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「…あ!忘れてたわ」


 夫人と少女がいざ話し合いをしようとした瞬間、まるで見計らったかのように、魔法使いはパンと手を叩いた。完全に意を削がれた二人は、驚いた様子で魔法使いを見る。


「もう、本当に私って駄目ね。今日は浮かれているわ」

「ど、どうしたのですか?」

「ん?ああ、私ったら今日のこの夜会の招待状を渡したのをすっかり忘れてしまっていたの」

「え?」

「あ、こんな夜中にやる夜会に誰が来るんだって思っているでしょう、失礼ね」

「え?や、そんな事…」

「思っていない?そう、なら良かった」


 この場に居る人間は全員、そんな的外れな事など思ってなどいない。

 今開いている夜会は、先程魔法使いに頼まれたもの。しかし現状夜会のホストは伯爵夫人であり、ホストではない人間が招待状を出すこと自体おかしいのだ。しかも、いつ、出したのか。夜会を開く様お願いされた身としては、決まったのはつい先程であり、そこからずっと魔法使いはその準備を楽しそうに見ているだけだったのに、と。


「…いつ、お出しに?」

「ええっと、確か…五日程前かしら」

「え!?」

「あら、相手にしっかりと予定を伺うのは当然でしょう?事前に準備させるだけの時間を与えるのも、ホストには重要よ。ねえ、夫人?」

「え、あ、は、はぃ!」

「で、でも、夜会は今日決まったのでは…?」

「そうよ。でも今日やる事は()()()()()もの。だからしっかり準備させたじゃない?招待客達が来る前で良かったわね、一歩間違えれば被虐性癖が色んな人に露呈するところだったんだから。あ、でもその辺も含めてだったの?ウェルカムドリンクでアレをって考えると…今日来る皆さんが全員そんな癖をお持ちって事よね?やだ、邪魔しちゃったのかしら。でも私はそんな光景を見て楽しむ趣味は無いし…」


 やってしまった、と頭を抱える魔法使いに、その場の人間は呆けるしか出来ない。勝手に夜会を計画し、他人の屋敷で、ホストでもない人間が、一人で勝手に進めたのだから。しかし、魔法使いの機嫌を損ねるわけにはいかない。それは少女も同じだった。


「あ、あの、あれはウェルカムドリンクじゃなかったと…」

「そうよね!アレは夫人が普段飲んでいるものが混じってしまっただけで、誰かの生死を彷徨う様を見る為じゃないわよね」

「え、あ…」

「それにしても遅いわね。まさか、本当に来ないつもりかしら。せっかく夫人の名前で出したのに。仕方ない、急かしましょう」


 魔法使いは指を振るった。すると、ドォンと数カ所で爆発の様な音が響いた。


「な!?え、何を!?」

「ん?招待状に書いた事をしただけよ。心配要らないわ、後少ししたら全員集まるから」

「そうじゃ、なくて!」

「はぁ、貴女も落ち着かないの?大丈夫よ、私が貴女に今まで一度でも嘘を吐いたかしら」

「それは……」

「無いでしょう?だったら、黙って待って居ればいいの」


 そう言われてしまえば、少女は黙るしか無い。勿論、他の人間など、更に何も言えない。間違いなくした爆発音が、例え伯爵領や王城の方からだったとしても。






 “来たる満月の夜、旧子爵邸にて夜会を行います。

 開始時間は月が頂上と地平線に沈む間、身なりは問いません。

 早く来て頂いても問題ございませんが、欠席、遅刻はお止め頂きたく。

 万が一遅れる場合は、事前にご連絡下さい。

 事前の連絡無く欠席、遅刻がなされた場合、大切な地位と名誉が傷付く事になります。

 この招待状は、参加の意の有無を求めるものではなく、詳細を伝える物です。

 例の件について、互いに楽しく語り合いたいのです。

 それでは、当日お待ちしております。”






 そこからどれだけ経っただろうか。生きた心地のしないその場には、少女にとって見知った顔、そして初めて見る顔が揃っていた。全員が魔法使いを目にし、顔色を変える。魔法使いは怒っていたのだ。約束の時間を過ぎて集まった、理不尽な夜会の招待客達に。


