42話【国王陛下謁見】
「うおぉおおッ!? スゴイ馬車の数だな! これ全部人が乗ってんのか!?」
宮殿への入口、その大きな門の前には馬車の大行列ができていた。
馬車の窓からそれ眺めるレレは、圧巻の光景に思わず声が漏れていた。
私もこれだけの馬車を見るのは初めてね。この馬車全てに貴族が乗っていると思うと更にスゴいわ。社交パーティーにはこれだけの貴族が集められるのね。
確かお呼ばれされるのは子爵位以上の中央貴族だったっけ? 国王陛下に会うにはそれなりの爵位が必要なのである。
「ん? ミラ、オレ様たちは列に並ばなくていいのか?」
大行列の横をスイスイと進む私たちの馬車を見て、レレは疑問に思う。
「ええ、私たちは国王陛下に謁見するからね」
社交パーティーに出席するだけの彼らとは違い、私たちは国王陛下との謁見も控えている。某テーマパークのファストパスを持っているようなモノである。
「へぇ~、よくわからんけどスゲェな!」
よくわかってないレレが乗っているからこの馬車は並ばずに済んでいるのだけどね。
私たちは馬の足を止めることなく宮殿の門を潜る。
そうして宮殿の敷地内へと足を踏み入れる。
広い庭園、手入れされた色とりどりの薔薇には庭師の苦労が垣間見える。
薔薇を眺めながら馬車を進ませ、宮殿へと繋がる長い道を飽きさせない工夫が施されていることがよくわかる。
そして辿り着く宮殿の門、5メートルではあるかという巨大な門に王家の紋章が刻まれていた。銀の鎧を纏った無骨な衛兵が二人、門番として駐在し、私たちの来訪を迎え入れる。
「アルミラ公女殿下、外交特使レレ様。ご来訪心よりお待ちしておりました」
馬車を下りて宮殿内へ入ると、ずらりと並んだメイドと執事ざっと50人が出迎えてくれた。私たち二人に対して、ライブ会場スタッフ並の人数でお出迎え。超VIP待遇である。
「お、おぉ……」
その光景に思わず声が漏れるレレ。驚きのあまり高すぎる天井を見て、そんな感嘆詞を述べるばかりであった。
私も内心ビックリ、ここまでのお出迎えがあるとは。けど私がしっかりしないとね。レレのためにも。
「国王陛下が謁見室にてお待ちです」
執事とメイド5人からの案内を受け、謁見室へと足を運ぶ。
これまた迫力のある扉の前に連れてこられた。白を基調とした扉に幾つもの黄金の装飾がされている。扉だけで時価いくらかしら。
「リザードマン外交特使レレ様、並びにランドリス公爵家公女アルミラ・ランドリス様をお連れしました!」
メイドの張り上げた声に、少し緊張が走る。
そして、
「入れ」
国王陛下と思われる声が、扉の向こうから耳へ届く。よく通る、野太い声だった。
そうして開かれる扉。長い長いレッドカーペットに、王家の紋様が記された銀の甲冑を身にまとった兵士達がズラリと両サイドに並んでいた。
私とレレは下を向いて、顔をあげずにカーペットを歩く。国王陛下と謁見する時、陛下が面を上げるよう許可しない限りは陛下を見てはいけない決まりなのだ。
目線を下に下げながら足を進め、謁見室中央にて足を止める。
「イージス帝国の偉大なる太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます。ランドリス公爵家が長女、アルミラ・ランドリスと申します」
右足を引いて、スカートの裾をつまみ上げるカーテシー。深々と頭を下げ、敬意を表する。
「リザードマンのガイコー特使レレ……です」
レレは片膝をついて、右の拳を地面につける。そして私同様に頭を下げる。私の淑女の挨拶ではない、騎士の挨拶である。こっちの方がレレの性に合ってるだろう。
「面をあげよ」
短い命令文に、ようやく顔を上げる。
そうして対峙する、我が国の国王陛下。
王家を象徴する金の髪に、右の目元の大きな傷、百獣の王の鬣のような立派な髭に、落ち着きと鋭さを孕んだ眼光。50代とは思えない大柄な巨体に、岩のような筋肉が王の服越しでもよくわかる。
