朝顔のため息
通り魔事件は、いつもひと気の少ない場所で発生していた。城都の街は店が立ち並ぶ賑やかな通りがひときわ目立っているが、少し離れると寂れた通りはいくらでもある。
時雨が事前にいくつかの通りを部下に探らせてみたのだが、通り魔事件の影響だろう。人通りはほとんどないとのことだった。
「分かっていると思いますが、何があっても私から離れないでくださいね」
賑やかな城都の街から、囮捜査を行う場所での移動途中、時雨はふと隣にいる雪菜にそう投げかけた。
こちらは隊士を周囲に配置しているし、剣はなくとも時雨には体術の心得がある。だから囮捜査とはいえ、雪菜が危険な目に遭うことはないだろうが、いつも最悪の想定をしておくことは基本中の基本。
そう思っての声掛けだったのだが、なぜか雪菜は顔を赤らめて少し俯きがちになり、こちらを見ようともしない。
「聞いてますか?」
返事がないので雪菜の肩をぐっと寄せて顔を覗きこむと、至近距離で目が合った。すると、雪菜はぎゅっと唇を引き結んだあと「聞いてます!」と言って時雨から視線を逸らした。
「ち、近いですよ!」
「好き同士なんだから、当然でしょう」
「なっ……!」
目を大きく見開いて、こちらを見る雪菜に時雨は「囮捜査中ですよ」と、耳元でささやく。その低い声がよほど怖かったのか、「ひっ!」と声を上げた雪菜がこくこくと勢いよく首を上下に振ったあと、「や、やだ〜!もう恥ずかしい〜!」と言って、引きつった笑みを浮かべた。
(まあ、この程度なら問題ないか)
ややぎこちなさは、あるものの致し方ない。時雨は離れてしまった雪菜の手を取って、再び距離を縮めた。
「ほら、行きますよ」
「あ、ちょっと!」
雪菜の手を引き、時雨はずんずんと歩いていく。犯人とおぼしき人物を見つけたら、あとは待機させている部下たちがいる場所へ誘導すればいい。こんなことはさっさと終わらせて、早いところ屋敷へ戻りたい、というのが時雨の本音だった。
(ん?)
しばらく歩いていると、その願いが通じたのか、背後からかすかに感じる殺気。ようやく罠にかかった獲物を前に、時雨はちらりと周囲を見遣った。




