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グルトン。そうだ、グルトンだ。
一度ピンと来てしまえば、もうはっきりと分かる。
今代のグルトン王は、歴代の中では珍しく、随分と子供をこさえていたので、マルスティン……マルスティン・フォード・グルトンが何番目の王子に当たるかは流石に覚えてない。しかし、顔に見覚えがないということは、結構下の方なのだろう。第三王子くらいまでは顔も名前もはっきりと分かるから、第四以下のはず。
マルシはグルトンに出入りする商人だと言っていた。
王位継承権の低い第四以下の王子が、商人のふりをして出入りする、というのも考えられない話ではない。
まさかこんなところにエンティパイア傘下国の王族がいるなんて。
にわかに緊張してきた。
ここはエンティパイアではないし、先ほどマルシがああいった態度を取ったということは、ここでは身分を明かすつもりはなく、つまりは無礼な行動をとっても権力を持って潰すことはしないということ。
そう思っても、動揺を隠しきれず、カチャン! と食器を鳴らしてしまった。
フィオディーナであったら、誤魔化すこともできただろうが、今のわたしはフィオディーナであると同時にフィオディーナではない。
しかも、やっちゃった、という表情をした気がする。表情筋がそう動いだ自覚がある。
ちら、とマルシの方を見れば、普段の穏やかな彼で。――つまりは詮索するな、ということだろう。
まあ、わたしだって、エンティパイアにいた頃の話をここで言いふらされても困る。人には言いたくないこと、知られたくないことの一つや二つ、あるものだ。
いつかそのうち、彼が自ら話してくれるようになるまで黙って待っているべきだ。
わたしはフォークを握り直し、気を入れなおす。『わたし』は出来なくても、フィオディーナは表情を取り繕うことが出来るのだ。
ことさら意識を強めれば、少なくとも、表面上からマルシへの好奇心はぬぐい去れたはずだ。
意図的に集中してご飯を食べると、自然といつものペースに戻る。早く食べ切らないと。
腹に溜まりやすく、すぐお腹いっぱいになってしまう芋のサラダを消費していると、ふと、食堂の外が騒がしいことに気が付く。
マルシも、本当にいつも通りの様子に戻って、外を気にしていた。
コウンベールは調理場の中にいるし、もしかしたらグリオットとオルキヘイがまた何か言い合っているのか。
いい加減にしないと出禁になって視察どころじゃなくなるだろうに……と思って入り口を見ていると、わたしは思わす持っていたフォークを落としてしまった。懐かしいその顔に、どうにも驚いてしまって。
何やら他の冒険者と喋りながらこちらを覗いてきたその男が、ぱっと顔を明るくした。
「久しいね、ぼくの女神! 会いに来たよ!」
満面の笑みを浮かべているのは、懐かしい友人、ウィルエールその人だった。