第六幕-6
商業組合の放火を鎮火すると、カイムはその日の訓練を中止し休日としてギラを部屋へ呼び出した。理由は当然ながら彼女の正確な履歴書の作成と事情聴取であり、彼は提出された書類を捲りながらデスクの目の前に立つギラとそれを交互に見たのだった。
「両親と戦争で死別後、自身の魔眼を生かし盗賊として活動。戦闘技術は我流。山賊に勧誘されると斥候として活躍。誤って山賊の不殺の誓いを破ってしまった為に追放され、首都のスラムで難民となる。その後、親衛隊訓練生へ志願。これに間違いは無いか?」
「はい…」
カイムは再提出された書類の経歴を読み上げて聞くと、ギラはただ黙って首を縦に振った。彼女は姿勢を正して立っているが、その肩は彼の質問を受けて少し震えていたのだった。
「成る程、これで私を武家貴族と勘違いした上で身売りしてきた訳か…何故経歴詐称した?何故黙っていたんだ、こんな重要な事を?」
ギラへ追及したカイムの声が2人きりの部屋に響いた。彼は黙ったままのギラを前に数回ペンを回すと、それを置きながらゆっくりと息を吐きつつ窓の外を見た。
「また…黙秘か…」
鳥の声が響く程に研究所は静かであり、大抵の訓練生は普段出来ない惰眠に時間を費やしていた。それは、マデウスやブリギッテ、レナートゥスとマヌエラも咎めることなく自分の仕事をしているからでもあった。
「…怖いんです」
そんな静けさの中でも、ギラの囁く様な言葉をカイムは一部しか聞き取れなかった。彼は眉を寄せてもう一度言うように促そうとしたが、それより先にギラの話し出す方が早かった。
「閣下に…嫌われるのが怖いんです!人殺しの元盗賊が部下で、仲間なんて知られたら…そう思うと怖くって…閣下は親衛隊が誇りある隊だって言いました。私みたいな人殺し、追い出されるって…」
ギラの声には今まで聞いた事の無い程の怯えたが含まれ、泣きながら言う彼女の言葉には猛烈な悲壮感があった。彼女の両手は今にも血が出そうな程強く握られ、震えていたのだった。
「閣下も幻滅されたでしょう?主席訓練生が人殺しの盗賊だったなんて…今までの発言も、きっと気持ち悪いって…」
「君は生き残る為に盗賊になり、無垢な民を殺めた。責任を追及するなら、攻めてきたヒト族や国を守りきれなかった軍に罪がある。山賊としての活動は、戦災被害者にきちんと対応しない国に責任がある」
ギラが自己嫌悪の発言を始める前に、カイムは彼女の言葉を否定しながら席を立ち上がり彼女の元へ歩いた。発言途中で口を挟んだカイムが目の前に立つと、ギラは半歩後ろに退こうとしたが彼に左肩を軽く掴まれた為動きを止めたのだった。
「責められるのは国であり、私であるべきだ。君はそんな事考えなくて良い」
「そんな…閣下に責など!」
「だから、君は自分を責めなくていい。むしろ、必死に生き残ろうとしたその意思は高潔だ。殺めた者に罪を感じているなら、彼等の分も生き残りこの国を良くするために戦ってくれ」
カイムの発言に、ギラは1歩前に踏み出しながら彼の言葉を否定しようとした。だが、そんな彼女の頭をカイムは左手で撫でると、彼は優しい口調でギラに語りかけたのだった。
「下層スラムにいた以上、他の奴らだって色々な事をしたはずだ。殺しをしていた者はあまり居なかったようだが、脛に傷を持つ者は多い筈だ」
最後の言葉を言い切ると、カイムはギラから手を放して腰に手を当て気恥ずかしさを感じならがら頭を掻いた。
「それにな…君みたいな美人で良い娘はそうそう嫌いにはなれないよ」
「閣下に拾われなければ、私はきっと餓えて死んでいたでしょう。だがら!この命は閣下の物です!あなたの為に…」
「前に君は、私を好きだとか言っていたな。その感情は救われた恩義と勘違いしているだけだ。"自分の命だ何だ"は自分で大事に使いなさい」
カイムの言葉にギラの表情は笑顔になった。だが、それに反してカイムは気まずく苦笑い浮かべながら諭すような言葉を彼女に掛けた。すると彼女は拗ねた表情を見せたのだった。
「いちゃついてる所悪いが入るぞ」
カイムにとって慣れない甘い空気が数秒の間流れ始めた部屋に、荒いノックの音が響いた。部屋の扉が開くと、右手に布に包まれた長い何かを持ったレナートゥスがにやつきながら一言加えつつ入って来たのだった。
「ベビーベッド要るなら、何時でも言ってくれ」
「茶化さないでください!」
レナートゥスの満面の笑みを浮かべた言葉に、カイムは顔を赤くしながら言い返した。だが、ギラに至っては満更でもないといった表情のためカイムは急いで話題を変えようとしたのだった。
「それで、レナートゥスさんはどんな用事が有るんです?」
「そうだった!坊主、あれが完成したぞ!」
話題を変えようとしたカイムがレナートゥスの持っていた物を露骨に見ながら呟くと、彼はその何かを机に置き満足げな表情と共に布を取った。
「調整とかはまだだがな、一応報告に来た」
「完璧だ…」
「弾薬ってのはもう出来てるだろうが、調整はまだだぜ」
布の中身を覗き込んだギラは疑問の表情を浮かべたが、その中身をカイムは満足そうに眺めた。すると彼は、慣れた手つきでそれを持ち上げると、ボルトレバー持ち上げ引きながら弾薬の有無を確認しながら戻した。窓へ向けてそれを構えていたカイムが引き金を引くと、撃鉄の落ちる重い金属音が響いたのだった。
「閣下、それは一体?」
感想を恍惚と呟いたカイムにレナートゥスが補足を付け足していると、セーフティ等をいじりつつ様々な部分を確認しているカイムにギラは尋ねた。彼女の疑問に対して、カイムは手の中の物を高らかに持ち上げて言ったのだった。
「軍用小銃!君達の使う、帝国秘密兵器その1だ!」




