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因縁の告白

 案内された領主の屋敷は、広場の近くにある立派な建物だった。街で一番偉い領主の住まいだけあって、教会にもまけない大きさの豪邸だ。

 二人は屋敷の応接間に通された。

 壁には南地方の緑豊かな風景が描かれた絵画がかけられ、大きな窓にはレースのカーテン、部屋の中央には光沢のある黒いテーブル。二人は深緑色の椅子に座った。


「ごめんね、一人にして」


 とユーシャは言った。


「うう、われのプライドはボロボロだ……」


 と言ってマオはうなだれる。


 しばらくすると、ワゴンを引いたメイドがやってきた。ユーシャは生まれてはじめて見るメイドと、その仕事ぶりにしばらく見とれていた。


「どうぞお召し上がりください」


 とメイドはテーブルに、テキパキと運んできたティーセットを並べて言った。


「こ、これは!」


 とユーシャが歓喜の声を上げる。テーブルの上には、コーヒーと、夢にまで見た色とりどりのケーキが並べられていた。


「すごい、こんなの初めて……」


 まさかこんなところで念願のケーキにありつけるとは。


「うう、勇者になってよかった……」


 ユーシャが涙を浮かべて喜んでいる隣では、


「むう……」


 とマオが訝しげにケーキを眺めていた。本当にケーキを知らないのね、とユーシャは思った。


「ほら、食べてみて」


 とユーシャはイチゴのショートケーキをフォークで小さく切り分け、マオの口元に運ぶ。マオは少しだけ顔をしかめた後、思い切って口にした。


「なにこれ!? すっごくおいしいよ!」


 とマオは破顔して言った。

 マオは生まれながらに、大魔王を継ぐ者として厳しく教育されてきた。厳しく、とは言っても、それはかなり偏った教育だった。民の上に立つ王としての品位と価値観を植え付けるための、極端な節制と極度な偏愛。食事においても趣向を凝らしたものが用意されたが、それは子供にはあまり向かない代物だった。甘味は精神の堕落を招くとして、厳しく制限されていたのだ。知らなければ求めることもないという理念のもと、世間から隔離されたマオは、彼女の教育者であるベルが理想とする大魔王に、ふさわしいとされるものだけを与えられていたのだった。それでもマオは、まっすぐに育った。たしかに教育は歪だったが、決して愛が無いわけではなかった。むしろ母親のいない彼女は、精神面では過剰に愛されて育ったのだった。


「でしょう? これがケーキよ」


 マオはよっぽど美味しかったのか、口いっぱいにケーキを頬張っている。


「ふふ、これで甘いの意味、わかった?」


 と、ユーシャは時折喉にケーキをつまらせるマオを、気にかけながら言った。


「うん! ユーシャと一緒にいる時みたいな気持ちになるの!」


 と、口の周りを生クリームで白くしたマオが言った。


「え? そうなの……、マオ、わたし、照れちゃう……」


 ユーシャは今まで向けられたことのない純粋無垢な好意に、顔を赤くした。心臓の鼓動が早くなった。ユーシャが照れていると、突然マオが口に含んだコーヒーを、霧のように吹き出した。


「ちょっと、いきなりどうしたの?」


 とユーシャは慌ててナプキンでマオの顔を拭く。


「な、なんじゃこの泥水はー!? 苦味でわれを殺す気かー!?」


「ええ?」


「この黒い液体はなんなのじゃ!? わかったぞ、きっと毒薬であろう? われにひどいことをする気なのだな!」


 どうやらマオはコーヒーも初めてだったらしい。甘いモノが好きで苦いものが嫌い、典型的な子供舌だ。


「ち、ちがうちがう、これはコーヒーって言って、こうやってミルクを入れれば、ね?」


 とユーシャはマオのコーヒーに、たっぷりミルクを注いで見せた。


「な、家畜の乳を混ぜるのか? 変態ではないか!?」


 何故かマオはドン引きしていた。


「変態じゃないわよ」


 やはりマオの価値観はかなりズレているようだ。


「チーズは食べられるのに……」


「液体と固体は別物じゃ、例えば――」


「ちょっと、食事中に変な喩えはやめて!」


「まだなにも言っておらんではないか!?」


「じゃあ、なにが好きなの?」


「うーん、果実酒?」


「お酒はダメ!」


 ◆ 


 ユーシャはアルフレッドに、領主の執務室へと案内された。ケーキに夢中のマオはメイドに任せて、ユーシャは一人で向かった。


「おお、これはこれは、ようこそお越しくださいました! ささ、どうぞお座りください」


 と領主に促され、ユーシャがソファーに座ると。


「スライムです」


 と領主は単刀直入に切り出した。


「はあ」


「地下水路にて大量のスライムが発生し困っておるのです。教会騎士や傭兵たちに駆除させてはいるのですが、根本的な解決には及びません。それどころか次々と増えていく始末。どうしようかと途方に暮れていたところ、こうして勇者様がお見えになったというわけでして……」


 地下水路の水源である聖地から流れてくる水には、多くの魔力が含まれていた。魔力は流水には留まらないので、生活水には問題ない。しかし、地下水路のような閉じた空間には蓄積されていき、スライムの発生源となっているらしかった。


