エピソード1
38歳男性海に落ちて死亡。よくある記事だ。このニュースの何が驚いたかって。初めは私も、他人事かと思った。しかしだ、名前を見たらびっくり。死んだのがあのクッキー,オレオだったからってんだからよ。クッキーオレオ、私の学生時代の友人で本名はシモン.オレオという。あの白黒のクッキーの名にちなんだあだ名がクッキー.オレオさ、あの頃ちょうど私が15歳いや、この青年の俺が15のとき、俺たちは地元マルセイユの「ブラジル」という一風変わった、ドリブル特化のサッカークラブに入っていた。オレオはデイフェンスミットフォルダーで、小柄ながらも頭の切れる、生粋のテクニシャンだった。もちろん俺も負けていない。良く仲間で釣りをしたり、街角でサッカーをしたり、バスケットをして朝から晩まで遊び、笑い合い共に成長していた。特に仲の良かったのが、この5人、この俺ロゼール.デ.ポン、ちょいデブのミッシェル.ノッサ、唯一の女の子レイラ.マクラーレン、一つ年上のヤコブ.ドッド、そして頭が良くて背の小さいクッキー.オレオ。そうだ、今私は思い出した。あの忘れもしないエジプト旅行の話を。あれは春休暇でパリのリセ「フランスの高等学校」似通っているヤコブが、ここマルセイユに帰って来た日。あいつ、ここでは昔通りボーンと呼ぼう。「昔ブラスバンドでトロンボーンという楽器を吹いていたため」が一通の手紙を持ってきた。手紙の内容は「親愛なるボーンへ至急エジプトのギザにあるゴルゴという小さな町にあるアトリエまで来てくれないか、春休暇でどうせ暇を持て余してるだろ。見せたいものがある。」ルクス.ジャニ.オレオより。そうオレオの兄さんだ。画家になるといいリセに行かず、エジプトで絵描きの武者修行をしているあの。ここではジャニと呼ぼう。ジャニとボーンは同じ学年で、俺たちと同じブラジルというサッカークラブに入っていた。ボーンがあんな手紙を持ってくるもんだから、俺たちも話し合いの結果、あの芸術家のジャニが言うなら凄いことが起こるだろうと思い、ボーンとギザまで行くことになった。ツタンカーメンの宝か?あるいは契約の箱か?青年の僕らはそんなことを本気で信じて、胸を膨らませていた。




