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信長公弟記~織田さんちの八男です~【コミックス6巻】発売中  作者: 彩戸ゆめ
永禄元年

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152/237

152 濃姫登場

 平安のプレイボーイ在原業平と並ぶのは、尾張一のモテ男である信行兄ちゃんくらいだもんな。

 信長兄上は……うーん。平将門とか? いやなんか、世紀末覇王繋がりのイメージで。

 あ、でも百人一首に将門はいないか。


 そんな事を考えながら折り紙を折っていると、急に部屋の外が騒がしくなった。もしかして戦に決着がついて早馬が来たんだろうか。

 それとも信長兄上が怪我をしたとか……。


 でも、それにしては様子がおかしい。


 市姉さまたちと顔を見合わすと、市姉さまたちの侍女が、さっと姉さまたちを守るような態勢になる。俺の前には、護衛であるジロの広い背中があった。


「そこをどきなさい。わらわはただ弟と妹に会いたいだけです」


 よく通る声が廊下から聞こえる。

 弟と妹に会うって事は、俺たちの姉上だろうか。同腹の姉妹は市姉さまと犬姉さまだけだから、側室の産んだ姉ってことか。


 側室の産んだ兄弟とか姉妹って、ほとんど付き合いがないから知らないんだよな。

 津島の大橋重長殿のところに嫁いだくらの方なら会った事があるけども、声が違うような気がする。

 そうすると、可能性があるのは犬山城の織田信清殿のところに嫁いだ姉だろうか。


 けれど襖を開けて入ってきたのは、その誰でもなかった。姉は姉でも義理の姉だった。

 つまり、信長兄上の正室、濃姫様がやってきたのだ。


 って、え? なんで!?


 目をぱちくりしていると、濃姫はそのまま俺の前まで来た。


 こうして間近に見るのは初めてかもしれないな。艶やかな黒い髪に、切れ長の瞳。

 気の強そうな美人だけど、母上とはまた雰囲気が違う。

 どこか凛とした、清廉な雰囲気のある人だ。


 部屋に入ってきたのが濃姫だって分かって、無言で平伏したジロが後ろに下がる。

 濃姫はにっこりと笑うと、小袖に隠していた物を出して、いきなり俺に突き付けた。


 キィンッ、と、鉄と鉄がぶつかったような音がする。


 何が起こったのか分からずに視線だけ動かすと、ジロの腕が俺の顔の前にあった。その腕には、小刀が当たっていた。濃姫の持つ、小刀が。


「な、何をなさるのですかっ!?」


 いきなり襲い掛かられた俺がそう批難すると、濃姫は「ふむ」と言いながら小刀を収めた。


 俺は慌ててジロの腕を見る。ジロの着ていた服の袖が切れていたけど、腕には細かい鎖をつないで作ったチェーンメイルのような小手をつけていたらしく、見る限り、血が出るような怪我はしていないようだった。


 安心はしたけれど、それにしても何でいきなり濃姫が襲い掛かってきたんだ!?


魑魅魍魎ちみもうりょうのたぐいではなさそうだが、そなたは誰じゃ?」


 信長兄上にも似た鋭い瞳が俺を貫く。


 ……え?

 今、なんて……?


「胡蝶の夢などと言うたそうだが、わらわには通用せぬぞ。そなた、まことの喜六郎殿ではなかろう?」


 俺は……織田喜六郎だ。

 確かに前世の記憶を思い出したけど、それでも織田喜六郎の記憶もある。

 だから、俺は織田喜六郎だ。


 だって、そうじゃないなら……

 そうじゃないなら。

 俺は……誰だ?


「義姉上、何を申されます! ここにいるのはわらわたちの弟の喜六郎にございます」

「市姉さまのおっしゃる通りです。喜六はわらわたちの可愛い弟にございます」


 思考の迷宮に迷い込みそうになった俺だけど、市姉さまと犬姉さまの声にハッとする。

 そ、そうだよ。

 俺は織田喜六郎だ。

 死にかかって、なぜか前世の記憶を思い出しちゃったけど。

 しかもその前世も、過去じゃなくて未来っぽいけど。


 でも、俺は。

 俺は織田家の八男の、織田喜六郎だ。


「私は織田喜六郎でございます。それ以外の者になった記憶はございません」

「ふむ」


 そう言うと、濃姫はジロジロと俺を見ながら、俺の後ろに立った。

 

 そしておもむろに俺の尻を両手でわしづかみにした。


「うわぁぁぁっ」

「ふむ。狐でも狸でもないようじゃな。尾がないゆえな」

「い、いきなり何をするんですかっ!」

「ほほほほ。すまぬのう。てっきりあやかしが化けておるのかと思うておった」


 いや、妖が化けてるのを疑ったにしたって、いきなり尻をわしづかみとかはないだろう!?

 一応、織田の殿様の正室だぞ!?

 こんな破天荒な性格でいいのか!?


 あ、でもよく考えたら、信長兄上も破天荒すぎるほど破天荒だった。

 そうすると、夫婦揃って破天荒だからお似合いでいいのか。

 ん……? いいのか?


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