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わたしが駆け寄ったところで何ができるわけでもない。そんなこと、分かり切っているのに、自然と体が動いた。
「ウィル、大丈夫っ?」
「めが、み……? 来ては、危ないよ……」
肘が当たった部分を抑えながら、ウィルがうめく。ふらふらしていて、よほどのダメージを食らったらしい。
「お前が逃げるから――! 全部お前のせいなんだ、責任もって帰ってこいよ!」
男がマルシの髪を掴む。その時だった。
「そこまで」
妙に通る低い声。ざっと人だかりが動いたのが分かった。どこからか、「ギルド長だ」という声が聞こえてきた。
威圧感がすごく、ガタイのいい男が、冒険者たちが避けたことによってできた道を歩いてくる。
「これ以上もめごとを起こすなら、海へ放り込むぞ」
海へ、という言葉を聞いて、暴れていた男がびくりと肩を跳ねさせた。エンティパイアの人間だ、海へ入るということは死ぬことであるという認識が強いのだろう。
しかし、ギッとギルド長を睨んだかと思うと、「俺はグルトン王族の人間だぞ!」と喚いた。
だが、それにひるむギルド長ではない。
「それがどうした? ここはランスベルヒ。王も貴族もない。あるのは腕の強さで決められたランクだけだ」
ぐるり、とギルド長が肩を回すと、ぽきぽきと関節が鳴る。彼の表情は、今にも男を締め上げようとしているものだった。
「う、うるさい! これはグルトン王族の問題で――」
「マルシはうちの冒険者だ。暴力をふるうなら、黙っちゃいない」
男はビビりながら、後ずさる。それでも――ひかなかった。
ぎゅう、と、男は自身の裾を握った。本来ならば、左腕があるであろうその裾を。握る手は、力が入りすぎて真っ白になっている。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい! ここで俺が引くわけにはいかないんだ! 父上がおかしくなったのも、こいつのせいだ! オレの左腕だって、ナナールの内臓だって……っ、こいつさえ、こいつさえ……!」
「親父がおかしいのは元からだよ、フォマトール」
わめく男にかぶせるように、マルシが冷たく言い放つ。よろよろと立ち上がり、じっと男を見る。
口元が切れて血が滲み、アザもできている。ぼろぼろなのに、男を睨むその目だけはとても冷ややかで、一切温度を感じられない。
「お前も逃げればよかったのに。馬鹿だなァ」
冷たく鋭い目は、やはり夢の中のオッドアイの男に、そっくりだった。