「ずっと楽しみにしていたのに。夜会なんて久しぶりだったのよ、だからこの子にだってお洒落させたのに!」


 ただそう言っただけで、その場の招待客達の顔色が更に悪くなる。


「まあでも、この子のドレスもそこの人のだから似合わないけれど。貴女にはもう少し、濃い色の方が合うわね。着せておいてなんだけど」

「いえ、あの…それより、全員揃ったのでしょうか…?」

「あ!そうね、そう!夫人、始めましょう。全員揃ったもの」

「…え?あ、はい!!」


 魔法使いの口が弧を描く。その表情に一瞬竦んだ身体に鞭を打ち、伯爵夫人はメイドに、各々が座るテーブルに置かれたティーカップに茶を注がせる。夜会が酒ではないのは、魔法使いの指示だ。


「こ、今宵は、お集り頂きまして、ありがとう、ございます…精一杯おもてなし、さ、させて頂きますの、で…心ゆくまで、お楽しみ下さいっ!」


 何とか言い切った夫人に見向きもせず、魔法使いは集まった顔ぶれを眺めていた。少女もじっと前を見つめる。この場に集まった顔ぶれは、自分の願いを叶えてくれている魔法使いが招待した。つまりは、関係者なのだ。元婚約者、伯爵に始まり、その夫人、公爵、その夫人と令嬢、そして王、王妃、王子や姫、何処かの令嬢、他にも数名の貴族や騎士達の姿。例の様々な方面の爆発音は、きっと彼等に関係ある場所からだ。脅しや悪意、悪戯といった類が混じる日常を、貴族や立場ある存在の彼等であれば過ごしている。招待状の内容は分からないが、今回の招待状もその類と思ったに違いない。だから無視をしようとして魔法使いの怒りを買った。

 しんとしたその場の張りつめた空気に、一人だけ場違いなのは魔法使いだ。仕方が無い、と言う風に、口火を切る。


「…ねえ、貴方達にとって、彼女ってどんな存在?」


 ビクリ、と全員が肩を震わせる。王や騎士でさえ。

 何言っていいか分からず、少女は取り敢えず魔法使いにその場を預ける。


「そうね、先ずは元婚約者だった貴方からかしら」


 今度は、少女が肩を震わせた。一番聞きたい様で、聞きたくない相手だ。


「じ、自分は……申し訳なかった、と…」

「待って、誰も貴方の感想なんて聞いてない。耳、悪いの?」

「いっ、いいえ!!失礼、しました!自分は、自分にとっては……守るべき、存在、です…」

「!!」

「ふうん、行動と一致してないけど?」

「それは…」

「気の毒だと憐みで手を出して、守って()()()()()()。過去形よね?そして、見下していた」

「そんな事は…!」

「無い?そんな筈ないでしょう。貴方はただ、弱く、憐れで惨めだった、自分の地位より下の家の女だったから、手を出したんだもの。もしこれが、今の婚約者様だったら、果たしてどうだったかしら。逆に彼女が貴族ですら無かったら?冤罪と分かった上で彼女の家を貶めた連中と一緒になって、彼女を牢に叩き込んだくせに」

「それは!」

「ほら御覧なさい、ある程度恩を売れば返ってくる相手であれば手を差し伸べ、それが期待出来なくなった途端、大事な婚約者様の手を振り払っただけのいたいけな平民を、犯罪者として扱う愚者じゃない。その程度が誠実だって言う貴方みたいな中途半端が、最初から手を出すのが間違ってたのよ」


 彼は被害者でもある。でも、何より加害者だ。気付いた時には遅かった、では済まされない事をした。自分の力が及ばなかった、では済まされないのだ。彼は地位がある。そして、名誉も与えられた。結果、彼は損などしていない。寧ろ、プラスしかないのだ。彼の心情がどうであれ。


「それは伯爵夫妻にも言えるわね。貴方達には彼女をどう思っていたかは聞かなくても分かるから答えなくて良いわ。分不相応に求めた結果がコレだものね。黙って子爵家と仲良くなっていれば、第二夫人として彼女を迎え入れずに済んだのに」

「……」

「ああ、それが夫人が此処にいる理由よ」


 黙って魔法使いの言葉を真意を探ろうとする少女に、魔法使いは微笑む。


「此処に眠る資源を手に入れる為にはね、それ相応にお金と、人、技術が必要なの。でもね、その中で人と技術は子爵家を頼るしかなかったのよ」

「え…?」

「貴女のお父様はとても人に好かれる方だったの。技術者達は、挙って貴女のお父様を慕っていた。だから子爵家がお取り潰しに遭った時、彼等も一緒に離れて行った。それに気付いた人間達は焦った。例えお金が有っても、他が無ければ何も意味が無いでしょう?だからね、牢に入った貴女のお父様を力で言う事を聞かそうとしたの。沢山の見るに堪えない跡があったでしょう?それ、そっちに居る騎士達がつけたのよ」

