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僕の知らない君と、君の知らない僕。  作者: 平井 海人


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第1話:眠る君へ

はじめまして。この作品を開いてくださり、ありがとうございます。


誰かを想うことと、その人を理解することは、きっと同じではありません。


これは、そんな不器用な二人が、少しずつ互いを知っていく物語です。


ゆっくりと進む物語ですが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。

 どれだけ近くにいても、君のすべてには触れられなかった――


                *


 夜中の二時を過ぎると、彼女はよく眠った。僕の隣で、すやすやと、何も心配していない子どものように眠った。


 その寝顔を見ていると、時々、自分がひどく空虚《くうきょ》な人間に思えた。それは、彼女が眠っている間だけ、僕は彼女を幸せに出来ている気がしたからだ。


 起きている時の彼女は、僕の知らないことを考える。僕の知らない誰かを思い出す。僕の知らない悲しみを、僕の知らない場所にしまっている。それを彼女は全くと言っていいほど僕に話してくれない。


 彼女から僕に何か言わなきゃいけない事があるはずなんだ。


 というのも、度々何かを隠している顔をするのだ。僕の事を信用していないのか、はたまた秘密にする理由があるのか。


 それでも彼女は朝になれば僕に笑いかける。僕はその笑顔を信じることにしていた。いや、信じていたかった、というほうが正しいのかもしれない。


「ねぇ」

 

 彼女が目を閉じたまま、静かに言った。


「もし私が、突然、貴方のそばに居なくなったらどうする?」


 僕はその質問の意味が分からず、すぐに答えられなかった。意味をやっと理解したが、まだ言葉を返せない。


 それは、彼女がどんな答えを望んでいるのか、考えてしまったからだ。


 そして、その時に気づく。僕は彼女のことを愛しているつもりで、いつだって、彼女に愛されるための正解を探していた———。
















 そういえばあの日も、今と同じように気持ちよさそうに眠っていた。



 

 彼女と初めて出会ったのは、夏の終わりだった。

 

 その日、僕は特にすることもなく、川沿いの道を歩いていた。夏の名残を含んだ風が、僕の顔にぶつかる。川の水は、どこへ向かっているかも分からないまま流れていた。


 僕もそれと同じようなものだった。行きたい場所も、帰りたい場所もない。ただ、足を止める理由もなかった。


 夕方五時の空はまだ明るく、日が暮れるまでにはもう少し時間がありそうだった。


 僕は座って本でも読もうかと思い立った。その河川敷に降りる階段の途中で、偶然彼女を見つけたのだ。


 生い茂る草の上に横たわっていた彼女を見て、誰かを待っているのかと思った。けれど、近づいてみると、目を瞑り、規則正しい呼吸に合わせて胸元がわずかに動いていた。片腕を枕代わりにして、もう片方の手は力なく地面に置かれている。


 どうしてこんなところで眠れるのだろう。何も知らないはずの彼女のことが、少し心配になる。


 少し湿った風が吹き、彼女の髪がほんの少し揺れた。それでも、彼女は起きない。


「……あの」


 とっさに声をかけてから、少し後悔した。


 彼女が目を覚ましたら、僕は何を言えばいいのだろう。「こんなところで寝ていたら危ないですよ」とでも言えばいいのか。


 それとも、もっと別の自然な言葉があるのだろうか。


 当然、返事はなかった。


「すみませーん!起きてますか?」


 自分でもおかしなことを言っていると思った。眠っているから声をかけたのに、起きているかと尋ねている。いない人にいますかと聞いているようなものだ。


 僕がひとりで自問自答していると、彼女はゆっくりと目を開け、僕を見上げた。


「……なに?」


 ひどく眠そうな声。だけど、心に寄り添ってくれるような、そんな声。


「あ、いや。こんなところで寝てたら、危ないんじゃないかと思って」


「そうかな?」


「そうだと思う、けど……」


 僕が自信なさそうに言うと、彼女は返事をする代わりに空を見た。僕もつられて空を見上げる。


 そこには今にも消えそうな薄い雲が、ゆっくりと流れていく。そこに風が吹き、草が揺れた。


「でも、帰るのもったいないよ」


 そう言って、彼女は目を閉じ、また眠りにつく。


 知らない人に話しかけることが、こんなに難しいとは思わなかった。


 立ち去る理由なら、いくらでもある。それでも僕は、しばらくその場を動けずにいた。

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