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帝国再興記~Gartschlands Gloria~  作者: 陸海 空
第2章:長い午後への扉
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第五幕-2

 帝都デルンの親衛隊本部は、その設立に伴って様々な問題を抱えることとなった。

 帝都での警備行動の為に資金や物資は皇女ホーエンシュタウフェンから支援されることになったが、そもそも基礎訓練が完全に終了していない親衛隊員と多くの候補生を抱える親衛隊本部は、その膨大な人員の管理に苦心していた。

 カイムは親衛隊に"親衛隊作戦本部"とその下に13もの教育部隊を作り、基礎訓練を終わらせた隊員を指揮官に割り当て人員の効率的管理をしようとした。

 しかし、ここでカイムの予期せぬ事態が起きたのである。親衛隊本部設立の翌日、本部入り口には職の無い様々な年齢層の住民が大行列を作っていたのだった。

 研究所ではなく本部執務室で業務を行っていたカイムの電話は、瞳を突き刺すような日の出の光と共にけたたましくベルを鳴らした。


「あい…こちら総統執務室…」


「総統閣下、早朝に失礼します。国家保安部のヴァレンティーネです。本部前に首都住民が行列を作っています。いかがなさいますか?」


「なぁ!すっ、直ぐ行く!」


 執務机に突っ伏すよう眠っていたカイムは、机の上の受話器を寝ぼけ眼で取りつつ返事をした。その受話器からはヴァレンティーネの慌てる声が響き、彼女は焦りからくる早口で説明するのだった。

 その説明は寝ぼけるカイムの脳を叩き起こし、彼は上手く回らない呂律で返事をするとよろけて机の上の書類を倒しながらも急いで部屋着から制服に着替えた。

 そんなカイムが本部の正面口へ急ぐと、彼は移動途中の窓に確かに行列を見た。だが、特に暴徒と言う訳でもない行列に、カイムは足を止めてよく見ても不思議と彼等に敵意は感じなかった。

 急いで駆け付けたカイムが入り口広場に着く頃には、既にヴァレンティーネ率いる国家保安本部隊員が集結していた。だが、ヴァレンティーネ以外は銃器の装備をしている隊員がおらず、人数的にも圧倒的に不利をカイムは感じた。

 その行列を見回すカイムにヴァレンティーネ達が気付き敬礼すると、彼女はカイムの元へと駆け寄ってきた。

 その急ぎ様は先の式典での事を引きずっていることが丸わかりであり、ヴァレンティーネの表情も緊張により強張っていた。


「閣下、ここは危険です。執務室で指示して戴ければ…」


「状況がきちんと見えなければ指示も出来まい」


「しかし!」


「それで、この状況は…」


 カイムの側で改めて親衛隊敬礼をすると、ヴァレンティーネは事態の前線に立つ彼を心配する意見を述べた。

 たが、ヴァレンティーネの言葉に構わずカイムはその場の指揮を取ろうとすると、彼女は何も言わず一礼してカイムの隣に立った。

 そのヴァレンティーネの動きに合わせ、他の隊員も警棒を腰から引き抜きカイムを守るために周りに立った。その状況にカイムは深く息を吸うと、カイムは正面扉の鍵を外し外へ歩みだした。

 正面入口を歩みながらヴァレンティーネに状況を尋ねたカイムは、蛇のように何度も折れ曲がり、終わりの見えない民衆の列に息を呑んだ。建物の上から眺めるのと同じ地上から見るのでは人の海の圧力は全く異なり、カイムはその状況を生んだ原因とその場の対応を必死に考え始めた。

 本部施設前で大行列を作っていた民衆は出てきたカイムを見付けると、最前列の気付いた者達が順にぎこちないながらも敬礼をしていったのだった。


「総統閣下!」


カイム万歳(ハイル・カイム)!」


「総統万歳!」


 民衆の誰かがカイムへ向けて叫ぶと、敬礼と同じようにドミノ倒しの如く市民から声が響いた。300は優に越える人数と彼等の眼差しを前に、カイムは嫌な予感を噛み締めながら近くにいた馬の獣人の男に歩み寄った。


