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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第七幕-7

 議事堂の二階にあるテオバルト教関係者用の席から眼下に広がる貴族の言い争いを数日間見続けていたゲーテの心には、呆れを通り越して帝国の未来への不安しか感じられなかった。帝国議会を端から見れば、とにかく南方貴族達が皇女に対して対案無き反対で場を掻き乱し、議会が混迷するという事態になっていた。その混乱する議会の中でも何も言わない東方貴族や南方貴族に便乗する西方貴族、それを御しきれない皇女という構造は帝国という国家の破綻を端的に表していた。

 だからこそ、前日の夜のカイムとの密会でゲーテは決意した内容を自分の祖父、ドレヴァンツ枢機卿に話した。その決意は下手をすると自分達の命を危険に晒す可能性もあった。だが、彼は彼女の決死の覚悟を受け入れ、議会のために急ごしらえでも準備をしたのだった。

 だからこそ、失敗出来ないゲーテは不安を少しだけ含んだ視線に不安の表情で議事堂の座席周りを確認した。扉の前に聖堂騎士が2人に、彼女とドレヴァンツのすぐ後ろにも騎士が2人控えていた。彼等はゲーテと目が合うと、ただ静かに頷いて直ぐに不動で立ち続け警備の仕事を続けた。ゲーテはその頷きにただ黙って頷き返すと、彼女とドレヴァンツの両横に座る枢機卿達、端に立つ大司教達数人を様子を伺った。そんな彼女は予知した未来の鮮血が自分の物かも知れないと考えると、自分の手が震え息が荒くなるのをうっすらと自覚した。それでも必死に耐える彼女の震える手をドレヴァンツが優しく握った。

 そんな励ましにゆっくりとゲーテがドレヴァンツへ感謝の視線を向けると、彼もまた静かに頷いた。彼女が目をつぶりながら気持ちを落ち着けるために深く息を吸い、眼下にの議会に目を向けた。そこには未だに北方貴族へ難癖を付ける南方貴族の集団が見え、その頭領的立場のザクセン=ラウエンブルクがこの議会で何も発言しない事が、今さら彼女は不思議と気になった。

 そんな騒がしさが収まらない議事堂の奥にある扉開いて皇女とファルターメイヤーが歩いて来ると、その後ろから親衛隊の黒い上着に褐色のシャツという制服に身を包んだカイムとギラが姿を表した。彼等の姿を見ると、国防軍の制服に身を包んだ北方貴族が起立をして敬礼をした。そんな彼等に合わせるようにゆっくりと立ち上がるドレヴァンツへ他の枢機卿が疎ましい視線を向け、ゲーテには誰がしたのか解らなかったが舌打ちする音さえ聞こえる程だった。


「所詮は元騎士の荒くれか…あんな者達に靡くとは…」


「我らの立場というものをわかってないのでしょう…」


「粗暴なものが枢機卿とは…教会の顔に泥を塗るようなものだな…」


 そんなテオバルト教の枢機卿のうちの誰かの放ったそれは、他の者のドレヴァンツへの嘲笑を促した。その結果、テオバルト教関係者達からドレヴァンツは侮蔑の視線を受けた。それは、ゲーテの張り詰めた神経を逆撫でるどころか激怒によって勢いで隣の祖父と同様に立ち上がらせる程だった。そんな彼女は小柄な背筋を精一杯に正すとその控えめな左胸元に右拳を付けた。


「帝国万歳!総統万歳!」


 ドレヴァンツだけでなく教皇ゲーテさえもマイクもなしに大声に万歳を唱えながら敬礼する様は、枢機卿達や大司教、護衛の聖騎士達さえも絶句させ、議席に座る南方どころか北方貴族達さえも驚きの表情を浮かべる程だった。


「猊下!あの様な訳の解らぬ者に何という言葉を!」


「そうですぞ、猊下!あのような下民に"万歳"などと言うなんて!」


「そうです猊下!こんな突然表れた妙な者に万歳等と…」


 先のドレヴァンツへ無礼な陰口を叩いていた枢機卿達がそのゲーテの行動に慌てだした。テオバルト教のフードベールを被った顔は表情こそ見えないが、その声からは大いに焦っていることがゲーテにもわかった。そんな彼女の余計な発言を止めようと上げて立ち上がった枢機卿達がゲーテに詰め寄ろうとしたが、既にドレヴァンツが話を通していたのか聖堂騎士が彼等を必死に抑えたのだった。