「っ!!」


 少女は、魔法使いが指した側に居る騎士を見た。夫人も驚いた様に彼等を見やる。彼女もまた知らなかったのだ、その事実を。見られた騎士達は、ただ震えていた。言い訳は出来ない。相手は、魔法使い。脅しが現実に行われた以上、彼等はただ、認めるしかない。なにせ、事実なのだから。


「でもね、貴女のお父様は決して屈しなかった。それに業を煮やした人達が今度目を付けたのが、元子爵夫人であり、現伯爵第二夫人ね」


 魔法使いは此処で夫人を見る。その視線を追う様に少女も視線を移すも、夫人は思わず顔を俯かせ逸らした。


「夫人はね、毎日ちゃんと修道女として勤めていたのよ。でもね、貴女と同じで悔しさがあった。だからそこに付け込まれたの。其処に居る、王子様にね」


 今度は王子が見るからに肩を震わせる。横に座るある令嬢も、思わず見やるほどに。


「王子様はね、王様に命じられたの。資源事業の陣頭指揮を。そして彼は焦っていた。だから言う事を聞かない元子爵ではなく、女であれば…王子様は己の地位と美貌と若さを武器に夫人に迫った。甘い言葉を掛け、愛していると囁き、身体を重ね…挙句に将来の国母の座までもチラつかせたの。そしてね、その気になった夫人を、今のままでは結婚など出来ないからと、公爵家の養子にさせる様に公爵様に言ったの。でも、考えても御覧なさいな。後妻や第二夫人ならともかく、恥ずかしげもなくも養子だなんて。そんな世間に蔑まれるリスクを、公爵家が、ただでさえ娘が他人の婚約者を奪ったって言う醜聞があるのに負うと思う?自分達と変わらない歳の人間を!」


 話が進むにつれ、多くの人間が晒される。実際に子爵の件に関わっていなくても、この場に居る誰もに全貌が分かる様に、敢えてこの形を取った魔法使いの悪意。もし、怒らせていなければ、もう少しましだったかもしれないと、この場の誰かが考える。


「それにね、次期国母が決まっているのに、国母なんかになれる筈ないわよね?まさか王子様、噂通り婚約者であらせられるそちらのご令嬢との婚約を、彼女の娘の様に破棄なんてして、本当に夫人を正妻になさるおつもりだった?」

「…っ」

「…聞いているのだけれど?」

「ひぃっ、い、ぃいえ!!」

「ああ良かったわね、貴女は此処にいる誰よりも醜聞は少なそうで。ただ、婚約者であられる王子様は、愛しているのは貴女だけだと言いつつも、何度も別の女性を抱き、愛していると囁き、未来の国母の座まで提示した愚かな男で、その事実は否応無く広がるでしょうけれど」

「……」

「この事実を誰がどうお使いになるかは私の知った事ではないけれど…でも、私は将来、貴女が国母に成る事で、良い国になる事を願っているわ。ねえ?王様、王妃様。そう思いません?」

「あ、ああ、仰る通りです!」

「そ、そうね、私もそう思いますわ!」

「そうよね?良かったわね、お二人もこう言ってくれているわ。ああ、いけない。話が逸れてしまったわ」


 王と王妃、それから令嬢へと向けていた視線を戻す。この件は、少女の事に然程関係ない事だ。事実を伝える上での、あくまでも途中、過程に過ぎない。


「そうそうそれでね、公爵様はいくらそれが王子様からの要望だったとしても、これ以上自分達に好奇の目を向けられるわけには行かなかった。それに、さっきも聞いた通り、王子様は自身の婚約者と婚約を解消する気なんか無い。だったら、夫人なんてただの面倒な存在になる。でも、技術者を集める元子爵の人脈を引き出せるかもしれない存在だから、下手に扱えない。だから、公爵様は事情を知る伯爵様に押し付けた。王子様も結果として誰でも良かったから、自分が国王になったら必ず迎える。だから、我慢して待っていて欲しいと言ってその場を納めたの。結果、この屋敷を与えられ、伯爵家の第二夫人となったわけだけど、散々愛していると言われ続けた女だもの、未来の国母に対して嫉妬するわよね?だから、王家の馬車に乗った、未来の国母の格好をさせた貴女を用意したわけ。で、案の定貴女に向かって矢を射らせた。それが実の娘であっても」

