26.5
とっくに日が暮れ、閉店間際になって、一人の男がとある店の前へと立った。
「こんなところにあったのか……」
店に入ると、カラン、とドアベルが鳴る。店じまいをしていたらしい店主の老人が、こちらを軽く見た後、少し不機嫌そうに「いらっしゃい」と声をかける。
「悪いな。すぐに済ます。……ああ、これだ」
男は軽く店内を見回し、目的のものを見つけると迷わず棚へと向かう。
雑多に雑貨が置かれている棚の中、まるで初めからそこにあることを知っていたかのように、男は手のひらにのるくらいの小さな木箱を、棚の奥から取り出す。値札もついていないそれは、少し埃をかぶっていて、日の目を浴びていないことは一目瞭然だ。あることを知らなければ、見逃してしまうものがほとんどだろう。
スライド式の蓋についた札を剥がし、男は中身を確認する。
箱の中には、一輪のバラがモチーフのブローチが入っていた。白薔薇と金のツル、それから濁った赤くて丸い小さな宝石が付いているブローチ。
愛おしそうにそのブローチを数度撫でると、男は蓋を閉め、店主に「これを頼む」とレジカウンターへと置く。
それを見た店主は、少し目を見開いていて、驚いていた。
「……これは、店に出していなかったと思ったが……」
「値札はなかったが、棚にあるということは売り物だろう? 言い値で買うから売ってくれ」
乗り気ではない店主に、男が言う。
「……いいのかい? このブローチ、おそらくはいわくが付いてるモンだよ。代々、これは売らない方がいいって言われてきたんだ。だから裏の倉庫に――」
「構わない。これじゃないと駄目なんだ」
どさり、と男が何枚もの金貨が入った麻袋を店主に渡す。それでもなお、売ることを渋っていた店主だったが、諦めたように金貨を一枚取り、残りの金貨と木箱を男に渡した。
「……分かったよ。ただ、何かあってもうちは責任取らないからね」
「ありがとう。恩に着る」
「まあ、うちとしては商品が売れるのは助かるからね。先代の親父ですら、売らない方がいいと言われている理由を知らなかったから、古いモンだと思うが……」
男は最後まで店主の話を聞かず、店を後にする。
店を出て、数歩。男は足を止め、再びブローチを眺めた。
何十年と探し求めたブローチ。そのブローチが、今、自らの手にある。
男は興奮し、涙すら、その目に浮かべた。
「最初から、俺にくれればよかったのに。そうしたら、こんな結果にはならなかった。俺なら、君を守りきってみせたのに」
――それなのに、君はあんな男にこのブローチを渡したのか。
男は、かつてこのブローチを渡されたであろう奴のことを思うと、腹の底から怒りがわいてきた。
怒りのままに、民家の一つでも吹き飛ばしてやろうかと思ったが、男はギリギリおところで思いとどまる。
ああ、いや、でも、むかついて仕方はない。
あの子を助けなかった屑が、別の女を嫁に貰って、子供をこさえて。のうのうと生きているなんて。
――あの子は死んでしまったのに。あいつらのせいで。
「はぁ……はぁ……」
どうしようもない怒りに、男の息が荒くなる。やり場のない怒りが、男の腹の中をぐるぐると駆け巡った。
落ち着け。大丈夫。
このブローチがあればやり直せる。
あの頃とは少し違うけれど、それは立場と皮が違うだけ。中身が一緒なら、彼女は彼女だ。
「全部が戻ったら、一緒に復讐をしようね、フィリネ」
かつての約束を胸に、男はポケットの上から、ブローチを強く握りしめた。




