう嫌っ!」

 そう言った瞬間に沙弥は部屋を飛び出していた。


 ――――


 「どうしよう……」

 なにも持たずに家を飛び出してしまい、当てもなく彷徨っていた。

 たまたま通りかかったところにあったベンチに腰を下ろして足を休めているが、誰にも連絡できないしお金もなくて途方にくれている。


 「寒い……」

 ひゅっと風が肌を撫でると、両手で抱くようにして肩を擦る。

 誰か助けてと、通り過ぎる人に視線を送るが素通りするばかり。

 それどころか、やばい人を見るような視線を向けられて全員が顔を逸らしてしまう。

 誰も……助けてくれない。

 そんな絶望が沙弥の心を蝕んだ。

 不意に前を向くと、葉が完全に落ちた桜の木が視界に入る。


 「春だったら、良かったな……」

 満開の桜を想像して、無理やり落ちそうな気分を持ち上げようとするが秋の風が容赦なく体を刺してくる。

 目がじんわりと熱くなり、頭がガクリと垂れると肩が何度もしゃくりあげる。

 嗚咽が漏れて、限界だった。


 「ねぇ。あなたどうしたの? 大丈夫?」

 不意に横に人の気配を感じた。

 顔を上げて、目を覆っていた涙を拭うと黒髪のキレイな女性が横に座っていた。


 「なにか辛いことあったのかな?」

 そう優しく問いかけられると、決壊するように沙弥は泣いてしまった。


 ――――


 横に座ったお姉さんはすごい優しかった。

 寒そうにしている沙弥にたいして、自分の着ているコートを掛け、泣き止むのを待っていてくれる。


 「落ち着いたかな?」

 沙弥のえづきが落ち着くと、再び声をかけてくる。

 女性にしては少し低い声色だが、それはどうしてか沙弥の心を包むように温めてくれるような気がした。


 「あ……あの……その」

 沙弥が言いづらそうに口ごもっていると、優しく微笑みかけてくる。

 「なにか言いづらいこと? それなら無理に話さなくて大丈夫よ?」

 そう言われて、沙弥は下唇を強く噛む。

 それがそっと解けると、話すことを決意する。


 信じてもらえなくてもいい。

 これで立ち去ったら……諦めてあの部屋に……戻ろう。

 ポツリとポツリと沙弥がこれまでのことを話す。


 「大変だったね……でも、もう大丈夫よ! 私に任せて!」

 その女性がそう言って満面の笑みを見せると、立ち上がってスマホを取り出す。

 それを耳に当てると、誰かと話し始めた。


 「あ、健ちゃん? ちょっといい? 健ちゃんのお友達にさ、オカルトに詳しい人いたよね? ちょっと相談があるんだけど……」


 沙弥は驚いていた。

 まさか、こんな話を信じてくれるとは思わなかったのだ。

 それが、この女性は本気になって聞いてくれるし、あまつさえ誰かに助力まで求めてくれた。

 そのことに、静まったはずの涙腺がまた緩み出してしまう。


 「ごめんね。お待たせ。うちの旦那がそう言う幽霊に詳しい人紹介してくれるってさ」

 沙弥がお礼を言おうために口を開こうとすると、焼けた声が出る。

 すると、背中がほんのり温かくなって、この女性が撫でてくれたことに気づいた。


 「もう、大丈夫よ。頑張ったね。あ、私は桜だよ。君の名前も教えてもらってもいいかな」

 そう言われて震える声でどうにか自分の名前を告げた。


 ――――

 

 「なるほどね。事情はだいたい分かったよ。それで、いくらで――」

 「――おほんっ! 勇気!」

 公園で泣いていた私を保護してくれた桜さんは、寒い中で待ってると大変だからと家に案内してくれた。

 それだけで十分だったのに、幽霊とかに詳しい人まで紹介してくれた。


 その人は少し変わっていて、笑ったり冗談を言ったりしてるけど、表情が一切変わらない。

 桜さんの旦那さんが、「こいつ、いつもこんなだから気にしないで」と言っていたが、口調は軽く仲が良さげだった。

 


