朝顔のため息
しんと鎮まり帰っている屋敷内。奥の部屋からかすかに感じる人の気配に、時雨は緊張感を保ったまま、ゆっくりと近づいていく。後ろには数名の隊士も控えており、突入体制は万全。あとは部屋の近くまでいって中の様子を確認したあと、一気に敵を捕縛する。
すると、突然ばんと何かを叩くような大きな音とともに、「ひい!」という悲鳴声が聞こえてきた。
(今のは……)
はっとした時雨は音を立てずに駆け出し、明かりが漏れている部屋へと向かった。ほかの隊士たちもすぐさま後を追う。
「この落とし前、どうつけてもらおうかな」
ふと聞こえてきた不穏な言葉。だが、時雨は焦る様子もなく、扉の近くで立ち止まる。それを不思議に思ったのか、琥太郎が部屋の中を覗きこんだ。すると、そこに見えたのは──。
「へ?」
時雨の後ろにいた琥太郎の口から、思わずそんな間抜けな声が漏れる。それもそのはず。駆けつけた暁の隊士たちが、そこで目にしたものは、床に転がる雪菜……ではなく、正座して座っている男三人組と、その前に仁王立ちで立っている雪菜の姿。
「夕方までに帰らなくちゃいけなかったのに、起きたらこんなに暗くなってるじゃないですか。頼まれていたおつかいもできないのか、って怒られるのはわたしなんですけど?」
「す、すいやせんでした!まさか、そんな大事な御用があるとは知らず……!」
「用があるとかないとか関係ないですから。過ぎた時間は巻き戻せないですからね、わかります?」
表面上はにこにこと笑っているが、目の奥は笑っていない雪菜に、縮み上がる男たち。どちらが悪党なのか分からないほどの光景に、隊士たちはみな唖然とするしかなかった。
「だいたい、あの暁相手に三人で太刀打ちできると思ったんですか?無策にもほどがありますよ!やるなら、もう少しましな作戦立ててからやりなさいって話ですよ!」
「ご、ごもっともです!」
「人さらって身代金よこせ!ってお金を手に入れるよりも、地道に、真面目に、真っ当に働いてお金を稼ごうと思ったことはないんですか?こんなことしてたら、田舎のお母さんが泣きますよ!」
「う……!確かに、そうだ!俺が、俺がいけなかったぜ、こんなやり方、仲間にさせるなんて……!」
「俺たちが悪かったよ、お嬢ちゃん……!」
男たち相手に、叱責を飛ばす雪菜に唖然とする隊士たち。それを見かねた時雨が、
「……そこ、もうその辺にしておきなさい」
と、止めに入った。突如聞こえてきた第三者の声に、雪菜と男たちが勢いよくこちらを向く。
「し、時雨様!」
「うわぁ!」
「なんだ、こいつら!」
三人組はぽっちゃりとした体型の男に、ひょろりと骨っぽい男、顔立ちが整っているが身なりは汚い男と、三者三様の出で立ちだが、目の前に立ちはだかる雪菜に体を縮こまらせているのは三人とも同じだった。
ひとまず琥太郎はすぐさま雪菜を男たちから引き離して、部屋の隅の方へと移動した。
時雨が隊士たちに合図をすると、男たちを次々に捕らえて縄で縛っていく。だが、三人とも抵抗する様子はなく、「ご迷惑をおかけして、すみませんでした」と謝ってくる始末。どうやら先ほどの雪菜の説教が効いたらしい。
話を聞けば、三人は以前の囮捜査のときに時雨と雪菜が歩いているところを見かけて、雪菜が時雨の女だと勘違いしたのだそう。暁の副隊長である時雨の女をさらい脅せば、多額の身代金が手に入ると目論んだというわけだ。
「お嬢ちゃん、罪を償ったら俺ら、これからは真っ当に働くことにするよ!」
「田舎の母ちゃんに、恥じない生き方すっから!」
「怖がらせてすまんかった!ありがとな、嬢ちゃん!」
各々からそう声を掛けられ、雪菜はなんとも言えない表情を浮かべつつも、「……頑張ってくださいね」と返していた。
あっけない逮捕劇だったが、攫われた雪菜に被害がなかったことは何よりだ。時雨は現場の指揮を執りつつ、雪菜を守るようにして立つ琥太郎の方に目を向けた。琥太郎の後ろから、隊士たちの働きぶりを覗き込むように見ている雪菜。
(まったく、無事だったからよかったものの……)
誘拐犯相手に説教とは、と時雨が眉間にしわを寄せていると、隊士たちが雪菜に声を掛けていた。
「いや〜、雪菜ちゃん。さすが、囮捜査で犯人捕まえただけある」
「頼もしいねぇ。いっそ暁の隊士に勧誘したいくらいだ」
「だから、あれはただの噂ですって!」
もう勘弁してくださいと笑う雪菜だったが、すでに「雪菜=強い」という印象がついてしまったのか、隊士たちは口々に雪菜のことを褒めそやしていた。
そんな雪菜の手元をじっと見つめる時雨。鋭い視線に気づいた雪菜がこちらを向くと、目を大きく開いたあとに視線を外される。
(まったく……)
時雨は小さくため息をついたあと、現場の隊士たちに指示を出してから、雪菜を屋敷から連れ出すことにした。




