表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
91/325

幕間

 急速な復興が為される帝都デルンに夜はなかった。昼夜を問わず建物の再建が行われ、夜間労働者は日が落ちてから出勤を始める。昼間労働者は仕事終わりにビアホールへ集まり、商店街は夕飯の買い出しに出る主婦達への客引きの声が響き続けた。ごった返す商店街や人通りのなくならない道は、周辺地域各所や北方でさえ復興の象徴として有名となっていた。

 戦災が早々に"今や昔"となり始めた眠らない街の中心は、打って変わって静寂であった。窓の多くからは灯りこそ漏れていたが、眠らぬ街デルンで唯一と言える静かな場所はシュトラッサー城ただ一つだけとなっていた。

 だが、その静寂たる城の一室は、どのビアホールより騒がしく、怒声や罵倒、批難と不安の声があちこちから響いていた。その部屋に集まる南方貴族の重鎮達が長方形の長机の席に腰掛け、その前には申し訳無さそうに立つ九人の枢機卿達がいた。彼等は机を囲む他の南方貴族によって大いに糾弾と罵声を受けていた。その原因は突然の教皇の懺悔と皇女の欠席、それに伴う司会を引き継いだカイムのもとで、教皇ゲーテが更に罪の詳細を懺悔をした。その結果、テオバルト教の隠蔽してきた悪行が洗いざらい露見してしまった。

 南方貴族達の問題はそれだけではなく、懺悔した事で教皇の評価は今までより圧倒的に良くなると同時に、枢機卿九人やその仲間達は完全に悪役となってしまったことにあった。その場で処刑されてもおかしくなかった彼等をザクセンが何とか場の雰囲気と勢いで身柄を確保しつつ、南方貴族の保身をある程度できたとはいえ、この緊急事態は南方貴族にとっては不味い事だった。彼等は皇女の無能さや実力不足指摘して、皇帝の血族という優位の座から引きずり下ろす腹積もりだった。それが今では、裏切り者達への一大支援者であり、議会を乱し国を乱すはみ出し者の集団扱いとなった。

 こうなっては、下手に皇女批判をしても立場回復は叶わず、皇女を引きずり下ろす南方貴族達の野心は夢のまた夢となっていた。


「枢機卿方、どうするおつもりか?だから私はあれ程北方で奴等を監視すべきだと言ったのだ!」


「そうだそうだ!」


「"これまで通り"と言っても、そもそも普通というのがないのが帝国議会だ!あんな小娘、居ても居なくても変わらんだろうに!」


「むしろ厄介事を引き込んだ!」


 糾弾の声を上げる貴族の中でも、特にテンペルホーフは一段と大きな声で叫んでいた。そんな彼に続くように貴族達の糾弾の声は枢機卿達に大いに堪えたようで、彼ら全員が苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。


「しかし…南と違い北は不信心者が多い…そんな所に居続けるのは…」


「我らを馬鹿にしているのか!」


 そんな枢機卿の一人が曖昧な言い方で誤魔化そうとしたが、その口調は南方貴族達の怒りの火に油を注ぎ、テンペルホーフはいの一番に怒鳴りつけたのだった。最早何を言っているの解らない程の糾弾の嵐に、枢機卿達はただひたすらに謝罪の言葉を口にし続けた。


「諸君!少し静かにしてくれるかな?」


 そんな貴族達の喧騒は、長机の上座に座るザクセンの言葉で止まった。彼はただ静に喧騒を眺めるだけだったが、枢機卿達が謝罪を始めると、ついに手を組ながら机に肘を突いて彼等に語りかけるのだった。


「諸君等は本当に謝罪の意志が有るのかね?」


 笑みさえ見せながら枢機卿に尋ねたザクセンだっが、その瞳は明確な殺意に燃えていた。その南方貴族全員すらも黙らせる隠す事のない殺意を前に、枢機卿達はベールやフードの下の顔に恐怖を浮かべながら言葉なく何度も頷いた。中には殺気への恐怖から頬に伝って涙さえ流す者もいたが、彼等の必死の了承はザクセンに伝わった様であった。彼は目を瞑り笑顔で何度も頷くと、満足そうな顔を隠すように組んだ両手を口元まで運ぶとその目を見開いた。その瞳は禍々しい怒りに満ちた視線であり、すぐ近くに立つテンペルホーフさえ小さな悲鳴を上げて竦んだ。


「なら、今すぐ親衛隊本部へ行って彼等を始末してきてくれるかね?」


 教皇ゲーテとドレヴァンツ枢機卿達は身辺警護を兼ねてシュトラッサー城から親衛隊本部で宿泊する事になった。勿論本部は厳戒体制であり、不用意に近づけばどのような目に会うか解らない程であった。そんな親衛隊本部に老人ばかりの枢機卿達でザクセンの指示を実行するのは不可能であった。だが、彼等はザクセンの命令を拒否した時の事を考えると不要に口を開くことへ恐怖を感じたのだった。

 枢機卿達の言葉が途切れ広い部屋に数分の沈黙が流れると、ザクセンはゆっくりと立ち上がった。その目にはあの禍々しい怒りはなく、穏やかその物であった。その突然の変化には枢機卿達も少なからず希望を抱いた。だが、彼等の目の前でザクセンは腰のサーベルを引き抜いた。それが真横に振られらると一番右端の枢機卿を残し他者達の首が天井高く飛んでいった。その光景には多くの貴族達から悲鳴の様な声を上がると、生き残った枢機卿の一人である馬の頭をした獣人の男は顔に掛かった生暖かく赤い液体を軽く触った。それにより、ようやく自分の同僚達の首がはねられた事実を理解し、横で首から勢い良くまるで噴水の様に血を噴き出させる同僚達の死体を横目に命乞いをしようとした。