 「えっと、沙弥ちゃんは誰かに恨まれたりとかしてないかな?」

 「恨み……ですか。あるとすれば、さっき話した元カレくらいしか……ないです」

 勇気と呼ばれた男が何気なく顔を上げて、考える素振りを見せる。


 「う〜ん。まぁ、気づかないこともあるもんね」

 そうぼやくと、再び私をまっすぐに見つめてくる。

 「うん。まぁ、いいや。それじゃ、その依頼はなんでも屋『とこよー』が承ります」

 「後で請求とかするなよ」

 「健二くん……もう、しょうがないな。君のおかげで、『隙間』見つけられそうでだし、いいよ」

 みんなの好意に胸が締め付けられるような気がして、顔を伏せてしまう。


 「と、言うことで、さっそく沙弥ちゃんのお家に行こうか」

 「あの……今からですか」

 恐る恐る聞き返す。

 「そうだよ。手遅れになる前に行こうか」

 そう言うと、勇気さんが立ち上がった。

 「そういや、今日は慎也はいないのか?」

 「今日は奏さんとデートだってさ」

 勇気さんがそう言うと健二さんの顔が引きつる。


 「明日、ちゃんと釘刺さないとな。未成年に手を出すなよって」

 「健二くんは過保護だよね」

 勇気さんがケタケタと笑うと、奥の方から桜さんが出てきた。

 「あれ? もう行っちゃうの?」

 立ち上がっている勇気さんを見て、残念そうな声を上げる。


 「健二の奥さん……なんで、こんなキレイな人が健二と……」

 「おい! 聞こえてるぞ」

 そのやりとりを見て思わず笑ってしまった。

 どうしてか、この人達と一緒にいると心が落ち着くような感じがする。


 ――――


 「それじゃ、行ってくるよ」

 「おう! 頼んだぞ」

 「私も一緒に……」

 桜さんがこっそり付いてこようとすると、健二が腕を掴んで止めた。


 「桜、お前はだめだ。危ないから俺とお留守番」

 「もう、健ちゃんはいつもケチだよね」

 「健ちゃんだってさ〜」

 からかうようにそう言うと、健二さんが顔を真っ赤にして勇気さんの体を押していた。


 「あ、あの!」

 私はその間に入るように声を上げると、緊張していたせいか裏返ってしまう。

 すると桜さんが、すっと私の手を握ってきた。


 「頑張ってね」

 その言葉に「はい」と返事をする。

 「本当にみなさんありがとうございます!」

 深々と頭を下げ、部屋を後にする。


 ――――

 「ここが沙弥ちゃんのお部屋?」

 「あ、はい。そうです」

 少しだけ、勇気さんの声のトーンが低くなる。

 

 「中に入ろうか」

 「……はい」

 鍵もかけずに外に出てしまったため、玄関は開いたままだった。

 私がドアノブに手をかけるが、震えて上手く回すことができない。

 すると、

 

 「大丈夫だよ」

 落ち着いた声で勇気さんが話しかけてくる。

 そっと手の平を私の手に重ねて軽く握ると、冷え切った指先に熱が戻って来るのを感じた。

 震えが少しだけ落ち着いて、指の腹でしっかりと握りると玄関を開ける。


 「――っ!」

 声にならない悲鳴が漏れると、胃液が喉をせり上がり焼けるようにジグジグとする。

 視線を落とすと玄関に男の靴が置かれていた。

 やっぱり啓汰が……。

 そう思って、部屋に入るのを躊躇っていると、勇気さんの声がした。


 「これは……強烈。嫉妬から来てるかな」

 勇気さんがすっと私の前に立つと、部屋から放たれた圧が消えて、すっと体が軽くなる。

 「上がるね」

 そう言われて、小さい声で返事をすると勇気が躊躇なく奥へと足を進めた。


 私は影に隠れるように、ついて行くと突然立ち止まった勇気さんの背中に顔をぶつけてしまう。


 「鼻が……なに――これ」

 横から前を覗くと、テーブルに夕食が並べられていた。

 2人分の食器に、今できたばかりの夕食からは白い湯気が立ち上っている。


 「沙弥ちゃんは運が良かったよ。君の前の彼氏しんは……多分だめかな」

 そう言うと、勇気さんがなにかを探し始めた。


 「あった。これだ」

 そう言うと鞄からぶら下がっている熊の人形を勇気さんは手に取った。

 「え? それ……友達からもらった奴……」

 私が呟くと、勇気さんが目を伏せてしまう。


 「嫉妬って、どこで買うか分からないんだよ。それがね、限界まで"増殖"して君を連れてこうとしてたんだ」

 部屋にあったハサミでゆっくりと腹を切る。

 「これが今回の異変の正体――"呪い"だね」

 勇気さんが見せてきたのは、茶色い髪がごっそりと入っている。

 その中に血のようなものがついた布と、お札が一つ。

 それとなにかの目玉のようなものが、二つ入っている。


 「――おえぇっつ!」

 嗚咽を我慢できず、その場で吐いてしまう。


 なんで……瑠璃。

 私、なにか……した?

 今日も一緒にご飯食べて……それと、合コンも誘ってくれたのに。


 「やっぱり……隙間がいる時はこんなくだらない呪いも成熟しちゃうんだね」

 勇気が悲しそうに呟くと、ぶつぶつと呪文のような物を唱える。


 「うん。これでもう大丈夫だよ。しっかり、呪詛返し、しといたから」

 あっと言う間だった。

 勇気さんが呪文を唱え終えると、部屋に充満した重たい空気が入れ替わったかのように軽くなる。

 ただ、私はまだ現実を受け入れられず、ただ呆然とするしかなかった。


 ――――


 勇気さんの言う通り、あれから特になにも起こらず次の日を迎える。

 学校……行きたくないな。

 腰が縫い付けられたように、持ち上がらない。


 それでもどうにか大学に向かうと、瑠璃の後ろ姿が見えて心臓が止まりかけた。

 でも、昨日のことが気になって勇気を振り絞ると小走りで近寄って声をかけた。

 お願いだから……否定して。

 ……お願い。

 「瑠璃……おはよう」


 そっと声をかけると驚いたように目を見開いてこっちを見た。

 「沙弥……」

 瑠璃の表情が曇り、歯を強く噛むと頬の肉が少し浮き上がるのが見えた。

 「その、聞きたいこと――」

 「――なんで、生きてるの」

 呼吸を忘れたように息ができなくなる。


 「啓汰は成功したのに……どうして……私は体だけ」

 親指の爪を噛みながら、私を睨みつける。


 「お前がいなければ……啓汰は私の」

 瑠璃がきびすを返すように、早足で前に歩きだす。


 「瑠璃、待って!」

 追いかけようとした瞬間、陽炎のように瑠璃の背中が揺れる。


 ――ぐちゃ


 瑠璃が突然、視界から消えた。

 地面に残ったのは押しつぶされた肉だけだった。

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