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探偵は胸を揉む  作者: リチャード裕輝
探偵は胸を揉む:『霊感(パイ)コメトリー・オブ・ザ・デッド』

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『螺旋の断罪:掌が暴く偽りの名探偵』第二章

第二章:偽りの神託と愛憎の四角関係


荒波に揺れる漁船の甲板。

久我とユウキの前に、場違いなほど洗練された男が音もなく現れた。

白い麻のスーツを完璧に着こなし、潮風にさえ乱れない端正な金髪。彫刻のような鼻梁の下で、知性を湛えた鋭い眼光が二人を射抜く。彼こそが、ミステリー愛好会『黒真珠の会』の主宰――『ポアロ』であった。


「ようこそ、新入り。……ふむ。本来来るはずだった『ポー』とは、少々毛色が違うようだが。……まあいい、これもまた運命の悪戯アマルティアか」


ポアロは不敵な、それでいて凍てつくような笑みを浮かべた。その眼差しは、迷い込んだ野良犬の解剖図を眺める外科医のそれだった。


「私はポアロ。この鴉鳴島あけじまで過ごす一週間、ルールは至極単純だ。各自が新作ミステリーを執筆し、最終日にその論理の美しさを競い合う。まずは自己紹介をしてもらおうか」


「私はクリスティ。ポアロ様の助手であり、彼の魂の深淵を最も理解する者よ」


ポアロの腕に吸い付くように寄り添ったのは、絶世の美女、クリスティだった。タイトなドレス越しに強調される肉感的な曲線。彼女は周囲の男たちを値踏みするように見渡すと、挑発的な笑みを浮かべた。

久我はその瞬間、鼻の下を伸ばし、その粘膜にまで届きそうな視線で彼女を凝視した。


「可愛い……! あの、僕は久我です! で、隣のこいつは相棒のユウキです。クリスティさん、よければ僕と二人きりで『密室』にこもって、熱いロジックのぶつけ合いをしませんか? 僕、指先のテクニックには自信があるんです!」


久我は下卑た笑みを浮かべ、掌をいやらしく、そして器用に蠢かせた。


「お断りよ。私はポアロ様以外の『質の低い肉体』には1ミリの興味もないの。その不潔な手で、私の名前を呼ばないで」


氷のような拒絶。周囲にいた他のメンバー――ホームズやエラリーたちが、鼻で笑う気配がした。

その時、背後から地響きのような足音が近づく。

不真面目な奴め。私は『ギルバート』。貴様のような俗物に、この聖域を汚す資格はない。消えろ」


軍服を思わせる重厚なロングコートを纏った男。ギルバートは、嫌悪を隠そうともせず久我を睨みつけた。

だが、久我の「鑑定眼」はその一瞬を見逃さなかった。

ギルバートが時折見せる、クリスティ以上に熱っぽく、そして絶望に近い羨望を孕んだ視線が、ポアロの背中を追っていることを。


「……嵐が来るぞ。さっさと荷物を降ろせ」


船長が錆びた鎖を巻き上げながら、低く吐き捨てた。船長は下船するクリスティの細い手首を、まるで見定めでもするかのように執拗な力で掴んでいる。


「……軽いな。死ぬんじゃねえぞ。用意された『シナリオ』通りにな」


久我はその時、船長の指先に宿る、粘着質で歪んだ「殺意」の熱をじっと見つめていた。その掌に刻まれた、暴力と憎悪の記憶を――。


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