46話【セレスティーヌという女性】
「えっと、右足がここで……左足は……」
「天使ちゃん、本当にダンスが下手だったのねぇ」
メインホールの中央で、私はセレスさんの手を握り、慣れない社交ダンスに悪戦苦闘していた。
この世界に来てから社交ダンスのことは本で少し知っただけ。それも実践できるほどでもない付け焼き刃以下の知識量しかない。
「踊る前に言ったではないですか……。ダンスは苦手なんです」
「んふふ、天使ちゃんのことだから謙遜してるのかと思ったわぁ♪ でもよかった、アナタにもできないことがあるのねぇ~」
「当然です。むしろできないことの方が多いです」
私はセレスさんから完璧超人だとでも思われてたのかしら。今だって時々セレスさんの足を踏んでしまっているのに。申し訳ないわ……。
せめて足はこれ以上踏まないようにと、足元を見てダンスを踊る。すると――。
「こぉら♡ 下ばっか見ちゃダメよん♡ せっかくのダンスで足ばっか見てちゃ面白くないでしょう?」
「ですけど、セレス様の足を……」
「ならアタシの足に片足を乗せて頂戴♪ アタシがリードしてあげる♡」
せっかく殿方として誘えたのに、これでは情けないわね。
「すいません、では……失礼して」
慎重に片足をセレスさんの足に乗せると、彼女は私の腰に手を回し、軽やかにダンスを始めた。
鮮やかなリード、まるで羽が生えたみたいに体が軽い。
「わぁ……すごくお上手なのですね。セレス様」
「ふふ、社交ダンスは淑女の嗜みよぉ♪ 天使ちゃんも覚えておきなさい♡」
軽やかなステップで会場を踊り歩く。その姿に多くの目が引き寄せられる。
「んふ♡ 天使ちゃんが綺麗だから皆見惚れているのよん♪」
「そうでしょうか? 私にはセレス様が素敵だから見ているように思えますよ」
正直な感想で言葉を返す。彼女のダンスは間近で見るほど美しいことがよくわかる、洗練されたダンスであった。指先のひとつまで気を使い、ほぼ操り人形状態の私を上手くカバーして華麗に舞っている。
するとその言葉に驚いたのか、彼女は少し目を丸くする。
「本当にアナタって子は、人を虜にするのが随分お上手なのねぇ」
そして、いつもの飄々とした笑みではなく、柔らかな笑みで言う。
「ただ事実を述べただけです。セレス様は素敵な方ですから」
「……ねぇ天使ちゃん。どうしてアタシをそんなに評価してくれるのかしらぁ? お家のため? それともお金のため?」
「愛のためです。セレス様を愛していて、アナタに愛されたいからこうしています」
「ッ……! それは……どうしてかしら?」
少し地声に戻った声で彼女は投げかけてきた。
人を愛するのに理屈は必要ないと思うけど、それでは彼女は納得してくれないよね。
理由のない愛情は、あまり受け入れられ難い。人は行動に理由を求める生き物だから。
「そうですね。まずは人としての魅力ですかね。人徳を重んじて、でも商人として利益を逃すことはない。そういう人としての美徳と論理性を持っているところが素敵です。
あとは掴みどころのない飄々とした性格も好きですね。私が本気で愛を伝えても、子供の冗談と流してしまいそうな大人びた所が魅力的です。
他にも何気ない気遣いができる所が好きです。商会で出してくれたお茶は少し甘めに作られていました。私が幼いことを気遣ってくれたのではないかと、勘違いかもしれないけど気遣いだったら嬉しいようなことをしてくれます。
今だってそうです。私を握る手も腰を抱き寄せる腕も、とても優しい。私に合わせて早過ぎないようステップを踏んでくれて、その他には――」
「っ……、もぉ大丈夫。うん、わかったわ」
「本当ですか? 私はもっと話しても良いのですが」
「勘弁して頂戴、アタシが照れ死んじゃうわ」
よく見るとちょっと頬が赤いかも。よかった、ちゃんと意識してくれている。離れた年下だからって恋愛対象と見られてないかと不安だったの。嬉しい。
彼女は「ふぅ」と照れを吐き出すように小さく息を吐く。
「……ねぇ、天使ちゃん――いえ、アルミラちゃん。アナタは何故、アタシのことを受け入れられるの?」
受け入れる、その言葉にあまりピンと来ず、少し首を傾げた。
