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花と初恋  作者: 来海 空々瑠
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出会いの桜

「それ、多分時雨様じゃないかなぁ?」

「しぐれ、さま……?」

「暁の副隊長だよ」


そのあと、食堂で夜のまかない飯を食べているとき、隣に座った女中の二人組に先ほどの男のことについて聞くと、そんな答えが返ってきた。


「副隊長、ということは……」


雪乃がそう尋ねると、肩よりも少し短い髪に、きゅっと目尻が釣り上がった猫目が印象的な女中──藤乃(ふじの)がもぐもぐと白飯を食べながら「この屋敷内で二番目に偉い人ってこと」と、何のことはないとでも言うように、しれっと返した。


「に、二番目に⁈」


思わぬ情報に驚いた雪乃は、前のめりになって声をあげた。


「声が大きくってよ、雪乃ちゃん」

「す、すみません……!」


藤乃と隣に座っていた女中──(あおい)に咎められた雪乃は周囲に注目されていることに気がついて、気まずそうに長椅子に座り込んだ。葵は垂れ目がちで、落ち着いた雰囲気。がさつそうな藤乃とは対照的に、儚げな印象がある女中だった。


(隊士の一人だろうとは思ってたけど、まさかそんな上官だったとは……)


雪乃はそういえば、彼がほかの隊士とは違って長い羽織を着ていたことを思い出した。藤乃は髪を耳にかけながら、驚いた様子の雪乃を不思議そうに見る。


「その時雨様がどうかしたの?」

「え、いや……その、ちょっと見かけたから、どんな方なのかなと」


まさか前世の想い人だと思って抱きついただなんて言えるはずもなく、雪乃はあははと空笑いを浮かべて誤魔化した。すると、何やら思いついたのか、藤乃が「はは〜ん」と言いながら雪乃の横腹を小突く。


「な〜に?もしかしてあんたも時雨様に惚れちゃった口?」

「あんたも……って、もしかして、その藤乃さんって……」


「時雨のことが好きなのか」と雪乃が言おうとしたのを察知したのか、藤乃はあははと笑いながら「違うっての」と返す。


「いや、女中の間でも人気あるからさ。密かに狙ってる人多いと思うんだよなぁ。ねえ?葵」

「そういえば、この間も若い女の子たちが騒いでたところを見かけたわ」

「近寄りがたい雰囲気はあるけど、あたしらみたいな下っ端にも分け隔てなく接してくれる印象はあるかな」


二人の言葉に、雪乃は「そ、そうなんですか……?」と首を傾げた。


「なにより財力も権力もある、あんな色男なかなかいないじゃない。まあ、私にはその魅力がまったくもって理解できないけれど」


そう言って、ふふふと怪しく笑う葵。独特な彼女の雰囲気に、雪乃はあははと乾いた笑いを返すことしかできなかった。


こうして周囲の反応をみると時雨に対する評価は良さそうだったが、雪乃は失礼な物言いだった彼のことを思い出し、それは本当なのかと訝しんだ。


(そりゃ顔はいいかもしれないけど……)


そんな雪乃の胸の内など知らない藤乃は、「競争率高いから、あんたも頑張らないと駄目だよ」などと、からかうように笑っている。


「別にわたしは、そんなんじゃありません!」

「とか言って、何ヶ月後かには『時雨様、好き』ってなってるって」

「まさか!」

「ふふ、むきになっちゃって可愛いね」


むっと口をとがらせ怒る雪乃だが、藤乃に「どうどう」と軽くあしらわれる。葵はその隣で「藤乃。あんまり新入りの子、からかわないの」と、藤乃を咎めた。


「は〜い」

「もう気に入った子に、すぐちょっかいを出すんだから」


葵がそう言うと、藤乃はまた雪乃に向き直って「まあ、でも時雨様みたいな人はやめといた方がいいかもしれないけどな」と話す。


「どうしてですか?」

「所詮、ああいう人はいいとこのお嬢さんと結婚しちゃうって話だよ。いまの帝に代わってから身分差があっても自由に結婚できるようにはなったけど、まだまだ『結婚は同格の家同士』ってところが多いから。一般隊士ならまだしも副官ともなれば、それなりの家柄のお嬢様と結婚するんじゃないの?」

「そうなんですか……」


藤乃が言うように、現帝に代わってからは結婚制度をはじめとして、さまざまな改革が行われた。派手好きの帝だが、政に関しては実直で、民の声を積極的に取り入れるなど前帝にはなかった庶民派な一面もあるらしい。


結婚制度の改正時は大いに話題となり、街でも玉の輿を狙って、位の高いお役人や豪商の男性に声を掛ける女性が増えたという噂を雪乃も耳にしたこともある。だが、二人によれば、それはあくまでもごく一部の話だろうということだった。


「だから、好きにならない方があんたのためだよ」


ぽんと慰めるように肩を叩かれた雪乃は「そうですよね……」と、ぼんやりとした表情を浮かべたまま、まかないの煮物に箸を伸ばした。が、自分の発言にはっとすると勢いよく藤乃の方を向いた。


「だから、わたしは別にそんなんじゃないって言ってるじゃないですか!」

「うんうん、わかったわかった」


違うと言っているのに、なぜだか頭をよしよしと撫でられる雪乃。葵には温かな眼差しを向けられているし、二人は何やら大きな勘違いをしているようだった。


時雨の話はこれで終わりとなってしまったが、そのあとの仕事が終わるまで雪乃の頭の中は、前世の想い人によく似たあの男のことでいっぱいだった。

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