第七幕-6
ゲーテとの夕食の翌日、カイムは皇女ホーエンシュタウフェンから唐突に送られてきたの命令書通りに早めにシュトラッサー城へと向かうことにした。そんなカイムを護衛しようとした親衛隊本部隊員全員が完全装備を主張したとき、彼は大いに頭を抱えたのだった。
「貴族総出なのですから、何が起こるか解らないですのよ!念には念を入れるべきですわ!」
明らかにホーエンシュタウフェン達に対して過剰な敵愾心を持つヴァレンティーネの発言や、彼を心配するギラの無言の主張、総統執務室へと駆け込んでくるその他隊員の言を受けると、"一定人数残るべき"と言おうとしたカイムもその圧に屈して仕方なく頷いたのだった。
20人の護衛を連れて朝に城へ出頭した親衛隊一行は、早々にシュトラッサー城の橋や城門を通ると、窶れ果てたホーエンシュタウフェンとアモン、ファルターメイヤーの出迎えにあった。
「私から逃げるなんて!カイム、貴方どういうつもり?ふざけてるの!誰がアンタの飼い主だと思ってるわけ!」
「かっ…飼い主?」
「そうでしょうに!アンタは立場を弁えなさいよ!」
そんな城に響き渡るホーエンシュタウフェンの癇癪の声とその言い草に、流石のカイムは眉間にシワを寄せる困惑の表情を浮かべた。その表情で更に怒りを爆発させるホーエンシュタウフェンの姿に、カイムは隣のギラに視線を向けた。彼の事情説明を求める困った視線に少しだけ呆れる様に息を吐くと、ギラはカイムをジト目で見詰めた。
「閣下、昨日"私を置いて"脱走しましたよね。あの時、皇女殿下とファルターメイヤーさんが親衛隊本部へと来ていたんです。それなのに、あの二人と入れ違いで総統閣下は教皇猊下と"二人っきり"で外食してましたからね。怒るのは仕方ないことですよ」
話の一部が強調されたギラの説明に、カイムはゲーテと二人で逃げる最中に自分を追う本部前の人影が二人増えていたことを思い出した。そんなカイムのはっとした表情を見ると、いよいよ怒りに震えるホーエンシュタウフェンが足音が聞こえそうな程の重い足取りで近寄ってきた。
ホーエンシュタウフェンとカイムの距離が近づくと、皇帝や政府よりカイムを過剰に信奉しつつある親衛隊がその間に割って入り、護衛の全員が彼女へとサブマシンザンを構えようとした。
「撃つな!撃ってはなりませんわ皆さん」
そんな護衛達を慌てて止めようとしたカイムより先に、ヴァレンティーネはその銃口の前に立って全員を止めた。普段ならばカイムへの反抗的な者達を"反カイム"と呼び率先して殲滅しようとする過激な彼女のその発言は、カイムとギラに驚きの表情をさせた。
「皇女の癇癪はいつもの事ですわ。こんなことをいちいち気にしてたら、弾が何発あっても足りませんわ。皆さん、彼女へは然るべきときにその銃口をを向けるべきでしてよ?」
だが、本質的には何も変わっていないヴァレンティーネは、露骨に馬鹿にした表情を浮かべてホーエンシュタウフェンへ挑発するように言い放った。その言い方も吐き捨てるようなものであり、彼女の発言にホーエンシュタウフェンは瞳に怒りの炎を宿して握り拳を震わせたが、大きく深呼吸をしてなんとか冷静さを取り戻そうとした。
そんなホーエンシュタウフェンの肩を彼女と一緒にカイムを出迎えに来たアモンが励ますように軽く叩いた。皇女の騎士であり婚約者であるはずの彼は、過労から窶れている彼女と打って変わって、健康的な顔色に平常な精神状態であった。その事に疑問を抱いたカイムらは、アモンへ疑念の視線を向けたのだった。
「しかし、殿下がここまで窶れているのにアモン殿は元気そうですな。貴方は、確か皇女殿下の騎士で婚約者なのでは?随分と余裕そうですね?」
「おっと、こう見えても内心ボロボロなんだけどな。見た目が健康的なだけだよ」
そんな疑念の視線を向けるカイムの三歩後ろにいたアロイスは、親衛隊の誰もが思いながらも口に出さなかったことを訝しむように尋ねた。その一言はカイムの顔を青くさせ、ホーエンシュタウフェンには怒りで白い肌を真っ赤に染め上げさせた。
アロイスへと眼力だけで人を殺せるような睨みを効かせたホーエンシュタウフェンだったが、そんな彼女を撫でながらアモンは気まずい笑顔を浮かべると軽く鼻頭を掻いて冗談めいた言い訳をしてみせたのだった。
「確かに、おっ…私は彼女の婚約者であり騎士だ。だからこそ、皇女の仕事に深くは関われない。全力で彼女の身を守ることこそが私の仕事だ!」