「君達は、何でこんな所に行列を?」


「はいっ!自分達は親衛隊に志願したく馳せ参じた次第であります!」


「志願…志願だと?」


 困惑するカイムはその獣人の男に事情を尋ねると、彼はカイムに質問された事が嬉しいのか、胸を張り姿勢や足を正し敬礼した。その男の答えにカイムは大いに疑問を持った。

 確かに親衛隊は長期的には人員を大規模に拡大する予定ではあった。しかしながら、カイム達も現状ではそれを出来る程の余力がないことは十分に理解していた。

 そんな不可解な現状についてカイムは考えを巡らせていると、外部警備を担当する候補生の1人がカイムの元へ駆け寄って来た。


「失礼します、総統閣下。ひょっとすると、彼等は掲示板の張り紙を見たのでは?」


 その候補生の報告に急いで本部の掲示板を見に行ったカイムは、そこに一枚の書類が貼られているのを発見した。その書類はカイムの記憶が正しければ、親衛隊設立の宣言が書かれている筈だった。そしてそれは確かに書かれていたが、最後の最後に余計な一文が書き足されていたのだった。


「志願者大規模募集…だと…」


 その内容に驚きの余り声を漏らしたカイムだったが、他の全員に不安を与える訳にもいかず、冷静な表情へ慌てて戻した。

 カイムの表情から状況の不味さを理解したヴァレンティーネは、彼に耳打ちしようと背伸びをした。しかし、結局届かず諦めた彼女はカイムの袖を引いた。

 ヴァレンティーネのほんの少しの悔しさが混じる視線の意図を理解すると、気まずい表情と共にカイムは屈んだ。


「設立宣言の書類は作戦本部のハルトヴィヒ・ガイエル軍曹や親衛隊経済管理本部、親衛隊教育本部の担当ですわ。きっと…」


「だろうな…親衛隊の為にと頑張りすぎて、アマデウスまで呑まれたか…」


 確かにカイムは親衛隊に対してエリート意識や親衛隊至上主義教育は多少なり行った。

 しかし、カイムは彼なりにきちんと行き過ぎた思想にならないようにある程度の加減をしていた筈だった。

 だが、結果的このような暴走が発生したために、カイムは自分が蒔いた種が異様な芽を出し始めたことに方向修正をしなければならないと感じたのだった。


「国家保安本部全員に出動命令!志願者の誘導と管理をさせろ。ヴァレンティーネは今すぐハルトヴィヒ軍曹を執務室へ呼び出せ!」


「了解しました、総統閣下!」


 カイムの命令に全員が敬礼して返事をすると、親衛隊員は風のごとく素早く行動を始めた。それに喜びながら、志願者に敬礼をするとカイムは"何も問題ない"と身振りで示しながら執務室へ戻った。そんな彼の曇る心と裏腹に歓声が起こり、カイムはつい浮かべた苦笑いを隠した。

 その騒動から急いで書類を準備したカイムの執務室にノックが響いたのはそれから十数分後だった。


「ハルトヴィヒ・ガイエル軍曹であります!入室してもよろしいでしょうか?」


「入りたまえ」


 執務室で入室許可を求めるハルトヴィヒにカイムが答えると、机に両肘をついで頭を抱える彼は鉄兜を小脇に抱えて入室してくるハルトヴィヒをただ黙って見つめた。

 ハルトヴィヒはオーガの男であった。屈強なその体つきにカイムは彼が入隊しようとした理由が解らない程であった。だが、面接にて実直な内面が解ると、カイムは彼が実直過ぎて純粋過ぎることがハルトヴィヒの入隊以外の未来がないことに納得したのだった。

 そんなハルトヴィヒも、今回のカイムの呼び出しには明らかに不安の表情を浮かべていた。それは、彼に思い当たる節があり、彼が本心を隠せる程器用な人間では無かったからだった。


