第14話
「ではではーエンブレイズ君の退院を祝ってー………」
「かんぱーい!!!」
「かんぱーい!!!」
「かんぱーい!!!」
「かんぱーい!!!」
「かんぱーい!!!」
カラン、といくつものジョッキとグラスのぶつかる音が部屋に響く。
「エンブレイズ君はお酒は飲めるのか?」
お酒の席に若い人と年配の方がいると必ずと言っていい程聞くセリフである。
父が未成年であるエンブレイズにお酒を勧めたのを見て、慌ててそれを止めるフタバ。
「飲めます。大好きです」
「未成年でしょ!!」
エンブレイズがタロウの問いに答えたのを聞いて、素早くツッコミを入れるフタバ。
「俺の国だと十七歳からお酒飲めるんだよ」
勿論江戸国ではお酒は二十歳になってからではないと飲めない。なのでフタバとイツハは飲めない。
エンブレイズは家族の中で飲み比べした時に、一番強かった。執事やメイド達と飲んだ時も一番強かった。
ジョッキいっぱいに注がれたお酒をエンブレイズは一気飲みする。
「いい飲みっぷりだね! もう一回いっとこうか!」
「ドンと来い! です!」
エンブレイズとタロウは昔からの知り合いにように、肩組んで笑いながらお酒を流し込む。
顔が真っ赤になりながらも今までの事を無理矢理忘れるようにお酒を流し込む。
飲み始めてから数時間が経過した。空になったビール瓶が何本も床に置いてあり、ハナコが作っているつまみも瞬く間に二人の胃袋の中に入っていく。
「ところでエンブレイズ君、彼女はいるのかね?」
タロウは単なる世間話のつもりだった。フタバはその質問にピクリと反応し、耳を傾ける。
「いますよ~。ちょっと変な名前だけどとっても可愛い彼女が」
タロウの何気ない質問が、今まで何とか心の奥に押し込めていたエンブレイズの悲しみを引き出してしまった。
「いたんですよ…でも…でも…俺のせいで…俺が弱いせいで………」
まるで子供のようにエンブレイズは泣き出してしまった。
病院でエンブレイズがすべてを話した時、『彼女が殺された』とは言わなかった。『心の許せる人』と言ったのだ。だから彼女がいた事と死んでしまったことはみんな知らなかったのだ。
「お…落ち着いてくれ、エンブレイズ君」
突然のエンブレイズの豹変ぶりに全員オロオロする。
「全部俺が悪いんだ…俺が弱いから…俺がもう少し早く着いてたら……」
別にエンブレイズは泣き上戸ではない。むしろ酔った時は笑い上戸だ。でも酔っていた事によって心の中の奥の方の蓋が緩くなっていた。
するとフタバが突然お酒がいっぱいに入ったジョッキを手に持って一気に飲み始めた。
いつの間にかエンブレイズは泣き止み、口を半開きにしてフタバを見つめる。
そしてフタバは空になったジョッキをガタンとテーブルに置いてから、エンブレイズ顔を左右からギュッと両手で挟んだ。
「泣かないの!! 男の子でしょ!!」
「あっへ、おへのせいでふーおが…(だって俺のせいでフーゴが…)」
「悪いのは貴方じゃない!! 悪いのはあんたの兄貴でしょ!! 泣いてたら彼女も泣いちゃうよ!!」
いつもよりも三割増しくらいにかっこよくなっているフタバの言葉にエンブレイズは更に涙があふれてくる。
自分の膝にくしゃくしゃになった顔をうずめるエンブレイズの頭を優しくフタバは撫でてあげる。
「辛かったんだ…眠ると時々夢の中にみんなが出てきて……俺に『死ね』っていうんだ」
「うん」
「神童のくせに誰も守れないのかって……お前は生きる価値のない人間だって」
「うん」
「兄上は更に強くなって…俺は更に弱くなって……母上と父上と…フーゴを守れなくて…そんな俺が兄上の暴走を止められるのかなぁ」
「協力するよ」
「俺って国王にふさわしいのかなぁ…。兄上が…俺の事王の器じゃないって言ったんだ」
「そんなことないよ」
「死んじゃった人は…生き返らない…けど………」
「…………」
「また……兄上と、みんなとご飯食べたいよ……フタバ達も一緒に」
「食べれたらいいね」
エンブレイズは涙を流しながらフタバの太ももに顔をうずめた。
「………うん」
二人はそれ以上喋らなかった。
五分程してエンブレイズは目元を赤くしてスースーと静かに寝息をたてる。
フタバはエンブレイズが眠ったのを確認してからイツハにゴミ箱を持ってくるようにお願いした。
「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
フタバの口から吐しゃ物がビチャビチャとゴミ箱の中に吐き出される。
フタバはずっと我慢していたのだ。エンブレイズの話を聞いている時からずっと。
今までお酒を飲んだことがない人がいきなり一気飲みすればこうなるのは当然である。
「み…ず…」
フタバは水で口を何度かゆすいでから何杯か水を飲む。
「あー…すっきりした……」
フタバは誰に言うでもなくそう言った。
そしてフタバは自分の太ももで、目を腫らして静かに眠る少年の頭を優しくなでてあげた。
自分よりも年下なのに、一国の国王と言う立場で自分なんかが想像もつかない程の重圧に耐えている。大人びて見えるところもあるけどフタバに言わせればまだまだ子供なのだ。
だからエンブレイズが本当に辛くて泣きたいときに、自分がエンブレイズの為の居場所になってあげればいい。
エンブレイズに彼女がいたという事に少なからずショックを受けたフタバだったが、幼い子供のように泣く彼を見てそんなことは問題ではないと思った。
エンブレイズが辛いときは助けてあげたい、泣きたいときは抱きしめてあげたい、嬉しいときは一緒に笑い合いたい、いつしかフタバはそう思うようになった。
それが恋だと気づくまでそう時間はかからなかった。
親であるタロウやハナコがエンブレイズに良くするのはただの親切心だろう。でもフタバがエンブレイズに良くするのは、彼に惚れているからだ。それ以外に理由がない。
フタバは既に心に決めていた。いつかエンブレイズが国に戻るために旅立つと言ったら自分もついて行こうと。