「テオバルト教はあのようなものに敬意を向けるのか!どこの馬の骨とも知らない者をだぞ!それでも誉れ高き帝国国教を統べるものか!」


「そうだ!そうだ!」


「場と立場をわきまえろ!」


 そんなテオバルト教の騒ぎを聞いていたのか、下の議席から難癖を付ける張本人のテンペルホーフが大声を上げた。その言葉へ続くように、彼の周りの南方貴族の批判の声もが議事堂を大いに埋め尽くした。その無数の批判の声は留まる所を知らず、流石の枢機卿達でさえ対処に困り黙ると、手遅れと諦めるように元いた席へ座り直したのだった。その枢機卿達の情けない姿や勢いばかりの南方貴族の言葉は決意を固めたゲーテにとってはパニック障害の切っ掛けより怒りを爆発させる雷管となったのだった。


「黙りなさい!口先だけの痴れ者が、彼に対して無礼です!」


 堪らず押したマイクのスイッチから流れる声は、ゲーテを知る人物からすれば想像さえ出来ない怒りの滲み出した声であった。その怒気には散々吠えていたテンペルホーフも顔を青くして言葉を失い、議事堂は議会の行われる一階から離れた二階で怒りを爆発さるゲーテの言葉だけで静まり返ったのだった。

 南方貴族の無礼な発言を止めようとしていたホーエンシュタウフェンは、そのゲーテの声に驚き演説台の上で彼女達を見上げながら唖然とし、カイムやギラさえ一瞬驚くと雰囲気の変わった彼女の周りの様子を警戒し始めた。ギラに至っては腰に着けた三角形の革のホルスターの蓋を開け拳銃を取り出し、彼女達の動向を見詰めていた。

 そんな彼女の反応に困っている姿を見ると、ゲーテはこの静寂という機会を逃すわけにはいかないとばかりに再びマイクのスイッチを押した。


「突然、大きな声を教皇という立場ながら、上げてしまった事には、深く反省し、謝罪の言葉を述べさせて頂きたく思います」


 唐突に議会へ向けて喋りだしたゲーテに、ホーエンシュタウフェンを含めた帝国議会は対応に遅れた。というのも、テオバルト教の議会への出席は国教であるからという漠然とした理由からであり、特に発言権を持たない彼等は、ただ座って議会の動向を見ているだけだったからであった。さらには、普段の議会における教皇ゲーテも相槌も打たずただ座っている置物の様な扱いであり、教会の上層部は彼女の心的外傷を理由に彼女を上手く利用していた。  

 それだけに、途切れ途切れでも議会へ向けて喋り始めた教皇ゲーテは枢機卿達に動揺を与え、帝国議会の参列者の多くもどう対応するかに迷った。

 そんな謝罪の言葉を述べ頭を下げたゲーテは、目線だけで動揺する彼等を見た。多くの者は彼女を止めるべきだと考えているのだが、誰もがお互いにその役割を押し付け合うように目配せをするばかりであった。そんな議会の中で、カイムが彼女へ向けて力強く頷く姿が見えると、ゲーテは腹部の上で組まれた手に力を入れ、勢いよく顔を上げた。


「折角、久しぶりに、この様な大勢の方々の前で、話すのですから、少しだけお時間を貰いたく思います」


 再び軽くお辞儀をすると、ゲーテはただ淡々と話し出した。


「嘗て、テオバルト教は迷える民に、旧き英雄や民の姿を語り継ぎ、多くの民に、生きる希望を与える事が、第1の使命でした。そして、民と歩き、民と共に生きる事で、新たなる希望を…帝国の希望を見付ける。それが使命でした」


 語り出したゲーテの言葉から彼女が語ろうとする内容を悟った枢機卿九人や大司教が彼女のことを慌てて止めようとしたが、少し前の彼等の動きからゲーテの周りを固めていたドレヴァンツや聖堂騎士達が一斉に彼女の周りを守るように取り囲んだのだった。


