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 武器屋や薬屋が並ぶ通りを過ぎると、辺りにいい匂いがただよってくる。夕飯時だからだろうか。

 そう言えば、デートしよう! と誘われ出てきたはいいものの、これと言って目的のない散歩のようなものになってしまっている。

 まあ、ウィルエールはこっちに来たばかりで街に詳しくなく、わたし自身もこの辺りはほとんど分からないので、しかたないと言えば仕方ない。


 この辺りで夕飯でも、と思うのだが、どうにもちょっと行きにくい。

 と言うのも、このあたりの酒場は、半分が売春宿みたいなもので、二階建ての店はほぼ確実にそういう店らしいのだ。

 ご飯と酒を食べて、ウエイトレスの女性に気に入った子がいればそのまま二階で……という流れらしい。

 わたしはそう言った店に入ったことがないので詳しくは分からないが、マルシにそう説明を受けた。昼だろうと夜だろうと、二階建ての飲食店には立ち入らない方がいい、と口酸っぱく言われたのだ。


 かといって、一階のみの店はテイクアウトの店ばかりである。

 わたしの中のフィオディーナが立ち食いを全力で拒否している。

 ウィルエールも貴族だから、立ち食いに抵抗がある……はず。いや、どうだろう。

 書類や実験道具片手に、軽食を流し込む姿を何度か見ているような……あれ、貴族としての食事マナー、どこ行った?


 わたしがどうしたものか、と迷っていると、ウィルエールが目を輝かせて、「女神、アレ食べないかい?」と言ってきた。

 彼が指さす先には、肉の串焼きを売っている出店があった。

 串焼き……!

 どう見ても立ち食いをするしかない食べ物である。なんなら店の横にいくつか席があるし、ごみ箱らしきものもある。

 道端で歯を見せないと食べられないようなものにかぶりつくなんて、とわたしの中のフィオディーナが悲鳴に近い叫びをあげた。


「わ、わたしは、その……」


 遠慮しますわ、と言えればどれだけよかったか。いや、ほとんど言うつもりだった。

 けれど、ウィルエールのきらきらした目を見たら、その言葉は引っ込んでしまった。

 まるで子供のようなきらきらとした目には、見覚えがある。

 いつか、三人でお忍びをした際、なんだかんだ、彼も目を輝かせていたのだ。あの時はお金なんて持ってなくて、ほんの少し中帝都の空気を味わうだけで終わってしまっていたわけで。

 でも、今はお金があるのだ。

 お金は、あるのだ。


「……ああ、でも、女神は『はしたない』って思ってしまうかな。ごめんね」


 わたしが葛藤していることに気が付いたのだろう、ウィルエールがへにゃ、と落ち込んだ笑みを見せた。

 アルベルトなら、絶対に演技だろうと思うのに、ウィルエールがやるとどうにも、素直にそうしているとしか思えない。普段の喜怒哀楽が素直だからだろうか。


「う、ぐ……い、いえ、大丈夫ですわ! 食べましょう!」


 その辺の二階建ての店に入ろうとして、入らない方がいい説明をしなければいけないよりはよっぽどマシ! と、謎の言い訳を頭の中で並べながら、わたしは力強く言った。

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