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 ついた宿はそこそこオシャレな宿だった。冒険者が使う、というよりは普通に観光用の宿のようだ。

 ううん、転移術士のお姉さんに完全に旅行に来た人だと思われたのかしら。まあ、私は武器らしい武器を持っていないし、アルベルトも、護身用に、といろいろ隠し持っているらしいが、目立った武器はない。

 というか、彼のメイン武器は壊れていて、わたしの店で預かっているし。

 周りの建物と変わらず白煉瓦造りの宿は、一階部分がオープンカフェとチェックイン用の受付、二階と三階が宿になっているようだ。


 ――これ、完全にお姉さんに誤解されたのでは?

 

オープンカフェにいる客層を見て、私は少し戸惑う。

 客のほとんどがカップルなのだ。

 ちらと横目でアルベルトをうかがうと彼もまた、ほんのりと顔を赤くしながら困惑していた。

 いつまでもカフェの前に立っていても仕方ないので、わたしは宿の中に入る。気まずければここで待っていてもいいですよ、と言ってみたのだが、首を横に振られてしまった。

 お店のドアを開くと、カラン、とドアベルが鳴る。店内にもカップルがいっぱいで、なんだか気まずい。……ここ、そういうホテルじゃないよね? 普通に、普通の宿だよね?


「すみません、今晩から何日か宿を取りたいのですが、可能でしょうか?」


 言いながら、受付にある値段を確認し、一泊いくら、とのみ書かれていることに安堵した。これで休憩、とまで書かれていたらそのまま逃げ去るところだったけど。

 ちなみにオシャレな宿ではあったけれど、たいして高くはなかった。代わりに食事は用意されないらしく、カフェでとってね、と言うことなのかもしれない。

 受付のお姉さんとやり取りをしていると。カラン、とドアベルが鳴ったかと思うと、急に店内がざわついた。

 何か有名な人が来たのか、それともやばい見た目の人が来たのか。誰が入ってきたのかと振り向けば、幸せそうな顔をしている男女が。恰好からして、新郎と新婦のようだ。

 ――思わず、わたしは固まってしまった。


「ここの習わしなんです。式場で誓いを交わした新郎新婦は、この街を歩き回って、カップルの多い店入り、ブーケの花を一輪置いていくんです。幸せのおすそ分け、ってことですね。意外と結婚式で有名なんですよ、エステローヒは」


 急なことに驚いたと思われたのだろうか。

 違う、そうじゃない。


 心臓が、ばくばくと暴れる。頭が痛い。すっと、血の気が遠のいていく感覚がする。ちゃんと自前の二足で立っているのに、浮遊感があって、代わりに現実感がない。


 わたし、わたしは――。


「フィー?」


 アルベルトが、わたしを心配して声をかけてくれる。けれど、その名前には違和感があった。

 たとえ、前世の記憶を思い出しても、それはささやかなもので、結局主体として生きているのはフィオディーナ・オヴントーラだった。

 けれど、今は違う。


 ――すべてがひっくり返っている。


 鮮明に過去を、前世を思い出し、つい数秒前までの意識が別の誰かの記憶となっている。

 きっかけは、些細なこと。そう、ウエディングドレスが、新婦の来ているウエディングドレスが、わたしが着るはずだったそれとそっくりなのだ。

 前世のわたし、合瀬咲奈あぜさきなもまた、フィオディーナ・オヴントーラのように、婚約破棄をされていたのだった。


「フィー、本当に大丈夫か? 疲れたなら、観光や依頼も後にして、休もう」


「う、いや……大丈夫です……ですわ」


 フィオディーナのお嬢様口調がすんなりと出てこない。おかげでアルベルトに不審な顔をされてしまった。

 フィオディーナが全く消えたわけじゃない。フィオディーナであったころ、咲奈としての人格はなくとも記憶があったように、フィオディーナとしての記憶はある。

 けれどもそれはやはり、どこかわたしのものではないという意識が強く、自然と行動に出るものではない。思い出そうとしないと思い出せないのだ。無意識下にあるものは、すべて咲奈としてのわたしのもの。そこにフィオディーナが入る隙間はない。

 先ほどまでは前世の記憶があるだけの、この世界の人間だったのに、今はこの世界の記憶があるだけの前世の人間。

 猛烈に不安がこみあげてくる。

 築き上げていた人間関係も、どこか他人のものに思えてしかたがない。隣にいるアルベルトも、知人である、恩人である、という『知識』はあるのだが、その『実感』はない。どう見ても、他人にしか思えない。


「フィー?」


 再度、アルベルトがわたしの名前を呼ぶ。


「問題ありません、わ。宿も取れたことですし、ご飯を食べてから冒険者ギルドに向かいましょう」


 へら、と笑みを作ってみれば、アルベルトはそれ以上追及してこなかった。ずいぶんといぶかしげな顔をしていたが。

 そうして、わたしの、本当の意味での転生人生は、今スタートするのだった。

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