「っ!」

「婚約者の存在は知っていても、それが誰か迄は知らなかったのよ、修道院に居たのだし、そもそも年齢が親子ほど離れている相手。名だたる貴族であっても、それが別の国の方だったら?ただの修道女が知れる情報なんて少ない。だから夫人は貴女であっても、まさかとは思っても、王家の馬車で、王家の色のドレスを纏った若い女性が居たら、王子様の婚約者だと勘違いするわ。まして、王子様は自分を愛していると思い込んでいる憐れな女性なんだもの。婚約者を殺せば、自分がって思ってしまうのも、きっと当然よね」

「だから、私を…」

「ええ、貴女はお父様とお母様の幸せを願ったいたけれど…人って関わる人間や境遇で此処迄変われるものなのねえ」


 少女にとって優しかった母親はもう居ない。自分を恋敵と勘違いして、殺そうとする程愚かな人間になってしまった。少女はそっと自身の母親を見る。どうして、と。


「…さて、後は貴女ね。貴女はどう思っているの?最初の質問よ」


 魔法使いの次なる質問の相手は、公爵令嬢だった。


「虫けら?それとも、ゴミ?後何だったかしら……ああ、ドブネズミだったかしら」

「ち、違っ…」

「おかしいわね、私パーティーで直接聞いたわよ?確か、身分が低い者は皆自分を美しくする為の土台であり、その為に地べたを這い蹲る存在だって高らかに宣言していたじゃない。だから平気で奪えたんでしょう?奪ってきたのでしょう?何を今更隠す必要が?大丈夫よ、貴女のご両親も同じ考えだもの、貴女は間違ってないわ」


 親がそうであるなら、子もそうなる可能性は高い。一番身近で、仲が良いのであれば尚更影響されるだろう。だから、彼女の考え方は間違っていない。否定する方が間違いだ。


「良かったわね、公爵様、公爵夫人。貴方達が望んだ通りの立派な娘さんが出来上がったのね。でも、貴方達が迎える婿殿は、貴方達が望んだ通りには恐らく行かないわよ。例え彼が共犯者でも。だって未だに彼、この彼女に対して誠実でありたいと望んでいるみたいだもの。もうどう足掻いても無理なのに心意気だけ気高いままでいたいとあり続けてる愚か者だもの。そして伯爵様と第一夫人、貴方達も良かったわね。王家に敵意ある存在を抱えている以上未来の国母様からの信頼は手に入らないでしょうけれど、その分押し付けた公爵家が何とかしてくれるでしょうし、何より息子さんがその公爵様の跡を継ぐのですものね。これで資源が手に入れば万々歳ってところよね、ここに居る皆さんは。でもハッキリ申し上げるわ。彼女なら未だしも、第二夫人がしゃしゃり出たところで、誰も見向き何かしないわよ。相手は職人だもの、義理や信頼を何より大切にする人種に、嘘や偽りは通用しないわ。残念ね。あ、それから…」


 全てを言い終わると、魔法使いは席を立った。慌てて少女も後に続く。


「そのお茶、誰も呑んでないから先に言うけれど、中に毒が入っているから。死にたかったら勝手にどうぞ」


 最初は毒が入っていた。それに気付いて変えさせた筈のお茶に、今度は魔法使い自身が毒を入れたと言う。いつ、どのタイミングで。それは誰も知らない。何せ相手は得体の知れない魔法使い。何でも知っている魔法使い。誰も勝てない魔法使いなのだから。

 屈辱、あるいは恐怖、生きるより楽になりたい人間はそれを煽るだろう。ばっと勢いよく飲み干す人間数名を見て、魔法使いが嘲笑う。


「…なんてね、誰がそんな事すると思っているのかしら、失礼ね。私はね、魔法使いなのよ。殺そうと思えば、誰だって簡単なの。でもしない。言ったでしょう、被虐性癖なんて持ってないって。その逆も然り、よ」


 そう言って魔法使いは少女と共に暗闇に消えて行った。向かう先は、森の小屋。契約終了まで、あと少し。






 魔法使いはこの日に至るまでの間、様々な場所で様々な人間に成り、自身で見聞きしてきた。その間にあの爆発を発生させるものも的確な場所ち設置して回った。だからこそ全て集まるまでに時間が掛かり、今日になったのだ。そしてついにそれも終わる。

