第4−13話
リニューアルしてから数週間経ったが、今のところ安定して売上を出せるようになった。作業量が多くなり、効率が悪くなったが良い事がある。一つ目は客層が良くなった。以前だとマナーが悪い客が多く、食べ方が汚かったり、大声で話す客ばかりだった。今は落ち着いた年齢の方や女性客が中心に来られるので、静かでキレイな店内を保てる。従業員の立場からすると余計な仕事が減ったので、ありがたい。二つ目は僕がホールになれた事だ。今まではルーガさんだけでホール作業をしていたので、必然的に男性客の接客をしなければならなかった。なので、ルーガさんに色目を使う客やセクハラをかます客に対しても、何も出来ない自分が歯痒かった。だが、今は違う!今なら、僕が表に立つ事でルーガさんを男性客の魔の手から守れる!そして、ルーガさんに僕の良いとこをアピール出来る!………まあ、不純な動機だがな。
三つ目はルーガさんが生き生きしている事だ。多分、以前の店でも不満は無かったのだろう。だが、こういったリラックス出来る空間でお客に料理を提供するのが理想だったのだろう。今は大変そうだが、とても楽しそうに仕事をしている。結果、リニューアルして良かったのかもしれない。僕が言えた事じゃないが…。
最初の頃は怪訝そうな顔したお客や悪態をつくお客も来たりしたが、今では、そういった
方は来なくなり、僕に対しても普通に接してくれる人が多くなった。まるで、街全体が僕を受け入れてくれたように感じ、胸にこみ上げるものがある。
本日も忙しいが、来店したお客さんは皆、満足そうに笑顔で帰って行くのを見ると、充足感に満ちてくる。
昼のピークを過ぎ、大体のお客さんが捌けたので、「少し早いけど休憩にしようか?」とルーガさんが提案すると、入口の扉の鐘が鳴った。
扉の方を向くと、一組のお客さんが入られた。お爺さんと幼女の二人組だ。二人は手を繋いで笑顔で入店してきた。様子から察するに、祖父とお孫さんといった関係かな?
ルーガ「いらっしゃいませ。」
(やっぱり、後でにしようか。)と小さく呟いたので、僕は頷いて返事をした。
女の子は5歳ぐらいの見た目で髪をサイドに二つに結んでおり、少々はしゃいでいる。スキップをしてお爺さんの手を引っ張りながらカウンター席に着いた。
女の子「じいじ、ここ!」
お爺さん「はいはい。」
お爺さんは孫に振り回されながらも終始にこやかにしていた。
僕は注文を伺い、ルーガさんに伝えると、
ルーガ「アキラ、作ってみるかい?」
なんと、今とってきた注文を僕に作らせようというのだ。僕は呆気に取られ呆然としていると、肯定ととったのか、
ルーガ「じゃあ、厨房に来な。」
そしてルーガさんは丁寧に教え始めた。
ルーガ「まず火加減だけど最初の頃はやや強めにしときな。強過ぎたと思ったら自分でフライパンを離すなりして、調節してね。で、こいつに切れ目を入れるのは注文が入ってからだ。あと、火が強まるまでに盛り付けの準備をしてだね………」
付きっきりで教わったので失敗する事なく、上手く出来たと思う。
完成した皿を持ち、お客さんの元へと出した。不安と緊張で少し離れた所から様子を伺う。ルーガさんは特に気にする事なく、お客さんのコップに水を注いでいる。
女の子がスプーンで一口大を掬い、大きく開けた口に運ぶ。食べ物を含んだ口が2回、上下に動くと、女の子はパアッと笑顔になり、
女の子「おいしー!!」
静かな店内に声が響く。それを聞き、僕は内心ホッとする。するとルーガさんが女の子に声を掛ける。
ルーガ「お嬢ちゃん、美味しいかい?」
女の子「うん!おいしー!」
ルーガ「そうかい。その料理はね、あのお兄ちゃんが作ったんだよ。」
そう言い、ルーガさんは僕を手招きする。
僕は少々照れながら女の子の前に行く。
女の子「おにいちゃん、おいしー!」
笑顔を僕に向ける女の子が、ドータちゃんの面影と重なる。偶然かもしれないが、女の子が座っている席も、あの時ドータちゃんが座っていた場所だ。まるで、ドータちゃんが生き返った様な感覚になる。しばらく、女の子を見つめていると、ルーガさんに肘で小突かれる。
ルーガ「ほら、何か反応しなさいよ。」
ああ、そうだった。お礼でも伝えよう。話す事は出来ないけど、口パクで返答しよう。
僕は少ししゃがみ、女の子の目線に合わせると笑顔を作り、口を動かした。
アキラ「あり……が…………とう……。」
っ!!!自分の眼が見開いてるのが分かる。ルーガさんも驚いて、(え?)って表情をしている。
今!声が出た!今まで、どうやっても出なかった声が!戻った!何で急に?