「勿論呼び出される理由は解っているな?」


 若干呆れるようなカイムの問いかけの言葉に頷くと、ハルトヴィヒは即座に深く頭を下げたのだった。


「親衛隊の更なる発展を考え、自分が1人で行いました!」


 ハルトヴィヒは謝罪において"自分が1人で"という部分を強調していた。そんな彼が頭を上げるのを待ったカイムであったが、あくまで執務机の前で頭を下げ続けるハルトヴィヒに、彼は見えるように1枚の書類を滑り込ませた。


「これは…教導団の設立?」


「本来、君達は後20日で基礎訓練課程が終わる。しかし、君の言う通り親衛隊は人手不足の戦力不足だ」


 ハルトヴィヒはその書類の内容を確認すると、唐突の内容に疑問の声と共に顔を上げた。そのハルトヴィヒの不思議そうな表情に、カイムは手を組んで肘を突いた。彼の言う通り親衛隊の現状は中々暗く、その言葉に含まれる重苦しい空気を流すためカイムは組んだ手を離し近くにあった鉛筆をひたすら回し始めた。


「従って、現在の訓練生10人に軍曹階級を与えて教導団を設立する。教官1人当たり50人小隊を教育する。訓練内容を訓練生と共に行い残りの基礎訓練課程をこなしてもらうとする」


 鉛筆をぎこちなく回すカイムが何故親衛隊教導団設立の話をするのか理解出来ないのか、ハルトヴィヒは疑問の表情を浮かべ続けた。それに答えるように、カイムは彼の胸に輝く2級翼十字章を指差した。


「親衛隊志願者を大量に集められた功績には報奨がいる。そして、独断行動についての罰も必要だ」


 カイムに指さされるハルトヴィヒは2級翼十字章を撫でると、彼の含みをもたせた説明に疑問を浮かべた。理解の追いつかないハルトヴィヒに、カイムは苦笑いを浮かべると机の引出しから1枚の書類を取り出した。


「突撃歩兵隊の設立?」


「そうだ。先のガラスのナイフ(グラスメッサー)の夜…商業組合殲滅戦での支部突入戦の功績もある。この特殊部隊の隊長に推薦する。そして罰だ。君には部隊員が規定数3個中隊600人の人が揃うまで君には教導団への転属を命ずる!異議が有れば何か言いたまえ」


 カイムの出した書類の内容にハルトヴィヒは内容がまだ掴みきれてないにも関わらず驚いた。その彼の腹の底を理解したカイムは、彼に突然の将来の栄誉と過酷な業務を叩きつけた。その言葉を前に一瞬言葉を失ったハルトヴィヒは、開けていた半口を閉じ息を飲んだ。


「不名誉除隊は回避できるのですよね?」


 ハルトヴィヒの尋ね方はカイムにも正直過ぎると感じたが、彼はうっすら笑みを作り頷いた。すると、ハルトヴィヒは笑顔になり親衛隊敬礼をして踵を鳴らし姿勢を正した。


「ハルトヴィヒ・ガイエル軍曹、拝命いたしました!教導団への転属、承りました!」


 ハルトヴィヒの言葉に頷いたカイムは、引出しから更に分厚い教官用教本と第2期訓練生のリスト、そして空白となっている教官のリストを机に置いた。


「教官用教本だ。熟読するように。残りの9人は君が選抜したまえ。決まったら全員で報告するように。そして、訓練生の誰1人脱落させず、合格成績まで鍛え上げろ。これは総統命令だ」


 カイムの八つ当たりを少し混ぜた言葉に顔を青ざめさせながら机の上の必要物を全て持つと、ハルトヴィヒは改めて敬礼して退出した。


「少しでも…戦力を拡張しなくてはな…不要になればいいけど」


 カイムは呟きと溜息を吐きながらゆっくり立ち上がった。それは、前の候補生の登録でもカイムが1番苦心した作業をこれからするためであり、彼は暗い面持ちで正面入口に向かった。


「閣下、書類の準備は出来ていますわ!早速始めましょう!」


 意気揚々とペンにインクを付けたヴァレンティーネがカイムを迎え入れると、民衆の長蛇の列の先頭へと手招きした。


「名前と名字の付け方とか座学に入れようかな…」


 途方もなく広がる列に、カイムは頭を抱えた。

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