この場で最も高い位置に鎮座し、玉座に深く腰かけるその人。
バルトロ・イージス。かつて『戦王』の異名を持つ、我が国の王である。
「よく来たな。アルミラ嬢、リザードマンのレレよ」
人と対峙しているとは思えないほどのプレッシャー。まるで獰猛なライオンと対面したかのような緊張感に苛まれる。
「国王陛下に拝謁する栄誉、身に余る光栄にございます」
それでも、平成を装う。
「ふむ、ユリウスの娘にしては似ておらんな。随分と美しい娘だ」
髭を撫でながら、私の顔を凝視する。感情は籠っていないような言葉だが、冷淡ではない。
「我があと三十、いや二十でも若ければ其方を王妃に迎え入れたかもしれんな」
平坦な声で発せられた、冗談交じりの言葉。嬉しい言葉だけど、この状況だと声を出して笑うこともできない。
「有り難きお言葉」
ただ一言感謝を述べる。
「――して、其方が外交特使のレレであるな」
片膝をつき面を上げたレレに問う。
「そうだ……です」
ですをつければ敬語になる訳では無いのだけど、これが彼女の精一杯なのだ。
「ふむ、人族の言葉遣いにはまだ慣れんか」
王様が怒るか不安だったけど、この様子なら大丈夫そう。心の中で胸を撫で下ろす。
「赤い鱗のリザードマンとは。ユリウスから聞いてはいたが、面妖なものよ」
「……」
「レレよ、其方に問う。其方は如何なる理由でこの国へ来た」
レレを試す質問。反逆の意思がないか、国への貢献に助力する意思があるか、それを確かめるための問いだ。
「この国へ来たのは、人族と交流をするためで……そこで多くの人の力に、なる……です。……、そして、いざという時はこの国の、えっと、剣にもなる所存だ……です」
事前に打ち合わせをしておいてよかった。たどたどしい言葉だけど、ちゃんと国に敵意がないことを証明、そしていざという時は力も貸すという意思表示を示した。
「よかろう。ならばこの国への滞在を許可する」
「えっと……」
「(有り難きお言葉、だよ)」
「あ、ありがたきお言葉」
返す言葉が分からなくなったレレに、周囲にバレないよう助言する。
「では、次はアルミラ嬢に問う」
その眼光は再び私に向けられた。
「外交特使はアルミラ嬢が選定したという。何ゆえレレを――赤い鱗のリザードマンを選んだのだ」
皆が知る青い鱗のリザードマンではない。珍しい、それも類を見ない、赤い鱗のリザードマン。どうしてその珍しいレレを連れてきたのか、その真意を尋ねているのだ。
「お答えします陛下。それは偏に、彼女の有望さにあります」
「ほぉ、有望とか?」
「はい。彼女はいずれ、リザードマン一の戦士となります。必ず国王陛下に、そしてこの国にとって最も大きな力を齎してくれるであろう彼女を連れてまいりました」
「根拠に乏しい答えであるな」
ギロリと睨みつけるような眼。思わず後ずさりそうになる。
「仰る通りです。――しかし、私は確信しております。彼女の存在は、いずれ国王陛下に多大なる利をもたらしてくれると」
「その言葉が嘘でないと、この場で誓えるか」
国王陛下の御前。そこでホラ吹きは許されない。それ故に、この場で誓えるかという問い。
だが大丈夫。私は絶対に引かない。信じて疑わないから。レレのことを。
「誓えます。私の全てを賭けて、お約束します」
ザワッと騎士達がどよめく。
全て、それは文字通りの意味。
地位も名誉も、命さえも全て賭けて誓うと言ったのだ。
「その言葉に、偽りはないな」
「無論です」
「…………ふっ、揺るがぬ目か」
国王陛下の顔が一瞬綻ぶ。
「よかろう。アルミラ嬢の覚悟に免じて、その言葉を信じよう」
ふぅと思わず息を吐く。
安心した。もしレレを集落に追い返されたらどうしようかと思った。
しかし、その安堵も束の間であった。
「ではレレよ」
「お、おう……です」
「我直属の騎士団に入るつもりはあるか」
「っ……!?」
不意をつかれたような提案に、私の中で動揺が走る。
思ってもいなかった。まさか国王陛下にレレを引き抜かれるなんて……!