「頭を動かすな!」


 ザクセンの怒声に声を漏らし後ろに仰け反った枢機卿の頭は、まるで机の上を滑るドライアイスのようにゆっくりと首から滑り落ち床を転がった。その馬の首が床を転がる姿に、ザクセンは悔しがりながら軽く数回床を蹴ったのだった。


「何故動く…これでは君に死の恐怖という罰が与えられないではないか」


 ぼやくように言ったザクセンは、枢機卿の死体を一人づつ蹴り飛ばすと、近くにいた騎士達に運び出すよう片手で指示した。だが、血が付かないよう怯えながら運び出そうとする彼等の手際はぎこちなかった。そんな彼等の不甲斐ない姿に苛立ちつと、ザクセンは力任せに死体を1つ掴んで扉まで投げた飛ばした。その死体がザクセンや部屋の床に血を撒き散らすと、女性貴族の数人が短く悲鳴を上げ他の貴族が恐怖に唾を飲んだ。


「この役立たず共が!」


 その貴族達の怯えるだけの姿に感情的に叫ぶと、ザクセンは勢い良く自分の席に座った。彼のその姿にテンペルホーフさえ黙ったが、席に座るというよりは席に立っている一人の貴族が手を上げた。


「ザクセン=ラウエンブルク卿、どうなさるおつもりで?今日の議会で我々は完璧に国賊扱い。おまけと言っては何ですが、貴殿はその国賊の長となったのですよ?これでは貴方や他の貴族方が何を考えていようとも、敵だらけの中あれこれしなければならなくなる訳ですよ」


 まるでコウテイペンギンがきらびやかな服を着たような鳥人の貴族は、そのフリッパーで注目を集める様に数回机を叩いた。そんな彼の透き通るような口調は冷静その物だったが、その語る内容は完全に他人事のようであった。そんな発言から多く南方貴族から冷たい視線を受けるコウテイペンギンだが、その視線をまるでたかった虫でも払うように手を振ると改めてザクセンに向き直った。


「かの総統とやらは、あくまでも国を救うと言っていましたよ。北方貴族はそれに協力すると言っているのだから、彼は北の味方だ。それすなわち皇女の味方と言う事です。彼を味方に引き入れなければ教皇の身柄は手に入らない。困った状況ですなぁ」


 更に加えたコウテイペンギンの涼し気な他人行儀の言葉にザクセンは指で苛立つように机を叩き始めた。その苛立ちの態度に臆する事なく発言する彼の態度に、ザクセンは深く息を吐くと悩ましそうに顎の髭を撫でた。


「フンボルト卿。君の言う事も解る。しかし、彼の持つ親衛隊と言うのは私の理想の兵隊だ。私達の高貴な者への絶対服従に確実に命令を遂行できる能力。彼の指揮する軍に、私の支配する帝国はきっと最高だろう!」


 ザクセンは帝都の街である程度の親衛隊とカイムについての情報を集めていた。その情報のなかにあった親衛隊の標榜である"忠誠こそが我が誇り"を過大解釈したザクセンの言葉に数人は眉をひそめたが、多くの貴族が納得と敬意を表する様にどよめいた。


「となりますと、やはり皇女は予定より早く…」


 そんなザクセンの語り草に、テンペルホーフが彼の横で呟くと周りの貴族の殆どが頷いた。その中で、フリッチュただ一人が文句を付けるようにその手を上げたのだった。


「しかし…街に忍ばせた連中からは、デルンでの協力者が殆ど出来ていないと。現状戦力では心もと無いかと…」


 南方貴族達の勢いに水を差すようなフリッチュの発言に、貴族の多くは不快な表情を浮かべた。だが、批判の声をあげようとする者達へザクセンが視線を向けると、その全員が一斉に素の表情へ顔を戻した。


「構わぬよ。親衛隊とやらも数は少ない。元から人数は多いのだから、数で圧倒すればいい」


 そのザクセンの気楽な言葉に無言で頷くと、肩をすくめたフリッチュは呆れるように歩き出し他の貴族に紛れ姿が見えなくなった。


「さて…それではいい加減に、皇女殿下には帝国から御退場頂こうか」


 そう言うと、ザクセンは最初から部屋の隅で立っていた黒いローブを身に纏った白い仮面の人物を手招きした。その呼びかけに白い仮面の人物は彼の元へと歩み寄り、ザクセンへ耳を貸すように膝をついた。


「東の者達に連絡を頼む。"次の議会では事を起こす"と」


 そのザクセンの言葉を聞くと、仮面の男は早速足早に部屋を出て周辺を確認すると、警戒しながら薄暗い廊下を駆け抜けた。だが、少しすると彼は急に立ち止まり再び周りを警戒した。


「気のせいか…流石に主を討ってくれと伝えるから、気が滅入ったのか?まさかな…」


 思わずそう呟くと、仮面の人物は再び走り出した。だが、もう少し周りを警戒すれば曲がり角から少しはみ出た靴の爪先に気付けたかも知れなかった。


「ばれなかったか…良かった…総統に怒られる所だった…」


 安心混じりに呟かれたその言葉は、別な生き物の様に動く頭の耳と共に暗闇に消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