20話【レレという戦士】
蹴破る勢いで扉を開け放ったのは、リザードマンだった。
それも女性のリザードマン。
リザードマンの男性とほとんど変わらず、しかし膨らんだ胸や骨格の形は女性であることを示している。鋭い眼光はリザードマン特有で、男性体よりも小さな口は女性体特有。
そしかし普通の女性のリザードマンとは異なり――赤い鱗を持っている。ルビーのような綺麗な鱗ね。
集落の中で見た女性のリザードマンは普通に青い肌だった為、彼女特有の身体的特徴だろうか。
しかしそれにしてもこの子……エッチな格好してるなぁ。
ほぼ下着みたいな格好だわ。動物の毛皮でできたほぼ下着みたいな服。流石に下着よりは布地が厚く面積も広いけど、それでも十分エッチね。まぁリザードマンは肌自体が鎧のように固いから身軽な方が戦闘的には合理的なのかしら。
腰に剣を巻いているあたり、女剣士かしら。そそられるワードだわ。女剣士のリザードマン。
鍛え抜かれた腹筋が露わになっている。体にはいくつもの切り傷や動物から受けたと思われる傷があり、見た目なら歴戦の戦士って感じがするわ。
それに気が強そうで男勝りな喋り方。ヤバい、ストライクゾーンど真ん中だわ。私のストライクゾーンは太平洋並みに広いけど。
「また来たのか! レレッ!!」
レレ。彼女の名前だろうか。そういえばリザードマンは同じ文字の連続で名前をつけることが多いってお父様が旅の道中話してくれた気が……。
「何度だって来るぞ! オレ様を狩りに行かせてくれるまではなッ!!」
堂々とした態度で居直る彼女。私たちには目もくれていないようだ。
「何度もダメだと言っているだろう! 女は狩りには行かせん! 集落の決まりじゃッ!」
「うるせぇ行かせろ! 早くオレ様に科した禁止令解けッ!」
「ダメじゃ! お前は森に入るなッ! 入ったらまた勝手に狩りに行くだろうが!」
「そうだ! 何が悪いッ!!」
「悪いに決まっているだろう!! お前が一体何度勝手に森に入って怪我をしたと思う!」
「怪我は名誉! 傷は勲章だ! 責められる理由にはならない!」
「英雄譚の読み過ぎじゃ馬鹿者!」
「うるせぇ偏屈ジジィ! いいから狩りに行かせろッ!!」
喧嘩は悪化の一途を辿る。ドンドン感情的な言い合いになっていく。これではイタチごっこだ。
「あ、あの族長殿? そちらの方は?」
流石に間に入らねばマズいと思ったのか、お父様が割って入る。
「あん? なんだコイツは? 太った人族か?」
「止めんか馬鹿者! この方たちは外交のために来てくれたんじゃぞ!」
「がいこう? なんだそりゃ? 強えのか?」
これは相当なお馬鹿のようだ。愛嬌があって可愛いわね。
「すまんなユリウス殿。彼女は集落の問題児でな。レレといって毎日毎日狩りに行かせろと五月蝿くて――」
「うるさいって思うなら行かせろ、この石頭ジジィ」
「じゃからお前は黙っとれ!」
なかなか話が進まない。確かに問題児のようだ。
レレさんは周囲の人たちを見渡し始める。
「よく見りゃ人族がずらずら居やがる。……あ? 女まで居んのか?」
私とリーシャを見てこちらへ大股で近づいてくる。ガウルは変わらず臨戦態勢だ。なんだか既視感があるわね。
「おい人族の女。お前らなんのためにこの集落へ来た? 敵なのか?」
彼女は私を睨みつけて、そう投げかける。
族長は「だから外交だと言っとるじゃろうが!」と声を荒らげるが、聞く耳を持っていない。
「いいえ、敵ではありません。私たちは外交……皆様と仲良くなりに来たのです」
外交と言っても分からないだろうから子供でも分かりそうな言葉で噛み砕いて説明した。
「仲良くだァ? リザードマンは強い種族だ。弱い人族と仲良くしなくても生きていける」
