群がる獣
山の麓にある小さな集落。そこで、人だかりが見えた。当然、エリックとサンティも何事かと見物人に混ざる。村の外れ、山に近い一帯の民家や店舗が数件に渡って荒らされていた。木造の壁は壊され、蓄えられていた食べ物が散らかっている。家の中には、震えながら膝を抱える者もあった。
「け、獣だ! 山の獣が襲ってきたんだ!」
震え、上ずった声で男が叫んだ。出血したのか、腕には布がきつく巻かれていた。
「獣だって?」
男の事葉に、エリックは眉をひそめた。問われ、例の男は大袈裟に目を見開いた。
「う、嘘じゃねえ! ホントだ! 確かにこの目で見たんだ!」
「分かってるって。別にあんたを疑った訳じゃねえよ」
すがるように見上げてくる男に、エリックは肩をすくめた。相当恐ろしかったのだろう、男はなかなか落ち着く気配を見せなかった。もちろんその男だけでなく、現場に居合わせた人間の顔にはどれも怯えと不安の色があるばかりである。事情を知りたいが、彼らから聞き出すのはあまりにも酷だ。いや、それ以前に十分な情報すら得られないかも知れない。エリックはそう判断し、どうするべきかと思案した。
「レッサービーストの仕業だね」
唐突に上がった声に、誰もが声の主を見た。
「サンティ、分かるのか?」
エリックは彼女に近寄って尋ねた。答える代わりに、サンティはしゃがんだまま地面を指さす。
「ほら、足跡があるら?」
彼女の指し示す場所を見れば、なるほど、獣の足跡だ。まだ新しいらしく、肉球と爪の跡がぬかるんだ地面にくっきりと残っていた。それも一匹の物ではない。大きさのまばらな足跡がいくつも残っているところを見る限り、群れであるらしい。足跡はまっすぐ山の奥に向かって続いていた。こうなれば、犯人が小さな魔獣であることに疑いはないのだ。
エリックとサンティは山へと続く足跡をたどっていた。村の人達は二人が傭兵であると知るやいなや、彼らに獣退治を依頼した。もちろん二人は断らず、今に至る。
やがて、群れの跡は途切れた。正確に言えば、地面が固いために人間の目ではそれと分からなくなっていたのだ。が、二人に諦めたような気色はない。
「いけるか、サンティ?」
「もちろん」
短い会話をし、互いに顔を見合わせた。軽く頷くと、サンティは真っ白な狼へと変化した。そのまま鼻を地面に押し当てるように動かす。やがてその耳がピン、と立った。人より何億倍も鋭い嗅覚が、小さな猛獣たちの臭いを捉えたのだ。サンティはエリックに振り向く。
「よし、行くぞ!」
エリックのかけ声に、サンティはウォンと短く吠え、獣の臭いをたどっていった。
狼の姿のまま駆けていくサンティと、それを追うエリック。しかしいくらか行くと、先導する白い獣の動きが緩くなり、やがて止まった。自然とエリックの足も止まる。不審に思いエリックは問うが、サンティは何も言わず、ただ前方を注視していた。見つめる先にあるのは岩と木とが乱立する光景だった。それらが作る闇の中に、ギラリとした光。低くうなり声を上げ、こちらを見つめているようだ。
そういうことか。エリックは理解した。恐らくここはレッサービースト達の住処だ。もとより野生の獣というのは無駄な争いはしない。彼らとて人を襲うのは、自分の身を守るためかあるいは肉を食らうためだ。この場合は前者である。もしもそれより立ち入るならば我らはそちらを敵と見なし、全身全霊で迎え撃つぞ。そう闇の中の瞳が言っていた。言葉無くともその殺気は十分に感じ取れた。
だが依頼された以上、こちらも引くわけにはいかない。サンティとエリックの目が合う。一呼吸おき、互いにうなずいた。
一声吠えた後、狼の姿でサンティは駆け出す。縄張りを侵す侵入者に、猛獣たちは一斉に牙をむいた。白い獣に群がり、食らいつこうとする。が、群れは全て振り払われた。よろけた隙に魔獣を爪が切り裂き、牙が食いちぎる。たった一人に、獣の群れは蹴散らされ、道ができた。遅れて、エリックも駆けだして鎌を振るう。ひと薙ぎで数匹を仕留めた。それでも魔獣は侵入者達に襲いかかる。
サンティは駆けた。疾風のごとく獣たちの首を食いちぎる。敵わないとみたのか、レッサービースト達は白い獣を避け始めた。必然的にエリックに集まり始める。その数は一振りでは対処しきれなかった。エリックは後方に跳躍。魔法を放って距離を稼ぎ、走って後退する。好機とみたのか、獣たちは一斉にエリックの後を追い始めた。異変に気付き、サンティも後ろから追撃する。が、かえって彼に攻撃の矛先を向けるだけだった。
数多の牙がエリック食い込もうとした刹那。辺り一帯の地面が光った。同時に魔獣の動きも止まる。地面に描かれた魔方陣が効力を発揮したのだ。
「敗走したと思ったか? 残念だったな」
エリックは杖のように鎌を回した。魔方陣が光り輝き、光がレッサービースト達を包んでいく。
『弾けろ!』
エリックの声に呼応するように、光が弾けた。目を開けられないほど辺りが明るくなる。それが収まったときには、もう魔獣の姿はなかった。鎌を担ぎ、エリックは満足げに口の端を上げる。
「わざと背中を見せて罠に誘い込む……と。いい追い込みだったぜ、サンティ」
エリックは上機嫌に笑いかける。サンティは人の姿に戻り、髪をかき上げた。
「私はエリックを囮になんてしたくなかっただけどね…」
エリックとは対照的に、サンティはどこか不機嫌だった。そっぽを向いて口をとがらせている。
「勝ったんだからいいじゃねーか。さあ、帰って飲むぞ!」
「そりゃそうだけどさ…」
嬉々とするエリックと、呆れた様子のサンティと。二人は人里の方へと歩いて行った。
犬の仲間は相手が逃げると追いかける習性があるようなので。それをちょっと逆手に取った戦い方とか考えてみたかったのです