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花と初恋  作者: 来海 空々瑠
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出会いの桜

その瞬間、周りの音が無音になり、息が止まる。そこには、夢で何度も見た男がいた。


『姫様!』

『あさ、ぎ……』


胸が引き裂かれそうな痛み。結ばれることが叶わなかった恋。最期の言葉。


(うそ……)


目を見開き、男を見つめる。はらはらと散る桜を背に佇む姿はまるで絵のようで、舞い落ちた花びらが男の無装飾の着物を彩っていく。


気づけば、雪乃の瞳からはほろりと涙が溢れていた。心臓を鷲掴みにされたように苦しくなり、いてもたってもいられず、その心のままに男に抱きついた。


「浅葱っ……!」


そうしたのは、衝動的だった。


ずっと恋しさと切なさを感じていた、その人が目の前にいる。夢で何度も見た彼は、本当にいたのだ。前世にも、今世にも。


「ずっと、会いたかった……っ」


たまらず出てきた声は、少し震えていた。悲しい最後を迎えた彼への恋心が、また蘇ってくるかのように心の中に流れこんでくる。雪乃はその存在を確かめるように、漆黒の着物をぎゅっと強く握りしめた。


(また会えるなんて夢みたい……)


こみ上げてくる感情を胸に、温もりを抱きしめる。


が、雪乃が再会の余韻に浸っていたのも束の間。ようやく出会えた嬉しさに胸を噛み締めていると、ふと頭上から「ちょっと」と不機嫌そうな声が降りかかってくる。そして、ずいと体を引き離されると、「何なんですか」と不審そうな目を向けられた。


「何って……」

「突然、人の顔を見るや否や抱きつくとか、頭おかしいんですか」


想い人から発せられた冷たい言葉に、雪乃はぽかんと口を開いた。


(え……?)


目の前にいる男の顔は、間違いなく前世で想い合っていた男とまるっきり同じ。ところが、男は雪乃のことなどまるで知らないと言わんばかりに、訝しげな表情を浮かべていた。


「覚えてないの?わたしとあなたは幼馴染で、身分差はあったけれど想い合っていた仲じゃない!」

「は?」


雪乃は必死にそう訴えたが、男が雪乃を見る瞳の鋭さは変わらない。むしろ一層、その鋭さが増した気さえする。


(ちょっと待って、もしかして浅葱は何も覚えていないの……?)


相手の反応から導き出された答えに、はっと目を見張る雪乃。どうやら前世の記憶があるのは自分だけらしく、向こうは何も覚えていないようだ。となると、この男からすれば、見ず知らずの女がいきなり抱きついてきたことになるわけで。


(それって……めちゃくちゃ怪しい人ってことになるじゃない‼︎)


男の言う通り、怪しい行動を取ってしまったことを自覚した雪乃の顔は、さーっと青ざめていく。ちらりと男の顔を伺い見れば、相手は鋭い目つきで雪乃のことを見つめていた。


(こわ……‼︎)


焦った雪乃は、ひとまずへらりと敵意のない笑みを浮かべて男を見返した。


「え、え〜っと……その、本当にわたしのこと覚えて、ませんか……?」


一縷の望みをかけて念押しで聞いてみたが、怪訝そうな顔は変わらない。雪乃がしどろもどろになっていると、男は眉間にしわを寄せ、その顔を歪めた。


「初対面で抱きついてくる変人と知り合いになった覚えはありませんが。ついでに言うと、そんな風変わりな幼馴染を持った覚えもありません」


ぴしゃりとした失礼な物言いに、さすがの雪乃もこめかみをぴくりとさせる。だが、彼の言葉を否定できないだけに、何も言い返せない。男の鋭い視線が、ただただ痛かった。


「すみません、人違いでした」


えへへ、と笑って誤魔化そうとしたが、男の探るような視線は変わらなかった。


「見たところ新人のようですが、ここで何を?」

「掃き掃除、です……」

「さぼっているようにも見えましたが?」

「それは……」


黙り込んでしまった雪乃を見て男はため息ををつくと、雪乃の前に手のひらを差し出した。その手の中には、雪乃が掴み取りたかった桜の花びら。


「これ……」

「飛び跳ねて取ろうとするから取れないんです。じっとしてれば、簡単に掴めますよ」


男の言葉に、ぽかんとした表情を浮かべる雪乃。男は無表情のまま雪乃の手に自分が取った花びらを置くと、「仕事はきっちりやるように」と言い残し、そのままくるりと背を向けて行ってしまう。


「あっ……」


遠ざかっていく背中に手を伸ばすも、呼び止めることは出来ずに、雪乃は手を下ろした。俯いて目に入った、淡い桃色の桜の花びら。


「……本当に浅葱そっくりだった」


相手は雪乃のことを覚えていないようだった。けれど、艶やかな長い黒髪、切れ長の瞳をした美しい顔、鼓膜に響く低い声は、確かに、どこからどう見ても雪乃の「前世の記憶」に登場する浅葱だった。


「それにしても、あの人何してる人だったのかしら……。こんなところに来るなんて」


雪乃は男が立ち去っていった方向を見つめながら、不思議そうに首を傾げて立っていた。

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