第二幕-3
ファルターメイヤーには趣味があった。彼女は外を歩く事が好きだった。歩くと様々な物を見聞きし、多くのことを感じられる。買い食いの類いも好きだった。つまり、何となしに長い散歩をする事が好きだったのだ。
そんなある日の休日に、ファルターメイヤーは午後から自由な外出を楽しんでいた。この所の彼女の妹との関係悪化や帝国議会の開催に伴う城の重い空気、親衛隊の起こした暴力事件などの処理で、彼女の心にも疲れが溜まっていた。なので、彼女はその外出を思い切り楽しもうと考えていたのだった
ファルターメイヤーが散歩をデルンの街の北側から始めたのは、カイム達に譲渡されるという地区の軽い偵察も兼ねていたからだった。
普段着ている騎士の格好と異なり町娘の格好で歩いていると、途中でファルターメイヤーは城の執事だったアマデウスと見慣れぬリザードマンの男が300人を越える多くの少年少女達を縦3列で引き連れているところを見付けた。その光景を怪しんだ彼女は、彼女なりに物陰へ隠れながらひっそりと彼等の追跡を始めたのだった。
デルンの街は縦長の歪な楕円をしており、その中心に城がある。その北側の中心である一番大きな通りの十字路で全員が止まると、リザードマンの男が少年少女達へ勢いよく振り返った。
「良いか!早速で悪いが仕事は山ほどあるんだ!飯も出るし休憩もある。あの坊主はおっかねぇ事言ってたが、心配すんな!やる事やってりゃ何とかなる!でなけりゃ、俺はここに居ねぇしな!これからの仕事は、そのやる事やる練習だ。わかんねぇ事あったら何でも聞けよ!そんじゃ、作業をはじめるぞ!」
そのリザードマンが大声で檄を飛ばし指示を出し始めると、少年少女達は蜘蛛の子を散らすように何かしらの作業をするため駆け出していった。
ファルターメイヤーとしてはその作業を完全に怪しんでおり、その内容や活動を調べることが皇女のためになると考えた。そのため、彼女はなんとかその作業現場に近づこうとした。
だが、散り散りに作業をする子供達のうちの一団が、周辺に看板と木製の柵を立て警備をし始めた為、変に距離を取りすぎていたファルターメイヤーは作業現場に近づけなかった。
それでも無理矢理に接近を試みたファルターメイヤーはせめて"看板を見てやろう"と自身に活を入れると、その看板へと近づいて行った。子供達の立てた看板には"現在、親衛隊が工事中。危険ですので入らないで下さい"とドイツ文字のアルファベットで丁寧に書かれていたのだった。
「やっぱりカイムのやつか…一体何を…」
「あのっ、すみません。工事中なので、危ないですよ」
看板の内容から早速カイムの陰謀を警戒したファルターメイヤーは、一人呟きながら腕を組み看板を睨みつけた。
そんな露骨に怪しいファルターメイヤーの姿を見たリザードマンより見た目が人間に近いドラコニュートの少女は、警戒しながらも彼女の元に歩み寄ると、お辞儀をしながらファルターメイヤーに警告をしてきたのだった。
「いや、済ま…えっと、ごめんなさいね。あなた達はここで何をしてるのかしら?」
看板を注視していたファルターメイヤーはそのドラゴニュートの少女に気付かず、思わず騎士としての口調で反応しそうになった。そんな彼女は、老人3人に言われた恥ずかしき指摘を思い出すと、自分で思う以上に穏やかかつ砕けた言葉を使って反応するのだった。穏やかな口調は目の前の少女が自分より遥かに子供に思えた為に自然と出てきた。とはいえど、その少女が警棒を持って武装していたために、彼女は更に身振りにも多少気を使った。それが功を奏し、そのドラゴニュートの少女はファルターメイヤーへの警戒を解いたのだった。
「ここに親衛隊の本部を作るから崩れた建物を壊すんです。私達は休憩時間までここで人が入らないようにしてるんです。今みたいに」
少女はファルターメイヤー疑問にも、簡単に組み立てられる柵の向こうで巻尺を使い長さを図る集団を軽く指差し位置を確認しながら丁寧に答えた。その回答はファルターメイヤーの求めるものであり、早速得た戦果を前に彼女の心は少し欲を出したのだった。
「それで、君達はその親衛隊なのかい?」
「そっ、そんな凄いのじゃないです。私達は候補生です」
「候補生?候補生というのは…」
「おーい!次に行くぞ!」
「あっ、うん!すみません、私はこれで」
「あっ、ちょっと!」
そんなファルターメイヤの質問に、少女が慌ててながらも、憧れの溢れる口調で答えるた。その"候補生"という部分が気になったファルターメイヤーは更に問いかけたが、間が悪く少女の仲間の単眼族の少年がドラゴニュートの少女を呼び戻す声が響いた。それに反応した少女はファルターメイヤーにお辞儀をして戻っていった。
その少女を引き留めようとするも足早に去っていくその後ろ姿に、ファルターメイヤーは軽く手を振ると再びその周辺を歩き始めたのだった。
3つ目の柵に差し掛かった所で、ファルターメイヤーは視界に何かが映り思わず崩れた建物の柱に隠れた。それは彼女の視界近くの柵へと向かって来る3人の人影であった。
その中の1人は、ファルターメイヤーにとってとても見知って心労の原因である人物の顔であった。
「レナートゥスさん!来ましたよ。私も解体作業を手伝うのは良いんですけど、まさか爆薬代わりだなんて思いませんでしたよ」
作業現場の遠くにいたらしいレナートゥスに声を掛けるカイムは、ギラとヴァレンティーネを連れて柵に近づくやいなや羨望の眼差しを向ける親衛隊候補生達に囲まれ柵の中へ歩いて行ったのだった。
その光景をカイム達の姿が見えなくなるまで見届けると、ファルターメイヤーは歩いた道をひたすらに戻り始めた。その道はカイム達が歩いて来た方向であり、その道は城にも繋がっている道であった。そして彼女には彼等が皇女から呼び出される理由も予定にも覚えがなかった。更にカイムの現状から、彼が不用意にデルンの街へと顔を出すことが無いのは彼女も察していたのだった。
そんなファルターメイヤーは、カイムがデルンの街に現れたのが先程聞いた"親衛隊本部建設"だけのためとは全く思えなかった。そうなると、彼女はカイムは誰かにデルンの街かシュトラッサー城に呼び出され、ついでに視察へ来たのだと勘繰ったのだった。
そして、ファルターメイヤーは一つの疑問へとぶつかった。それは、カイム達を呼び出す理由と呼び出しそうな人物であった。自分は当然ながら、全く行動が予想できないために皇女も迂闊に彼をデルンの街には呼ばないと考えると、ファルターメイヤーにはただ一人だけ思い当たる人物がいるのだった。
「アモンが…?まさかな…」
そう呟いたファルターメイヤーだったが、荒鷲の巣での会談は、今までのアモンとは考えられない積極性や発言、行動であった。それを考えると、彼女の足は自然と早くなり、心のざわつきから最後にはシュトラッサー城へと走り出した。