「具体的には、なにをすればいいのかしら?」


「勇者様のお力でスライムたちを浄化し、街の安全を取り戻していただきたいのです!」


「スライム狩りってわけね」


 スライムは今まで散々倒してきた。魔物としては最下級、今のユーシャでも苦もなく倒せる。ケーキまでご馳走になったのだから、簡単な魔物退治くらいお安い御用だ。


「わかりました。勇者に任せてください!」


 とユーシャは承諾した。


「おお、お受けいただけますか!」


 領主は勇者の手を取り、喜んだ。


「そうと決まれば今宵は我が屋敷で存分に饗させていただきましょう! すぐに、夕食の準備をいたします」


 そう言って領主は慌ただしくメイドを呼びつけ、宴の準備に取り掛かった。



 夕食は南地方の特産である、新鮮な野菜や肉を用いた上等なものだった。久しぶりの温かい料理というだけでも嬉しかったが、家庭的な煮込み料理から、大型のオーブンでしかできない焼き物などがあり、眺めているだけで楽しかった。ケーキでお腹を膨らませていたマオも、スプーンが止まらないほどだった。


「はあ、お腹いっぱい。こんなに食べたの生まれてはじめて」


 と食事を終えたユーシャは、しみじみとして言った。


「うむ、マオは一生分食べたぞ!」


 とぽっこりと膨らんだお腹を、満足そうに撫でながらマオは言った。

 


 二人に用意されたゲストルームは広く、白を基調とした室内は、隅々まで掃除が行き届いていた。ユーシャが何より嬉しかったのは、シャワー室が備え付けられていたことだった。

 ユーシャは嫌がるマオを連れて、シャワーを浴びた。どうもマオは風呂嫌いらしく、水を嫌うネコのように暴れて一苦労だった。部屋に備え付けのクローゼットには、ユーシャとマオに合わせた着替えが用意されていた。


「うわあ、わたし、こんなに可愛いパジャマ着るの初めて。昔着てたのがボロ布に思えるわ」


 とレースのリボンで飾られた、ワンピース型のパジャマに着替えたユーシャが言った。


「ふむ、よく似あっておるぞ」


 とマオが言った。マオはフリルがあしらわれた丈の短いワンピースを着ている。


「まるでお人形みたい……」


 とユーシャはマオの姿を見て言った。普段来ている現実離れしたドレス姿も可愛いが、こうして普通の服を着ていると、彼女の人間離れした美しさが一層引き立てられるのだ。


「なに? お人形だと!?」


 マオは人形に例えられたのが不服だったらしく、ムッとして言った。


「褒め言葉よ」




 二人はベッドに入る前に、お互いの髪を梳かしあった。ユーシャは鏡台の前に座り、その後ろではマオが、ぎこちない手つきでブラシと格闘していた。


「マオはユーシャの髪が好きだ」


 とマオはユーシャの金色の髪を、指に絡めて言った。


「魔界には金髪の人、いないの?」


「いや、全くいないというわけではない……」


 どうも歯切れの悪い答えだった。そもそも金髪の人間は、魔界だけでなく、この大陸にほとんどいないのだった。とにかくユーシャも、マオとはまた別の意味で、ひと目を引く特別な特徴を備えていると言えた。



 二つ並んだ純白のシングルベッド、その窓側にユーシャは横になっていた。カーテンの隙間からは、雲ひとつ無い夜空が見えた。月明かりだけが部屋を照らしていた。


「ユーシャ、隣に行ってもよいか?」


 と、か細いマオの声が聞こえた。


「眠れないの?」


「うむ……」


 ユーシャは上半身を起こし、隣にマオを招き入れた。


「あったかい……」


 とマオはユーシャの肩に、ピッタリと頬を当てて言った。ベッドは二人で寝ていても、十分な余裕があった。マオといると、不思議と心が安らいだ。旅に出てから、初めての安心できる夜。余計なことを考えずにいられる、貴重な時間。だからだろうか、ユーシャはマオに、ある事実を告げることにした。


「マオ、聞いてくれる?」


「む?」


「わたしのお父さんは、先代の勇者だったの」


 ユーシャの父、彼に対するまともな思い出は、ほとんど残っていない。昼間から酒を煽り、うわ言のように支離滅裂な言動を繰り返すろくでなし。父親らしいことは、なに一つされたことがなかった。


「え……」


 とマオの表情が険しくなった。


「でも、魔王をあと一歩のところまで追い詰めておいて、逃げ帰ってきた臆病者扱いされていた」


 魔界まで到達したが、彼は魔王を倒すことなく戻ってきた。それも、幼いユーシャを連れて。村人たちは当然彼を避難した。使命を投げ出すばかりか、どこの誰とも知れぬ子供まで一緒だったのだ。なぜ魔王を殺さなかったのか? その子供はいったい誰の子だ? と村人は彼を詰問したが、彼は多くを語ろうとしなかった。ただ死ぬ間際に、ユーシャに一言、おまえは本当の勇者になれ、と言い残した。


「……嘘じゃ、マオのお母様は勇者に殺された、ほかの魔王たちも……」


 とマオはユーシャの腕に縋り付き、言った。


「え?」


「われは、勇者が先代魔王たちをすべて殺し尽くしたと聞いておる」


「そんな……」


 それはユーシャが知る事実と食い違っていた。勇者が魔王を殺した? 先代勇者は、父は嘘をついていたのか? 過去の魔界でなにがあったのだろうか? 自分の父がマオの仇であるという告白。それはユーシャの胸に、一抹の影を残した。


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