「そうでしょうね。レレさんのようなお強そうな方を見ればよく分かります」
「ッ! へへっ、なんだよ人族の女! お前よくわかってんじゃねぇか! 気に入ったぞ! 仲良くしてやる!」
鬼のようにチョロい。彼女が族長だったら外交は簡単に進むだろう。その前に集落が滅びそうだけど。
「ですがレレさん、強いだけでは生きていくには不便ではないでしょうか?」
「あん?」
「この家やレレさんが身につけている服も剣も、生きていく上ではあって困らない物、むしろあった方が助かる物ですよね」
「むっ、確かにそうだな。剣はなくても爪があるが、服が着れないのは困る」
「そうですよね。ですからそういったものを輸入……皆様にあげてたり、作り方を教えるのが私たちの役目です」
「ッ!? そんなことしてくれてるのか! お前らいいヤツらだなッ!!」
シュルルルルと彼女は私の肩を叩いて愉快そうに笑う。
簡単に丸め込めた。チョロ可愛い。詐欺師とかに引っかからないよう守ってあげたい。
「おい族長! こいつらいいヤツだぞ! 仲良くしとけ!」
「お前に言われんでもしとるわ馬鹿者! はぁ……すまんな、お嬢さん。こんな馬鹿に付き合わせて」
「とんでもありません。レレさんとお話するのはとても楽しいですわ」
小難しい外交のお話を聞くより、よっぽど楽しい。それにレレさんはとても魅力的な人だわ。愛嬌があって気が強くて、スキンシップも多めっぽいところが尚イイわ。
「シュルルル! 嬉しいこと言うな人族の女!」
「アルミラ・ランドリスと申します。気軽にアルミラとお呼びください」
「わかったぞミラ! よろしくな! シュルルルルル!」
長い舌を出して笑うレレさん。
長い舌。きっとキスもすごいんだろうなぁ♡ ゴクリ。
「じゃあ族長、ミラと一緒に狩り行ってくるから禁止令解け」
レレさんは私の腰に手を回し、強引に引き寄せる。やば、ときめいちゃう♡
「解かんは馬鹿者! というか何しれっとお嬢さんを連れていこうとしとるんじゃ!」
話はまた戻ってしまった。せっかく路線をズラせていたのに。
「それはやめろ。リザードマンの女」
「あぁん?」
そんな彼女に楯突いたのは、ガウルであった。
私の腰に回したレレさんの手を掴みあげる。
「お前が狩りに行くのは勝手だ。だがお嬢を連れて行くことは許さん」
「なんだと? オレ様に意見しようって言うのか? 人族の男」
「人族ではない、半獣族だ」
「どっちも変わねぇな。手を離しやがれ」
「……」
ガウルは大人しくそれに従う。
すると、
「シュルル! 油断したな! マヌケェ!」
突如彼女は抜刀し、ガウル目掛けて一直線に刃を振るう。腕を狙っているあたり命を取ろうとしようとしているようではない。少し怪我をさせてやろうという気持ちなのだろう。
だけど、うちのガウルを舐めてもらっちゃ困る。
「なっ!?」
腕に剣が届く寸で、ガウルはその刀身を片手でつまんで止めた。
強い力にピタリとも動かない剣。それにレレさんは動揺する。
「剣を振るうな。お嬢に当たったら危ない」
「くッ! 離せこのアホ! ぶっ飛ばすぞ!!」
「力量を見ろ。お前にはできん。狩りもやめとくべきだ。これじゃあ獣相手に死にかねない」
「ッ!? テメェこの……!! うおッ……!?」
ガウルは剣を奪い取り、レレさんの片足を持ち上げ宙ぶらりんにする。
「コノヤロウ! 何しやがる!!」
「これ以上暴れられるのは迷惑だ」
逆さまにぶら下がっても暴れることを辞めないレレさん。それを意にも返さず、ガウルは釣り上げた魚でも持つかのように彼女を扉の前まで運ぶ。
そして扉を開け――。
「せめてお嬢がこの家を去るなでは登ってこないことだ」
そのまま扉からリリース。
「お、覚えてろお前ぇぇええええええええ!!!」
