月を食う
「姉ちゃん、大丈夫?」
前の席からひょっこり顔を出した夕樹が、心配そうに水を差し出す。
「うん、ありがと」
美月はそれを笑顔で受け取りはしたが、飲まずにそのまま握りしめた。
「美月ちゃん、車弱いからね~」
バスガイドばりのマイクパフォーマンスを見せる九条の横に座る紘乃も、座席の隙間から覗き込む。
「いつもの事だから、気にしないでくれ……」
そう言って、美月は目を瞑った。
「夕樹ちゃんも来たんだね?」
「うん。姉ちゃんの付き添い」
紘乃が話し掛けると、夕樹は少しツンとした態度で前に向き直して座る。いつも美月の過保護ぶりばかりが目立ってはいるが、夕樹も意外と懐いているのだと紘乃は微笑ましく感じた。
「かいきげっしょく~?」
後方の席から、紗弥加の声が聞こえてくる。皆の視線がその声にに集中した。
「そうだよ! 今日は十八年に一度、この地域で皆既月食が観測出来るんだから!」
そう、興奮気味に紗弥加と話している彼女は村井美香。相原がナンパしてきた天体観測部の部員だ。
「あれ? みんなはそれ目当てじゃないの?」
生徒会が主催する皆既月食を観測する合宿に参加しないかと、相原に誘われてやって来た美香は、バスの中を見渡して小首を傾げた。
「え、あ、そうそうそう! みんな月食目当て! 美香と一緒に見られるなんて俺幸せ~」
相原が慌てて肯定する。どさくさに紛れてサラリと揺れるストレートの髪を撫でながら、臭いセリフを吐く事も忘れない。
美香は特に気にした様子もなく、『晴れるといいねー』なんて笑って窓から空を見上げた。
「で?」
「ん?」
「その月食があんたたちと関係あんの?」
相原達の会話を静かに聞いていた美月が小声で隣の篠宮に聞く。
「なんか嫌な感じ……。だんだん氣の流れが強くなってる、気がする」
そして青白い顔でぽつりと呟いた。
「美月、『血の月』って知ってるか?」
「血の、月?」
地球が太陽と月の間に入り、地球の影が月にかかることによって月が欠けて見える皆既月食。その中でも、血のように赤く染まる月は『血の月』と呼ばれている。
未だその謎は明かされていないが、血の月が現れると鬼の力が強まり本来の姿に還ると言う。
「本来の姿?」
「純血の、真の姿だよ」
「なるほどね。いつも通り人間界にいるのは危険。でもいつも以上に氣が必要。それで隔離された場所で月食を理由に女連れて天体観測合宿? 九条先輩、相変わらずの企画力だね」
すらすらと今回の合宿の意図を言い当てる美月に、篠宮は改めて感心していた。
(お前のが相変わらずの推理力だよ。……でも)
「そこまで分かっててなんで来た? 俺の頼み聞かなかった時から嫌な予感してたんだろ?」
篠宮の言う事は図星だったらしく、美月は目を逸らし、篠宮に借りた上着に顔を埋めた。
「朝日……」
「え?」
「この合宿来たら朝日学校通わせていいって言うから。それに夕樹も一緒に来ていいって言ってたし」
「そっか」
(いつも他人の事ばっか)
自分の事はお座なりなくせに、他人のために動く美月。そんな彼女を見ていると、篠宮は今まで感じた事のないような胸の痛みを感じていた。
「少し、寝るか?」
「……うん」
普段ならあり得ないが、相当具合が悪いのだろう。篠宮の肩を借りて美月は再び目を閉じた。