力強く断言したアモンの言葉は、不思議と無駄に説得力があったが、ファルターメイヤーの補佐の仕事の忙しさ知っていたカイムと親衛隊全員はその無責任さに唖然とした。そのダメ男の様な発言に文句も言わず、顔を赤らめるホーエンシュタウフェンの心情には、彼等全員が理解出来なかった。
そんな唖然とする親衛隊に気づかないのか、ホーエンシュタウフェンは咳払いをするとカイム達に急かすように手招きをしたのだった。
「とにかく急いで控え室に。途中で色々と打ち合わせしないと」
急かす皇女の言葉に、カイムは北方貴族達と打ち合わせするタイミングが無いことを理解してギラ以外の隊員達にハンドシグナルを出した。事前に親衛隊の城内警備を認めさせた事で議事堂の外、つまり城の警備に介入出来る権利を彼等は得ていた。そんなカイムの指示に親衛隊員達は敬礼をすると直ぐに持ち場へと駆けていった。
「とりあえず、今日の議題は"教会の税収額の高騰の理由"。だから、貴方は殆ど関係無いし、そもそも南の貴族達が"この帝都において重要人物である総統カイム殿を呼ばないのはおかしい"って駄々をこねたからだし。なんでカイムが必要なのかは私はさっぱりわからないわよ!なんたって、貴方は私の言うこと聞かないばかりだし!」
控え室に繋がる廊下でひたすらに語り続ける皇女の言葉を軽く聞き流しながら、カイムは昨晩のゲーテの発言と最後に言った決心について考えた。彼女の昨晩の発言から、教皇はこの議会において何かをするつもりなのはカイムにも理解できていた。そのため、カイムがゲーテとの食事の帰り道で考えた事が現実になれば、今日の議会は荒れるどころか様々な意味合いで爆発するとさえ思えた。
そうなれば、ゲーテの言う所の議会の鮮血という事態も発生しかねないとカイムには思えた。何より暗殺される可能性のある人物が皇女一人から教皇ゲーテも増えて二人なることはカイムにとって恐ろしい事態だった。議事堂内に入れる親衛隊はギラとカイム、ブリギッテの三人しか居ない事も不安を募らせた。
それでも何とかするしかないと覚悟したカイムの目の前に、皇女の長い角が現れた。いつの間にか控え室についていたらしく、考え事をしていた彼は殆ど皇女の話を全く聞いていなかった。そんな平静を装うカイムの制服の裾をギラが少しだけ引くと、彼は目戦だけ彼女に移しほんの少しだけ頷き大丈夫だと主張した。
「それでは、自分は上の席の警備があるからこれで」
そう言ったアモンは控え室の前から去り、カイムは皇女に促される様に控え室の扉を開けた。中は日が射さない為に薄暗く、シャンデリアが有るのに蝋燭が立てられいた。扉から光が入るので、彼は扉の近くの壁に照明のスイッチが有るのに気付いて何気なくそのスイッチを押した。すると、控え室は明るくなり奥に赤い髪が乱れた何かが居るのを見付けた。
「ファっ、ファルターメイヤー?」
そこには皇女同様に顔に窶れを見せるファルターメイヤーが立っていた。そんな彼女の縦に割れる瞳は、ちょっとしたホラー映画のワンシーンだった。
「皇女への心労に寄るものか?」
窶れた顔について敢えて言わずに尋ねたカイムの言葉は、彼女にきちんと伝わったのかファルターメイヤーは数回軽く頷いた。
「カイム殿か…久しぶりだな…明かりの付け方が解らなかったんだ。ありがとう」
ゆっくりと歩き蝋燭の火を消すと、ファルターメイヤーら疲れた声で礼を言った。その行動から、城の復興を担当した者達が皇女と余り良い関係を築けなかったと報告している事を思い出した。
「別に、こんな明るくなくても大丈夫でしょう?第一どうやってこの明かりを作っているのかさえ私達は知らないのに…だいたい…」
カイムとギラの後ろで皇女が愚痴を溢すと、それを遮って更に奥の扉が少し開き、中から見知った顔と帽子が見えた。
「殿下、未だでしょうか?テンペルホーフ卿が北方貴族に文句を言うから場が一触即発ですよ。あっ、総統来たんですか。おはようございます」
親衛隊制服に身を包むブリギッテが皇女とファルターメイヤーへ報告すると、彼女はカイムの存在に気付いて淡々と挨拶した。そんな彼女の一触即発続発という言葉は、不穏な空気に敏感になっているカイムに嫌な予感を感じさせた。だが、そんな彼の予感を勘違いと思わせる程、皇女は軽い感覚で扉に向かい始めた。
「ほら、行くわよ」
「えっ、あっ、あぁ」
軽い勢いでホーエンシュタウフェンに急かされると、真面目な印象だった皇女やファルターメイヤーを窶れて疲れ果てさせる議会に更なる不安を感じながらカイムは議事堂の扉へと向かったのだった。




