第六幕-5
「敵襲!敵襲!総員起こせ!」
カイムは部屋で書類に関する執務をしている最中、ティアナの大声を聞いた。その"敵襲"という部分に、非常呼集の訓練を命じた覚えが無い彼は急いで部屋の扉へ歩み出したのだった。
「これは訓練ではない!」
だが、扉に向かうカイムは最後の一言を聞いた途端、慌てて部屋を飛び出した。着替えるのを後回しにて寝間着に着替えなかった自分に感謝しつつ、彼は急いで出入口に駆けた。
研究所兼訓練所の外にはティアナが叫んでおり、彼女は出入り口から急いで出てきたカイムを見つけると慌てて脱帽時敬礼をした。
「ティアナか。何があった?」
「総統閣下、敵襲です。どこの人達か解りませんが、森に火を放ってました。現在ギラ訓練生が単独で追跡を…」
カイムから説明を求められたティアナが状況とギラの単独追跡を焦りの見える早口で説明した。その中の"単独追撃"という部分にカイムは危機を感じ、その危機感が怒りの感情を刺激したのか、彼は単独行動を許したティアナに対して怒りの表情と共に詰め寄ると襟首を掴んだ。
「何故単独行動を止めなかった!ギラ訓練生が危険な状態になったらどうするつもりだ!仮に彼女が捕虜になった場合の事も考えなかったのか!ここの全員を危険にさらしているんだぞ!」
「もっ…申し訳ありません、総統閣下!ギラ訓練生が2人で戻ったら彼等が次に何をするか解らなくなると。だがら私だけ戻れと。訓練生主席の命令だって…」
軽率な行動を起こしたギラとそれを止めなれなかったティアナに対して、親衛隊全体の危険を前にカイムは感情のままに声を上げた。だが、涙目になりながら深く頭を下げ悲鳴のような謝罪の言葉を述べるティアナを前に、カイムは感情的に部下とはいえ女性を怒鳴り付けた自分を嫌悪したのだった。
今にも泣き出しそうなティアナの肩を掴み下を向いて深く息を付き気分を落ち着けると、カイムは改めてティアナと向き合った。嗚咽しながら俯くティアナの顔を上げさせ、カイムは彼女の頭を申し訳ないと言いたげな表情で撫でた。
「済まない。少し感情的になりすぎた。君の理由も聞かずに怒鳴った私を許してくれ」
「閣下が謝る必要ありません!私がもっとしっかり止めれば…」
「君は部下で私は上官だ。責任を取るのは私であって、君は職務を全うしたんだ。それを責めた私は謝罪をしなければならない訳だ」
「解りました…それで、私達はどうすれば?」
ティアナを撫でるカイムは、謝罪の言葉と共に頭を下げた。それを見たティアナは目元の涙を拭いながら彼が頭を下げるのを慌てて止めようとした。だが、カイムは自身の非を説明すると、ティアナは軽く頷くと彼に指示を求めた。
ティアナの言葉にカイムがこの場に居る人員を確認するために振り向くと、そこには既に野戦服に着替えた訓練生が整列していた。それどころか非戦闘員であるレナートゥスやアマデウス、荒事には協力する筈もないと考えていたブリギッテさえも集まっていた。
「おい坊主!一体何があった?」
「何処かの誰かが森に火を放ったみたいです。消火に使える道具は?」
「ここにゃ、斧とバケツしかないぞ!まぁ、水を出すならジョウロもあるが…」
「冗談言ってる場合ですか、まったく…」
比較的落ち着いているレナートゥスの質問に、カイムは煙の上がり始めた森を指差すと消火道具に付いて早口で尋ねた。思ったより火の勢いが強かった事で焦る彼の言葉に、レナートゥスは馬を落ち着かせるかのごとく平手を向けて冗談混じりに答えたのだった。
それが功を奏したのか、カイムもレナートゥス程では無いが落ち着くと、訓練生達の元に出来る限りの指揮官の風格を出して向かったのだった。
「ギラを抜いた訓練生上位10名は戦闘用ナイフを装備してギラ訓練生の救援、残りはブリギッテの指揮で消火!ブリギッテ、頼めるか?」
「頼まれなくてもやりますよ!このままじゃ皆が危ないんですから。レナートゥスさん!斧とバケツは何処に?」
「斧なら外の小屋に有るよ!」
「バケツは鍛冶部屋にあるはずだ付いてきてくれ!しかし、マヌエラはこんな騒ぎでも起きないのか…」
カイムの依頼に、ブリギッテは急ぎながら答えつつ訓練生に集合の合図を出していた。彼女の質問に答えるアマデウスとレナートゥスはそれぞれバケツと斧の保管場所を答えると、ブリギッテ達を先導して小屋と鍛冶部屋に向かった。
その間、カイムほ呼び出した成績上位の訓練生10人の為に自室の訓練生のナイフ保管棚に急いだ。全力疾走て数分の間に戻りナイフを訓練生に支給すると、彼は未熟な訓練生達の先頭に立った。
「ティアナ訓練生、全員を先導してくれ!場所は覚えてるよな?」
「任せてください!」
「ならば全員を先導してくれ。仮称するなら"カイム分隊"か…カイム分隊、前へ!」
先程の泣きそうだったティアナが嘘のように元気な声で返事すると、カイムは彼女に指示を出した。先導を始めた彼女の姿に、カイムは1人呟くと訓練生達に声を掛け隊を進ませたのだった。
走り出したティアナを分隊全員でひたすら後ろを付いて走る事数十分後、火災の光に薄っすらと明るい森の中の途中でティアナはいきなり足を止めた。
「なっ、何これ?嘘、何なの?」
「これは…凄いな…」