 小屋に着いて、契約書を出す。それを机の上に置き、少女を見た。


「さ、貴女の願いは叶えたわ。後はペンダントを貰えれば、契約は無事完了したことになる」

「…はい」

「何、何か不満でも?」

「いいえ!ただ、色々あって…」

「感傷に浸るのは結構だけれど、私は未だ契約完了出来てない事の方が大事なの。これ以上貴女と一緒に居るつもりも無いしね」

「そ、そうですね、すみません。じゃあ、コレを…」


 少女は首から下げていたペンダントを魔法使いに手渡した。その途端、契約書はまるで霧の様になって魔法使いが着けていたブレスレットに吸い込まれ、ペンダントにも何かが吸い込まれた。そして、カシャンという音と共に、ブレスレットが魔法使いから外れ落ちた。魔法使いはその一連を、ただ満足そうに眺め、手元にあるペンダントを握り締める。心なしか、感極まった様子で。


「あの、落ちましたけど…」

「ああ、それはもう私には不要だから。というか、今度は貴女の物よ」

「え?」


 魔法使いがペンダントを自分の首に掛けながら、そう告げる。すると、落ちていたブレスレットが、今度は少女の腕に自ら巻き付いた。


「え!?」

「それは魔法使いのブレスレット。さっき吸い込んだのは貴女の願いよ。そしてペンダントには、貴女以外から、()()使()()と関わった記憶が吸い込まれた。そのブレスレットとペンダントがある限り、この森の魔法使いの存在は隠され続けるのよ。だから誰も知らない、噂でしかね」

「な、成る程…」

「そしてその願いを糧に、ブレスレットとは持ち主を魔法使いにする。でも、使えるのは形あるものにだけ。やり方は思い描けばそれで大丈夫。発動方法は何でもいいわ、杖を持って振っても良いし、私の様に指でも良いの」

「え、で、でも私一度、記憶が流れてきたことがあったけど…」

「それは単純に貴女の過去の思い出でしょう?私じゃないわ」


 魔法使いは小さな鞄を手にした。そして、少女に向き直る。


「このペンダントはね、次の魔法使いを呼び寄せる物なの」

「……え?」

「迷い彷徨う様に作られた森で、迷わず此処へ来られるようにって」


 魔法使い、否、元魔法使いは、現魔法使いに微笑む。


「貴女に渡した女性ね、私の前の魔法使いだったのよ、何年か前迄。魔法使いになるには、強い願いを持つ者でなければいけない。願いが強ければ強い程、そのブレスレットと引き合い、強い力となるみたいだから。何年か前、私はその女性に願いを叶えてもらった。そして、その後魔法使いになった。今度は貴女の番」

「そ、そんな…!嘘吐いたんですか!!」

「何を言っているの?私は最初から嘘なんか言ってないわ。それに貴女、最初に言ったじゃない。自分は死んでも良いと思っていたって。それならと、私は皆一緒の条件を言ったわ。願いが叶ったら、ペンダントを渡して頂戴って」

「っ!!」

「魔法使いにとって、契約は絶対。契約が完了した以上、貴女はとやかく言う事は出来ないわ、だって今の魔法使いは貴女だもの。でも安心して?いつになるか分からないけれど、このペンダントが認める程強い願いを持つ人が現れた時は、私の記憶と引き換えにその人を貴女の元に行かせるから。コレを持っているとね、その時一度だけ、記憶と引き換えに魔法を使えるのよ。便利だけと渡してしばらくすると魔法使いの記憶は吸われて無くなるの。だからそれまで、今まで此処で生活してきたことを生かして、魔法の扱いにも慣れることね。そうじゃなかったら、次の人に失望されるのは貴女だから。ああそれと、貴女がそのブレスレットをしている限り、森から出られないからね。ペンダントが願いを叶えたい相手の手に有れば出られるみたいだけど。それじゃあね、お元気で」

「ちょ、まっ…!!」


 元魔法使いは、彼女を置いて小屋を出た。魔法を使い慣れていない新しい魔法使いは、彼女を止める術も分からず、ただ縋りつくのも躱され、見送るしかなかった。願いを叶える代償が、無い筈が無い。その時、少女は改めて思ったのだった。


 そしてどのくらいか後に、彼女もまたいう事になる。


「条件は()()()よ。貴女の願いが叶ったら、そのペンダントを私に渡して頂戴」

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