「アタシはね、異質なのよ。異常って言ってもいい、アタシは普通の人とは違う。……男なのに女みたいな喋り方をするし、女みたいな化粧もする。本当はドレスだって着たいし、男の人と結婚したい。……見た目と中身が生まれた時に入れ違えられたみたいなの」
セレスさんは自分のことを静かに語り出す。
彼女のような人は地球にも少なからずいた。
性同一性障害。彼女のような人を地球ではそう呼ぶ。
「受け入れられないのが普通でしょう? アタシは男の見た目なのよ。声も低いし、体も角張っているし、顔立ちも男っぽい。何処からどう見ても男のアタシを、女とは受け入れられない。それが普通ってものでしょう?」
「そうなのですか?」
「ええ、そうなの。事実としてね。実際、今までアタシを女性と受け入れてくれる人はいなかった。どんなに女性に近づこうとしても、全員がアタシを「彼」と呼んだの。――アナタ以外はね」
「……」
「ねぇ教えて、アルミラちゃん。アナタはどうしてアタシを女として受け入れられるの?」
その問いには、明確な答えは出しづらい。
それでも、答えを絞り出すというのなら――。
「それは――どちらでもよかったからですかね」
「…………へ?」
期待していた答えとも予想していた答えとも違った回答に、セレスさんは間の抜けたような声を出す。
「どっちでもいいって、ど、どういうことなの?」
「うぅ~ん、正直に言いますと私はセレス様が男性でも女性でも別にどちらでも良いのです。ただセレス様に愛されたくて、愛したいだけなんです。そこに性別など関係ありません」
「ッ……! ……、……」
「どちらでも良いと思っているので、初対面の時から女性であることを望んでいるようだったセレス様には女性として接しました。特に他意はありません。
その上でセレス様が女性としてのご自身を望まれるのでしたら、今後も私は女性として受け入れます。いつまでも女性としてセレス様を愛します。逆でも同じように愛します。
セレス様はセレス様であればそれで十分です。他は全て関係ありません。アナタがアナタである限り、私は愛し続けます」
「……、……そう。アナタはそう言ってくれるのね」
「このような理由ではご不満でしょうか?」
「いいえ、本当に素敵な言葉だったわ。思わず涙が出そうな程にね」
相変わらず軽い冗談で流されてしまった。
……そう思ったけど、彼女の目には薄らと水滴のようなものが見えた。
「アルミラちゃんは本当に……不思議な子ね」
「ええ、そうかもしれませんね」
――私とセレスさんは似ている気がする。
私も、普通の人とは違う異質な人間だから。
一人だけを愛せない。多くの人を愛したい。喉の乾きのような激しい渇望で、何度も人に愛されたがる。
この欲望は止められない。止めたくても、強い衝動に心が耐えられない。
他の人から見たら、異常な人間。そういう点では、私と彼女はよく似ている。
『~~♪♪ ―――』
いつの間にか、演奏は終わっていた。
乗せていた片足を下ろすと、お互いに一礼をする。
そして互いに感謝の言葉を一言ずつ言う習わし。
「素敵なお言葉をありがとうね、アルミラちゃん♡」
「こちらこそ、素敵なダンスをありがとうございました。セレス様♡」
終わってしまうのが名残惜しい。そう思えるほど素敵なダンスとリードであった。
「あら、周りの男どもがアルミラちゃんを狙ってるわよん。さっきのダンスが余程気に入られたみたいねぇ♪」
周囲を見てみると、誘いたげに私に視線を送ってくる男性が多くいた。
アルミラの容姿なら無理はない。例え非道な悪魔だとわかっていても、お近付きになりたいと思うだろう。触ると怪我をする薔薇にわざわざ触れるように、それほどアルミラという薔薇は美しく人の目に映る。
「とはいえ、私はダンスができませんので」
「でも誘われたら断れないでしょう? 決まりだものねぇ」
何かを期待するような視線。
彼女の手は未だ、私の手を握っていた。
暗に、サインを送っているようだった。
「っ……、あのセレス様」
「なぁに? アルミラちゃん」
「……一緒に、抜け出しませんか」
彼女の手を、強く握り返した。
明日46.5話を成人版にて掲載します。