驚くティアナは思わず驚愕の言葉を漏らしつつ、口元を押さえて後ろに退いた。その彼女の姿に、カイムや他の訓練生もティアナの視線の先を見たが、彼女の反応と同様に他の訓練生は驚く他なかった。驚きはカイムも同様であり、彼も思わず言葉を漏らすほどだった。
そこには、背中から心臓と脊髄を刺され座り込むように死んでいるオーガの男が倒れていたからだった。その未だに血を流す首もと胸の刺し傷の生々しさに、マックスや数人の訓練生は少し離れて嘔吐する程であった。
「うぅえうえぇぇぇ…」
「うぇっほ…うえぁ…ざっ、座学と本物は違うよな…」
「即死だな。傷は2つしかない…正に必殺」
短い黒髪に知性を思わせる風貌の悪魔であるゲオルグが、後ろで吐きながら感想をいうマックスやアロイスに呆れる視線を向けつつ死体を確認しながら呟いた。カイムが死体に近づくと、ゲオルグは死体の傷や状態を良く見えるように動かした。
カイムはその死体の男に見覚えがあり、遠くに輝く火の光で照らされるデスマスクは商業組合組長の護衛の1人であった。その事で、森に火を放ったのが商業組合であり、これが彼等からの攻撃という事を彼は理解したのだった。
だが何より、傷の刃渡りからこの男を誰が始末したのかはその場のカイムや訓練生達全員にも予想がついた。とはいえ、それは飽くまで推測の範疇だった為に、彼等は敵を殲滅したのが誰かを口にせず歩みを進めたが、その度に同様の傷を受けた死体を見付けた。5つ目の死体を見つけたのだった。
そんな訓練生達の視界前方から駆け寄ってくる人影が現れると、カイムは全員にハンドシグナルで姿勢を低くする様に指示を出した。
「総員戦闘準備!」
「総統閣下!私です!ギラです!」
カイムが戦闘準備の号令をかけると、前方の人影は両手を挙げて手を振りながら彼等に声を掛けてきた。聞き覚えのある声にカイムが確認すると、その人影はギラであり野戦服を赤黒い血塗れにしながら笑顔で駆けて来ていたのだった。
「総統閣下、ギラ訓練生只今…」
カイムの前まで走ってくると、ギラは脱帽敬礼をしてカイムに報告しようとした。だが、その言葉はカイムから頬を叩かれる事で遮られた。
「貴様は何をしたか解っているか!命令無視して勝手に戦闘始めて…ティアナ訓練生と共々各個撃破されたらどうするつもりだ!」
ギラの無事を前に心から安心したカイムだったが、それは同時に怒りの感謝も沸き上がらせた。それにより彼は感情を乗せてきつく怒鳴ると、後ろにいた訓練生10人を更に指差した。
「ティアナ訓練生が無事だったから良かったが、お前1人の救援に10人だ。最悪12人の戦死者を出したかも知れないんだぞ!貴重な訓練生11人の被害だ解るか!これは親衛隊永久追放並の事だぞ!」
カイムは怒りの指導をしながらも少しづつ冷静になろうとした。指揮官として感情の制御がまだ出来ない未熟さに歯がゆくなる思いが更に言葉を悪くしたため、彼は思わず"永久追放"という余計な事をいってしまったのだった。
自身の言い過ぎて喋り過ぎる性質に自己嫌悪したカイムだったが、彼は余計な一言に強く反応したギラを前にどうすれば良いのか混乱したのだった。それは、普段から泣いている姿が想像できないギラが涙目になり、若干怒りに任せた指導で半泣きを通り越し号泣し始めたからであった。
「わっ、わたっ、私は…閣下の為に…親衛隊の為に…守る為に…」
言い訳を言おうとしたギラだったが、泣きながらの為にその言葉は部分的にしか聞き取れなかった。
その場の全員が、どれだけ罵倒されても罰を受けても見た事の無かったギラの号泣を初めて見た。それ故、どう対処すればいいのか判断しきれずに、彼女へ声を掛けるでも無く彼女の目の前に立つカイムを見詰めたのだった。
その視線は"何とかしてくれ"と言う意志が含まれており、視線を受けるカイムもギラの行動がが悪意ではなく仲間を守る為の無茶である事は十分に理解していた。更には、一人で残したにしては大きな戦果さえ有る事を考え、カイムはギラを本当の意味で親衛隊に必要な人材の一員であると確信したのだった。
「とはいえ、君も無事で全員無事。それどごろか、君の活躍で結果的には更なる被害の発生を防いだ。その点で今回は不問とする。教官として暴力に訴えた事を許してほしい」
「抱き締めてくれたら許してさしあげます」
背中に刺さる視線を受けて、カイムは号泣するギラの頭を撫で謝罪の言葉を述べた。それを聞いたギラは泣き止み両手の裾で涙を拭くと、頭を撫でているカイムの右手を掴みつつ条件を言ったのだった。
指導方法に非があるために、カイムは夜が明けかけている空を仰ぎながら場を収める為に彼女を抱き締めた。
「全員、この事は他言無用だ。いずれ必要な事は報告する。全員で消火を支援するぞ」
ギラから漂う女子の香りと鉄臭い血の匂いに不可思議な気分に成りかけたカイムは、彼女の両肩を掴んで引き剥がしつつ隊員たちに指示を出した。
「ギラ訓練生は戦闘した以上、戦闘報告書を書いて私の所に出頭するように。事情は全てそこで聞く」
この後、血塗れのギラの登場で消火の面子を驚愕させながら、親衛隊の初めての敵襲は日の出と共に幕を閉じたのだった。