僕はきっかけになった女の子を見ると、笑顔のドータちゃんが見える。あの時と変わらず僕に対して笑いかけ、あの日の出来事など無かったかのように…。これじゃあ、まるでドータちゃんが僕の声を取り戻したみたいじゃないか。そして僕を、あの日の僕を、見捨てた僕を赦してくれたかのように…。
僕の両の瞳から涙が伝う。その様子を見た女の子が心配そうに僕の頭を優しく撫で、
女の子「だいじょうぶ?いたいの?」
小さい手の温もりが頭から伝わる。
僕は心の中で返事する。
痛いよ。胸が痛いよ。苦しいよ。
……ありがとう。
————
声を取り戻せた。
お爺さんと女の子は僕を心配そうに見ていたが、「大丈夫です。」と伝え、僕は奥に引っ込んだ。
お爺さん達が帰ると、ルーガさんが小走りでこちらに向かってきた。僕は急いで涙を拭い、平静さを取り戻したかの様に振る舞った。
ルーガ「大丈夫かい?」
心配そうなルーガさんの顔が見える。
アキラ「はい、もう大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
僕は笑顔を作った。もう、これ以上迷惑を掛ける訳にはいかないから。
アキラ「…ただ、本日の営業が終わったら話があるのですが、いいですか?」
ルーガ「ああ、わかったよ。もし体調が悪くなったりしたらちゃんと言いなよ。」
僕達は厨房へと戻ると、急いで夜の分の仕込みや準備をした。そして、夜の営業は何事も無く終わり、店を閉めた。僕達は特にこれといった会話をせずに食事と風呂を済ませる。ルーガさんが風呂に入っている間に、僕は深呼吸して心を落ち着かせていた。
話の内容は考えてある、後は覚悟を決めるだけだ。すると、ルーガさんが風呂から上がり、お酒を片手に戻ってきた。
ルーガ「飲むだろ?」
アキラ「はい、いただきます。」
静かな空間に、コトッとグラスを置く音と酒を注ぐ音が響く。
ルーガ「乾杯。」
アキラ「乾杯。」
カチンッとグラスを合わせると、互いに酒を流し込む。………相変わらず、強い酒だ。
ルーガ「こうして飲むと、アキラがウチに来た日を思い出すね。」
アキラ「はい、あの時は拾っていただきありがとうございました。」
僕はペコリと頭を下げる。
ルーガ「いいよ。それにこちらも助かってるしさ。これからも頼むよ。」
アキラ「おかげで、心の整理が付きました。」
ルーガ「…そうだね。きっかけはあの事件からだったね。」
アキラ「はい、その事にも関係があるのですが、話しておきたい事があるんです。」
ルーガ「ああ、何だい?」
アキラ「実は…。」
僕は全てを話した。自分が異世界から来た者。思念体との賭け。ファルザ家との出会い、暮らし。いかに幸せな日々であったか。そして、あの事件を。僕が見捨てたあの夜の事を。
ルーガ「…そうかい。それが真実なんだね。」
アキラ「はい、これが全てです。」
ルーガ「アンタも辛かったんだね。」
ルーガさんの顔を見ると、潤んだ瞳から強い意志が感じられる。
ルーガ「アンタが悪くないのは分かってる、どうする事も出来無かったのは分かってはいる。だけど…、私には受け入れられないよ。」
そうだ。こういった事を言われるのは覚悟してたはずだ。なのに、心にくる。
ルーガ「もちろん、一番悪いのは賊の奴等さ。それは分かるよ。でも、アンタ達はあんなに仲良さそうにしてたじゃないか!」
ルーガ「あんなに楽しそうに笑ってたじゃないか!それに、私にとってファルザ達は友達だった!大切な!……なのに、何で助けてくれなかったのよ。」
今のルーガさんからはいつもの覇気など感じられず、目の前にいるのはただの一人のか弱い女性だった。瞳から涙をポロポロと零す、儚く綺麗な女性だった。
ルーガ「…何で、何で今更そんな事を話すんだい。」
アキラ「…多分、僕は前に進まないといけないんです。」
ルーガ「だったら私に話さずに黙ってどこか違う所にでも行けばよかったじゃないか!」
アキラ「ルーガさんには…、貴方だけには話しておきたかった。」
ルーガ「…私は、聞きたくなかったよ。」
そう言い、ルーガさんは立ち上がると、足早に寝室へと向かって行った。
一人残された僕は、酒とグラスを片付けると旅支度を始めた。旅支度をするのは、この世界に来てから何度目になるのかな?
荷物を纏め終えると、筆記具を借りて書き置きを残した。
今まで世話になった事、最後まで迷惑を掛けてしまった事。そして、この世界に来て貴方と出会えて………最後の文はインクで塗り潰して消した。
書き置きの隣に金貨を20枚程置くと、僕は音を立てずに扉へ向かい、静かに店を去った。