盛大な捨て台詞を吐きながら、その声はドンドンと下へと落ちていく。
「大丈夫かしら?」
「軽い打撲で済みますよ。きっと」
私の心配にリーシャが返す。まぁリザードマンだし大丈夫よね。
「お嬢、こうしても良かったか?」
した後に聞くのは意味が無い気がするけど。
「ええ、ありがとうガウル」
まぁこうしないといつまでも状況が変わらなかったし、仕方ないわよね。私も狩りに連れて行かれるのは困るし。
「あの護衛は随分と強いようじゃな。あの暴れん坊を片手で御するとは」
「はい、自慢の護衛です♪」
族長の関心に胸を張って答える。そうよ。うちのガウルは凄いんだから。
◇
そうしてハプニングはありながらも外交はつつがなく進み、時刻は日暮れ時になる。
あの高いハシゴを再び通りようやく地面に足を着けると、「今日は長旅で疲れただろう。ゆっくり休むといい」という族長の計らいで私たちはいくつかの空き家を提供してくれた。
そのうちの一つを私とリーシャとガウルで使うこととなり、リーシャは私が寝る部屋の用意やなんやらをしてくれている。
部屋にいても邪魔になる私とガウルはせっかくなので集落を散歩することにした。
「おっ、外交に来た人族かい。よく来たねぇ」「人族の女の人と男の人が歩いてる!」「人族の男デケェ!? 人族の男って全部あんなにデカイのかな!?」
集落を歩いていると、リザードマンの老人や子供が案外声をかけてくれた。
もっと冷たく排他的なイメージだったのだけど、案外物珍しさに吊られてやってくるみたい。ちょっとした人気者気分ね。
けど少し、人が集まりすぎるのは困るわ。せっかくのガウルとのデートなのに。
「ちょっと人気ないとこ移動しよっか」
「ああ、わかった」
集落の奥地。ツリーハウスもあまりなく、集落の中心部からは大分離れただろうか。
「ふぅ、ここなら落ち着いてデートできそう」
「でーと? なんだそれは」
「好きな人同士が一緒に色々行ったりすること」
「……なるほど」
一拍置いた。好きな人同士って言われたのがちょっと照れたみたい。可愛い♡
「ガウル。今日はありがとうね」
人気の無い道を歩きながら、感謝を述べる。
「なんのことだ?」
「んぅ~いろいろ。ハシゴのこととか、レレさんのこととか、ガウルが私の事いろいろ守ってくれたでしょ? それに対してのありがとう」
「俺は奴隷だ。お嬢を守るのは責務だ」
「そこは「君が大切なんだよ」くらい言って欲しかったなぁ」
「……お嬢が大切だ。これでいいか?」
「むふふぅ~よろしい♪」
幸せな一時だ。こうやって並んで歩く時間がとっても心地よい。
隣にガウルがいてくれる事、私に歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれている。それが嬉しい。大切にされている感じがする。私のことをちゃんと見てくれている感じがする。
「ねぇガウル」
「なんだ」
「お礼のお返し、欲しくない?」
「見返りは求めん」
「本当に?」
私は立ち止まる。ガウルも立ち止まってくれる。
そして私を見た。上から見下ろされている。これじゃあ届かない。
「ちょっと屈んで」
「……? ああ」
彼が中腰になる。
そして直ぐに、唇を合わせた。
「……!」
彼の首に両手をかけて、背伸びをして、ようやく届いた。やっぱりガウルは大きい。
唇は前ほど乾燥していない。ちゃんと水分を取れている証拠だ。
彼を味わうように数度唇を動かし、満足するとその口を離した。
「……これがお返しか?」
「まさかぁ、こんなんじゃ足りないでしょ?」
ガウルも、私も。
ドレスの裾からガウルの手を入れた。めくれ上がらせるように、ゆっくりと。
「ねぇ、もうちょっと……奥まで行こっか♡」
20.5話は10月3日の18時公開です。




