第13話
「退院おめでとうございます、シャルマさん」
「ありがとうございます」
お見送りの看護師と院長に向かってエンブレイズは軽く頭を下げた。
シャルマ、と言うのはエンブレイズの事だ。この病院の院長はフタバの伯父にあたる人物で、事情はある程度話してある。そしてエンブレイズの事を匿ってくれていた。
どうしてこの人達はこんなにも優しいのだろうか。
エンブレイズは自身のその才能故に、他人に優しくされることに慣れていなかった。
物心ついたときから「神童だから」という周りの大人の視線に耐えてきた。神童だから出来て当然、神童だから一人で何でもできる、と言った視線だ。貴方の力を認めてるから手を貸さないとか、大人はそれっぽい理屈を並べてエンブレイズと距離を置いた。自身よりも力の強い子供が怖いから、距離を置いた。
頭の良いエンブレイズはそんな大人たちの考えは分かっていても、心は耐えられなかった。
そのたびに何度も母親に甘えてた。母の優しさに幼いエンブレイズは何度も何度も救われていた。家の中では母に甘え、一歩外に出れば王族の神童として年齢以上の振る舞いをし、他人たちの尊敬の視線や軽蔑の視線に耐えなければならなかった。他人は誰もエンブレイズを助けようとはしなかった。
そんなエンブレイズは身内以外からの優しさへどう反応したらいいのか分からなかった。
病院の入り口ではフタバとイツハがエンブレイズの方を見て待っていた。
フタバは大きく手を振っている。
緑の芝生に囲まれた長い道をエンブレイズは歩いて行く。
「ただいま」
「おかえり」
エンブレイズとフタバは嬉しそうに挨拶を交わす。
イツハは小さく頭を下げただけだった。
「とりあえず今日はゆっくり休んでね。と言っても夜からエンブレイズの退院祝いの宴会なんだけどね」
エンブレイズはフタバの家にしばらく住ませてもらう事になっている。そこで訓練やトレーニングをしながら力をつけていく。
病院からフタバの家までは歩いて二十分程。ハナコが車で迎えに行くと言ってくれたのだが、エンブレイズが町並みを見て歩きたい、と言ったため三人で歩い行くことになった。
因みにシャーマ王国には車という物がない。移動には主に馬車や馬を使うため、大きな機械の塊が馬よりも速い速度で動いているという事に驚きを隠せなかった。
エンブレイズは入院している間も勉強を怠らなかった。そしてこの江戸国は人間に炎や水を操る力などはないが『魔術』いう物が発達しているということが分かった。車も正確には『魔術駆動車』といって、運転手の魔力をエネルギーにして走る。船なども同じ原理である。
エンブレイズは初めて見る景色に僅かに興奮していた。見たことのない建物や地形、車、全てがエンブレイズの目には輝いて映った。
そしてエンブレイズには自分に人が寄ってこない、と言うのも新鮮だった。昔は自分が街を歩こうものならすぐに人だかりができてまともに歩けなくなった。だから外出時には護衛を常にニ~三人程つけていた。
勿論よって来る人達はただの珍しい物見たさの野次馬である事は分かっていた。
現在のこの国でも新聞に載る程度は有名人なのだが、帽子を深くかぶっているせいか、誰もエンブレイズに気づかない。病院では少々強引だったが、他人の空似で通した。
景色と会話を楽しみながらもエンブレイズ達はフタバの家に到着する。
フタバの住む家は普通の二階建ての一軒家。今まで大国の国民が全員入れるほどの敷地に四階建ての恐ろしい程の広さを誇るお城に住んでいたエンブレイズには、申し訳ないと分かりつつも小さな家だと感じてしまった。
だが今の自分は本来なら雨風しのげる場所もないので贅沢も当然言えない、と思う。そう思う事自体が失礼であるという事にエンブレイズは気付いていない。
エンブレイズは自室だと言われた二階の六畳間、フタバの部屋の隣にいる。エンブレイズはとりあえずやる事もなかったので筋トレを始める。少しでもホムラに対抗する力をつけるため。
エンブレイズは夜の宴会が始まるまで片腕だけの腕立て伏せをしたり、腹筋したりとずっと筋トレをしていた。




