第三景・出逢い
「じゃ、あとよろしく〜」
「あ、ちょっと!」
(むちゃくちゃな人だとは聞いていたけど……)
嬉々と動き回る九条の背中を見て、夕樹はまた溜息が出た。
(なんで俺がこんな演劇の真似事なんか)
「眼鏡さんが頑張ってたの、ずっと一緒にいた夕樹なら分かってるでしょ?」
「そりゃ……まぁ」
「という訳で、眼鏡さんの身の回りは頼んだから」
「は?」
「だって僕たちだと嫌がるんだもん。夕樹がいてくれて助かるわぁ」
「…………」
そろそろ美月の出番だ。
美月はと言えば、舞台のセットに座って、これまたセットの茶器で優雅にお茶を啜ってる。
(いくら本物志向とはいえ、本物の茶器用意するか? 普通)
「美月」
「…………」
「じゃなくて姉ちゃん」
「…………」
「次出番」
「…………」
(……?)
聞こえているのか、いないのか。
夕樹がいくら呼んでも、返事はない。それどころか普段呼び捨てしたら『お姉さんと呼びなさい』と瞬く間に怒られるのに、まるで美月の周りだけ平安の時間が流れているかのように緩やかだ。
***
横笛の音が響く。
都の騒ぎが嘘のようだ。
「姫様ッ!」
その声に気付いた朔弥姫(安倍美月)は、横笛を離すとニッコリと微笑んだ。
「惟光……? 随分遅かったですね。心配しましたよ?」
「姫様、すみません。しかし外におられては、お身体に障ります」
「大丈夫。今日はなんだか調子がいいの。それに……」
朔弥姫は夜空を見上げた。
「月がとても綺麗よ」
「今宵は満月でしたか」
***
「眼鏡さんも何とかなったな……」
舞台袖から稽古の時とは比べ物にならないくらい堂々と振る舞う美月を見て、九条はホッとした。
しかし隣の夕樹は神妙そうな顔で立ち尽くしている。
「どうした? 真っ青な顔して」
「……いや、ちょっと鳥肌が」
「……?」
何度呼んでも返事をしなかった美月は、惟光を演じる熊谷が『姫様』と呼んだ声にだけ反応した。
劇中の人物しか見えていないみたいに。
美月は、茶器を置いて微笑むと、静かに横笛を受け取って舞台に出て行った。
「いつもと雰囲気も全然違うし……」
「つまり今あそこにいるのは、君の知ってる眼鏡さんじゃないって事」
「あの人成りきりすぎですよ」
「それが役者ってもんさ」
「美月、役者じゃないでしょ」
「向いてるって話。今回限りってのは惜しいよなぁ……」
九条は舞台に立つ美月を見ながら、そう呟いた。




