第六幕-2
「突然の来訪失礼いたしたました。私、城下のスラムにて商業組合の組長をしております」
応接室にて対応することになったアマデウスの言う所の柄悪い奴等は、スラムの商業組合の役員達であった。カイムはマヌエラが過去に呟いていた事から、名前だけなら聞いたことがあった。
組長は役員2人に数週前のアロイス達の様なチンピラを十数人護衛として連れていた。見た目は完全にマフィアの様な男たちの中でも、カイムとアマデウスの視線は組長を名乗る魚人の男よりその隣に立つマントの少女に集中していた。
少女と言ってもそれは身長からの予測であり、その姿は全身を薄汚れた黒いマントで包んでいるという異彩を放つものであった。頭に被ったフードからは首輪と短く切断された鎖と不気味に輝く瞳が覗き、露骨に何かを隠そうというその姿はカイムの危機感を煽った。
謎の少女へ警戒するカイムとアマデウスはその中に元訓練生のベッシュらが混ざっているのに遅ればせながら気付くと、お茶を持ってきたアマデウスがカイムへアイコンタクトを送り2人にはこの後に嫌な展開が待っている事が予想出来た。
「いやー、良いお茶ですね?これも城から持ってきた代物ですかね?」
「ええそうです。皇女殿下から貰ってきたんです!そこの飼い犬から聞いたんですか?」
組長と呼ばれたアンコウやナポレオンフィッシュを合わせた様な顔の魚人の男は、カップを優雅に持ち上げたがその中身を下品に音を立てて啜った。所々の優雅な身振りと下品な行為のちぐはぐさに、カイムは気持ち悪く思ったが後ろのチンピラ達の圧が強くなったためとにかく男の質問に答えようとした。
その際、カイムは敢えてベッシュらを無視して組長だけに言った。当然ベッシュらは怒りと共に1歩踏み出そうとしたが、他のガタイの良い護衛達に止められるとあっさりと引き下がった。護衛達のやり取りに組長は一瞬後ろに目をやると、何もなかったかのようにカイムへ再び向き直った。
「貰った?そうですかそれは失礼した!しかし、彼女が今月の援助物資を…英雄とはいえ勝手に譲渡とは…」
「商業組合さんが何で譲渡された、しかも城の物資に関係が?」
この組長のわざとらしい言い方から、カイムは物資を横取りされた事に文句を言いに来たらしい事を理解した。露骨な悪者といった彼らへの態度に突き放す様な言い方のカイムの言葉に、組長は動物で言う眉のあるべき場所を上げ、明らかに不快といった表情になった。
「どうも英雄殿は世情に疎いようだ!ホーエンシュタウフェンは私達スラムの人間に復興支援として物資を提供してくださるのです。それを取り合いに成らないように分配するのが我々の役割なのです」
組合は高らかに立ち上がって言うと、オペラ歌手の様な身振りて後ろの護衛に同意を求めるように振り向いた。その視線を受けた護衛達も、すぐにそれにあわせて笑って頷くいていた。
男の言葉を聞き、カイムはマヌエラの言いかけていた言葉の意味を"商業組合と呼ばれる彼らが物資をほぼ独占しているため、首都であるデルンの市民に支援が行かず意味がない"と理解した。
「なら、残っている分だけでもそちらにお渡しいたしましょうか?」
「いやいや、物資については先月分がまだ配給しきっていないので…これ以上増えると我々が困りますから…」
「あの糞猫女に用があんだ!」
カイムとしては物資をみすみす渡すのは納得いかなかったが、アマデウスの指すような視線を受けると彼は妥協する方向へ思考を変えた。アマデウスの"とにかく早く帰ってもらえ"という視線から組長へとカイムは提案し、物資管理のアマデウスは彼の発言に深く頷いた。
物資を守る為に適当に誤魔化しのセリフをカイムが言うかと思っていた組合員は驚き、組長は一瞬だけ怪しそうに目を細めた。そして、演技がかった態度で頭を掻きつつバカにする様な口調てカイムに組長は語りかけようとした。
だが、それをを超えて、ベッシュが怒りの表情を浮かべながらカイムに怒鳴りつけた表情こそ変わらないが目の前の組長から怒りのオーラのようなものをカイムは感じた。組長が指を鳴らすと他の護衛がベッシュ達を部屋の外へと放り出した。
「内の若いのが失礼しました…しかし、彼の言う通り我々はアルブレヒトさんに用が有るのですが…」
「マヌエラさん…いえ、アルブレヒトさんは別の仕事で忙しいので代理で私が…」
「マヌエラ?…代理人?彼女は何時から上司を持つようになったのです?」
「つい十数日前からですよ。自分達帝国の英雄がこの国の為に依頼をしたんです。他に依頼をしたいのならこの依頼が終わってからでお願いしたい」
アルブレヒトの名前が出た瞬間、カイムは自分を代理人と言った。それは、彼女はカイムや親衛隊の今後に重要な人物であるために彼は出来るだけ仕事に専念して欲しかったからであった。だが何よりも、彼の中の"とにかく強気で妥協や同意をしないという意思で言い返さなければとならない"という意識でもあった。
半ば突き放すようなカイムの言葉には、組長も困ったと肩をすくめるジェスチャーをすると再び紅茶を啜りながら音を立ててカップをソーサーに置いた。
「それは困ったな、彼女はスラムに薬を下ろしているんですよ?あそこは病人怪我人が多いのに…英雄殿の依頼は無垢なる民…」
「10を生かすために1の犠牲が要るんです。罪くらいは…責任くらいは請け負いますよ」
「我々を敵に回すと?」
「帝国の為に行動しているんです。何か問題が?一体どうして敵対するので?」
明確な拒絶を含んだカイムの言葉に、組長を含めた商業組合全員の目付きが変わった。それは、カイムも見た事のない犯罪者の目であり本物の悪人の目付きであった。だが、カイムからすると魔物や異形に見慣れたことで多少の怖い目付きには彼も不思議と動揺しなかった。それどころか、自身も魔族でありそんじょそこらの魔族より強いという事が解っている分、カイムは"帝国の為"という言葉さえ出して商業組合に強気の発言をするのだった。
「さよなら英雄殿」
カイムの強気な発言には、商業組合の誰もが反論を言えなかった。部下からも言葉が出ないことを理解すると、組長は立ち上がりながら先頭に立って部屋を出た。その時、彼は一言だけ残していった。