「ドレヴァンツ、どういうつもりだ!貴様こんな事をしてどうなるか!」


「国教たるテオバルト教を地に落とすつもりか!」


「黙れ、外道が!どうもこうも、ワシ…私は目が覚めただけだ!貴様等という悪夢からな!孫が自らの意思で国のために立とうというのに、それを支えぬ家族があるものか!地に落ちたのは貴様ら外道だけだ!」


 ゲーテのマイクが枢機卿達の焦る声さえ拾い、議事堂にはテオバルト教の異常事態が響き渡った。その枢機卿の慌てる声や焦る声に対して、義と孫のために叫ぶドレヴァンツの声は彼等の主張を叩き潰したのだった。そのテオバルト教と帝国議会の混乱状況にカイムはギラに目配せをすると、彼女は喉元のタコホーンを触り何かを呟いた。


「教皇さま、話すべき事をお話しください!」


 議事堂のスピーカーがドレヴァンツの主張と人の揉め合う音を拾う中で、ゲーテの声が更に大きく響いた。


「しかし、今回の議題の通り、教会は本来の存在意義を忘れています。司祭達は人々からの税に溺れ、枢機卿達は権利に執着しています。税の高騰は教会の権力維持…いえ、そこに属する俗物達の私腹を肥やすためだけに行われているのです!」


「猊下は心を病まれているのだ!全て嘘だ!」


 スピーカーから響き渡るゲーテの静かな声に慌てて枢機卿達が慌てて主張を続けた。だが、至って冷静にかつ力強く語るゲーテの声から、枢機卿達の焦る主張は益々教会の腐敗具合の酷さを露見させ、彼らが主張するほどにテオバルト教会の信用は真っ逆さまに落ちていた。

 それに追い討ちを掛けるように、ゲーテの独白は止まるこのを知らなかった。


「何より、教会はその権力の為に、皇帝陛下さえ死に追いやった!」


「黙れ小娘!この裏切り者が!」


 唐突にスピーカーから聞こえてきたゲーテの暴露に、枢機卿の暴言が被さるように流れた。そんな彼女の暴露はあまりにもの唐突さから多くの者に驚きと疑いを感じさせた。だが、それに続いて枢機卿達の怒鳴り声が流れると、彼女の言葉を事実と理解した者にはどよめきを与え、真相を知っている者にはその顔を今後の混乱を想像させて真っ青にさせたのだった。

 いよいよ流れの崩壊してきた帝国議会にて、カイムは一番ホーエンシュタウフェンがその場で取り乱すと警戒を向けていた。だが、彼女は両手で口元を押さえ立ち尽くすと、僅かに肩を震わせてただ呆然とテオバルト教達の席へと視線を向けるだけだった。

 そんなテオバルト教の席では枢機卿達を抑えていたドレヴァンツと聖堂騎士が押し退けられ、ゲーテに枢機卿達の振り上げられた拳が振り下ろされようとした。


「ニ階班、突入」


 そんな荒れ果てるテオバルト教関係者の姿に喉元を抑えたカイムがタコホーンへ呟くと、突然彼等の座るニ階席の扉が乱暴に蹴破られた。それに驚くテオバルト教の関係者達が言葉を発する前に、黒い影のように彼等を拘束する親衛隊員は組み伏せた彼等へサブマシンガンを突き付けたのだった。そんなテオバルト教関係者の記憶には、ヒト族の魔法の杖などが深く印象に残っていたため、親衛隊の構えるサブマシンガンには自然と恐怖を感じ、組み伏せられた者は大人しくなり拘束されていないは者は距離を取る様に後退りし始めた。


「何なのだ、貴様等!」


「カイム総統の親衛隊である。テオバルト教教皇の告発により、枢機卿方には国家反逆の容疑が有ります。同行願おうか裏切り者共!」


 そんな恐怖に震えるテオバルト教大司教の一人が怯え混じりで親衛隊に声を上げた。その声には最早、国教を管理する権力者としての威厳などは消え去っていた。そんな彼等に銃口を突き付けながら軽く微笑むツェーザルが一歩前に踏み出し、彼なりの最後の警告代わりの怒声と放った。その微笑む顔と比べ物にならない殺気を放った表情と共に、突入した全員がサブマシンガンを構え直した。その金属の軽くぶつかる軽い音が、現状の理解出来ていないテオバルト教関係者を恐怖に駆り立てた。殺気に溢れ、抵抗しようものなら容赦なく攻撃するといった雰囲気を出す彼等を見たカイムは、ゲーテやドレヴァンツを守れたことに安心しつつ耳元のイヤホンの位置を少し直した。