「其方を見ていると戦友を思い出す。騎士団に入れ。最高の待遇を約束しよう」
国王陛下は気分屋だと言っていた。こういう事態も予測すべきだった。
どう断るべきだろう。私が断って良いものか? 口を挟んだら不敬とされるかも。分からないわ。けどまずい。レレと離れるのだけは何としても防がないと……!
「どうだレレよ。我の提案を受けるか」
国王の提案断れるはずもないもの。しかし断らねば……レレが……!
「陛下! お言葉ですが――」
「断るッ!!」
私よりも先に、叫んだ人がいた。
なんの迷いもなく、陛下の提案を一刀両断する人が。
片膝をつくのをやめ、その場に立ち上がった赤い鱗のリザードマン。
――レレであった。
「……ほう、我の提案を断るか」
「ああ断る! お前の騎士なんかにはならんッ!」
せっかく矯正したのに国王陛下をお前呼び。
周囲のザワつきようは尋常ではない。間違いなく不敬罪もの。私も冷や汗が止まらない。いざという時逃げられるか、必死に頭を回転させていた。
「オレ様はお前の騎士になるために来たわけじゃないッ! ミラと一緒にいるために来たんだッ!!」
「ミラとはアルミラ嬢の事か?」
「そうだッ! オレ様はミラと約束したんだッ!! だからここにいるッ!! 間違ってもお前の騎士になる為じゃないッ!! オレ様は――」
そして高々と、レレは宣言した。
「英雄になるために来たッ!! ミラのために、オレ様は英雄になりに来たんだッ!!」
胸を張った、堂々とした宣言。
思わず見惚れてしまうほどに。
「……先程、人族と交流する為と、我が国の剣になる為と言っていなかったか」
「あれはウソだッ!!」
見惚れていたら、レレがやってしまった。
レレは嘘だと、ハッキリ自白してしまった。
やばい、本当にヤバイわ。嘘だと認めてしまった。王の御前で堂々と嘘をついたと自白してしまったのである。
逃げられるだろうか、騎士がこんなにいる状況で。外には国王の従者が山ほどいる。例え宮殿を抜け出せても、何処に逃げればいい? 国外逃亡? それとも集落に戻る? わからない、どうすれば……!
「…………くっ、クックック……、ガッハッハッハッハッハッ!!!」
その心配を他所に、玉座に座る国王陛下は想像もつかないような高笑いを見せた。
その光景に全員が呆然とした。
「愉快ッ! 実に面白いッ! まさか其方まで彼奴と同じ軌跡を辿ろうというのかッ!!」
彼奴。それは陛下が先程言っていた戦友のことだろう。
バルトロ国王陛下は、かつて「戦王」と呼ばれるお方だった。
第一王子の身でありながら、戦場に出向き、多くの功績を立てた。
戦の王と自国で崇められ、敵国に恐れられ、そしてついた「戦王」の異名。
そんな陛下が、戦友と呼ぶお方。一体、どんな人なのだろう。それに、レレがその戦友に似ているとも言っていた。
「――其方の不敬、全て許そう。其方が英雄となる日を心待ちにしていよう」
許された。何とか一命を取り留めた。
転生した人生の中で一番焦ったと思う。額の冷や汗がまだ止まらない。
「なんだお前ッ! いいヤツだな!! オレ様が英雄になったらお前と戦場に行ってやってもいいぞッ!!」
「ッ!? ガッハッハッ!! 其方がそれを言うのかッ! 実に酔狂ッ! 実に面白いッ!!」
謁見室には、ガッハッハッ!シュルルルルッ!という笑い声が絶えなかった。
ああ本当に、何事もなくて良かった……。




