第五幕-4
帝国北方から首都デルンへと至る長い道を馬車や人が波のように進んでいた。大名行列のようなその集団は様々な旗を掲げ、それぞれ統一した格好をしていた。
大小合わせて30近い貴族達が大人数の部下達を引き連れて大移動している中、行列の中央に白と金を主体とした集団が列をなしていた。その集団の馬車は全て大きく、外を歩く騎士や従者も目深なローブを身に付けているためやたらと目立った。
そんな集団の一際大きく屋根に盾の上に2本の剣を重ねたオブジェを着けた馬車の窓が開くと、その窓から白いベールで顔を隠す人物か外を覗いた。
「教皇さま!危のうございます!お席にお座りください!」
馬車の中の老人が教皇と呼ばれる人物に声を掛けた。老人は例に漏れず白地に金の装飾を施されたローブを纏っていた。老人はアンコウの魚人であり、頭の発光器を馬車の振動に合わせて揺らしていた。
その老人の言葉に教皇は肩をすくめると小柄な体をソファーに座らせた。
「そうは言ってもですね、枢機卿。毎日大聖堂での生活に、半月は馬車の中…この景色はどうしても珍しいのですよ…白と金はもう見飽きました」
ベールで隠れた顔を上げると、教皇は馬車の中を見回しながら疲れたよう肩を自分で揉むと澄んだ鈴ような声で呟いた。その教皇の言葉通り、馬車の中は生活に必要な様々な物が有ったが、全て白と金色で装飾されていた。それ以外の色といえばソファーの赤色しかなく、目にも精神にも疲れるような内装であった。
「それに…天啓は"首都の議会に乱有り"との事。ならば私の目でしっかりと見なければ」
その教皇の暗い言葉に憐れむ視線を向けた枢機卿は悲しい目をしながら、教皇の肩を励ます様に叩いた。そんな暗い空気の馬車に乾いた木の叩く音が響くと、出入り口の扉がゆっくりと開いた。
「教皇さま、枢機卿殿、失礼いたします」
「何があったのですか?」
「それが…先頭のぺルファル卿が伝令を送って来ました。それによると、デルンの町に見慣れない灰色の集団が杖を担いでいると…」
扉を開いた枢機卿は、彼と似た姿をした悪魔の男へとその心配そうにする表情の意味を尋ねた。すると、男は不安と疑問を織り交ぜた表情を浮かべると、枢機卿の耳元へと報告された内容を伝えた。
その内容は枢機卿を激しく興奮させると、彼は悪魔の男を食い入るように見て襟を掴んだ。
「それは本当なのか!杖と言ったな!言ったな!教皇さま、ヒト族の奇襲です!天啓が当たりました!」
悪魔の男の報告に慌てた声で叫び回る枢機卿と反比例するように、教皇はいたって冷静だった。その余裕さは片手に紅茶を飲見ながら彼の焦りに呆れるほどであった。
「落ち着きなさい枢機卿。それならぺルファル卿達はは今ごろ全員で討死しているでしょう。となれば、本来既に私達も…しかし、私達は生きています。彼等は敵では無いのでしょう」
焦る枢機卿を宥めるように教皇がそう言うと、机の上に置かれていた紙にペンで"私達を置いて先に進んでください。彼等には教皇が話があるから待っていてくださいと伝えてください。そして、戦いや荒れ狂う言葉使いは控えてください"と達筆な文字で書くと、懐から取り出したナイフで血判を押したのだった。
その血判を押すという突然の行動に慌てて近寄る枢機卿を片手で制しながら、教皇は切れた右親指を止血した。
「事は慎重を求められます。ペルファル殿は勇猛果敢な方、これぐらいはしないと重大さも解らないかもしれません…彼の快活で判りやすい良い所でも有りますがね。おねがいします」
「かしこまりました、教皇猊下」
教皇はそう言うと、各貴族へ先に進むよう伝える伝令を何枚も書くとそれを全員に渡すよう悪魔の男に渡すと、彼は浮かぶかとお辞儀をすると恭しく書類を受け取り素早く走り去っていった。
その数十分後には、議会参加者の貴族達の列は教皇達の集団を置いて前進し始めた。その貴族達が追い越してゆくと、教皇達の集団は行列の最後尾を進み始めた。
最後尾を進む教皇達が先に進む貴族達の様に驚くのは直ぐの事であった。彼等の記憶に刻み込まれた瓦礫と廃墟の帝都デルンの街は、着実かつ大規模に復興していたのだった。
だが、教皇達は直ぐにその復興の不自然さに気付いた。通常街や村の建築など複雑な技術仕事はギルドという組織が行っていた。その技術者は大抵、だらしない格好でそれぞれが各々の速度で仕事を行っていた。そのために、ギルドは街を作るのは速くても、復興や再建というものに関しては異様に遅いという欠点も持ち合わせていた。
しかし、目の前で復興に従事する集団は全員が統一された灰色の服を着て、各部署の指導者がそれぞれの部署と協力しつつ大規模に組織だって行動をしていたのだった。
そんな景色に言葉が出なかった教皇達は驚きを通り越し呆然とした表情で復興中のデルンの街道を暫く進むと、教皇達は貴族達の報告に有った金属と木の杖を担ぐ集団を見つけた。その集団の一人である褐色のシャツに黒ずくめの制服の男が機械のごとき動きで近寄ってくると、右拳を左胸に付け肘を水平にした。
「ぺルファル殿からお話は受けております教皇殿。このような場ではなく、親衛隊本部にお連れします」
太い眉を敵意と共に吊り上げながら、オーガの男はぶっきらぼうに言った。その扱いからも教皇達は異質な存在となっており、復興作業をする市民達のうっすらと敵意の混じる視線を受けながら移動した。街を進む教皇達は首都北側中央の十字路に赤と黒の旗がはためく建物まで移動すると、そこには多くの灰色の制服を身にまとう集団が杖を担いで入口への道を作るように整列していた。
「総員!捧げ、銃!」
親衛隊本部の前まで誘導された教皇達の馬車集団は親衛隊の独特なデザインのコートを着た小柄な少女の号令で、40人の集団が一斉に左胸元に立てるように杖を構えた。その動きにはまるでズレがなく、機械のような精密さは不思議と不気味ささえも醸し出していたのだった。
「ようこそ教皇殿。親衛隊は教皇殿を歓迎します。総統閣下がお待ちです」
その親衛隊の出迎えを前に教皇は枢機卿が止めようとするのを無視して馬車から降りた。その教皇に音もなく側に近づくと、ヴァレンティーネは恭しくお辞儀をすると教皇達を本部へ入るよう促した。
そのヴァレンティーネの行動を無礼と感じた教皇の騎士達が彼女の元へ抜剣して近寄った。その動きには親衛隊も一斉に交戦への警戒を強めると、騎士達と親衛隊との間には冷たい雰囲気に満ちた。
その一触即発の状況を制するように、教皇は騎士達の抜剣を手を振って止めさせると、未だ馬車の中にいる枢機卿を手招きした。
「せっかく歓迎されているのです。行きましょう。行ってみてみなければ解らないこともありますよ」
「はっ…はい…」
教皇は騎士達にその場に残るよう片手で指示すると、枢機卿をつれて不思議と冷たい空気を感じる親衛隊本部と呼ばれる聖堂の様な建物の入口へ姿を消して行った。