「正常に機能したか…」


「改めて凄いですね。無線って…」


 冷静に無線装備の評価をするカイムをギラが驚きの目線で呟いた。カイムの付けていた小型無線機とタコホーンは、親衛隊へマヌエラ達が送ってきた新装備の一つだった。以前に無線機で連絡した通り、レナートゥスはカイム達へ多くの車や装甲車、トラックを送ってきた。そのトラックの中には様々な兵器が積まれていたが、多くは兵器よりも通常装備品が多かった。懐中電灯等もあったが、カイムが即時利用を決定したのはその小型の短距離無線機だった。

 早速その効果を噛み締めていたカイムは、妙な視線を感じ貴族達の座る議席へ視線を向けた。


「待たれよ!カイム殿と親衛隊の諸君!」


 視線の主を探すカイムだったが、その最中に今日まで黙り続けていたザクセンが唐突に喋りだした。その厚のある言葉と大柄ながたいが立ち上がると、カイムはその存在に警戒しギラはそっと彼の前に盾になるよう立った。


「さて、初めましてと言うべきか。南方貴族の頭領の様な者をしているザクセン=ラウエンブルクだ」


「親衛隊総統、カイム・リヒトホーフェンです」


 焦りを隠すように不敵に笑うカイムへ自己紹介し始めたザクセンに合わせて、カイムもなんとか名乗り返した。そのカイムのかなり警戒している態度を前にして彼の心情を悟ったザクセンは、突然に自ら深々と頭を下げたのだった。


「見た所、ドレヴァンツ卿や聖堂騎士は教皇の味方のようだ。なら、残りの連中が居るのは南方。つまり、彼等がのうのうとのさばっていたのは私達の過ち。ましてや、彼等の行いが原因で皇帝が戦死なされたのであるなら、詳しく尋問する必要がある。自分達の罪は、自分達で償うべきだ。だからこそ、彼等の処罰は私達にさせて頂きたい」


 そんなザクセンの謝罪の言葉は、他の地域の貴族どころか南方貴族にさえ驚きを与えた。だがなにより、その彼の態度はカイムの聞いていたザクセンのイメージと大きく異なっていた。彼の聞いていたザクセンのイメージでは、大柄で粗暴な雰囲気の短絡的な貴族と考えていた。だが、目の前に立つザクセンは、教皇ゲーテの突然の重大事実の公表とそれに伴う混乱の中で、南方貴族の職務怠慢の謝罪と償いをするとまで言ったのだ。さらには、自分達を悪者にした上で事実を改竄や隠蔽するために自分達を手動として処罰を行うと言った所は、カイムをして大胆ながら思慮があると思わせた。何より、反論を許させないその力強い言葉は、カイムにザクセンという男への認識を大いに改めさせた。

 そして、ザクセンの言葉で静まり返った議事堂では、誰も否と言える雰囲気ではなかった。


「ザクセン=ラウエンブルク卿…明日に詳しい報告をしなさい…本日の議会は中止します」


 演説台で俯きながら、ホーエンシュタウフェンは静かに呟いた。台の端に両手を突き、垂れ下がる髪で表情は一切見えなかった。だが、スピーカーから流れる声は暗く震えていた。足早に皇女は議事堂を去っり、その後ろをファルターメイヤーが急いで追った。すれ違いざまカイムと目の合った彼女は、この場を頼むと言いたげに一瞬彼を見つめると、直ぐに目を逸らしてその場から去っていったのだった。

 急に議会の全てを託されたカイムは、無数に自分を見つめる貴族や有権者達の視線を前に、全てを諦めたように力無く演説台に立つと、無理やりやる気を出しながらマイクのスイッチを入れた。


「えっと…皇女は不在となりましたが、私は居ます。なので、良かったら昨日の議会の議題を…」


 その発言がされると同時に、無数の貴族の質問がカイムを津波の如く飲み込んだ。

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