110 お節料理
弘治三年、元旦。
今年も清須の信長兄上のところに、家臣の皆が年賀の挨拶に来た。去年は色々あったけど、今年はちょっと落ち着いた年だといいんだけどな。
でも天下統一まではずっと戦いの日々になるのかなぁ。どうなんだろう。
本来は元服前の俺は末森でお留守番の予定だったんだけど、信長兄上がお節料理を食べさせてくれるっていうから、熊とタロジロを連れて食べにきた。
お節料理は元旦の節供料理の略だ。節っていうのは「節目」って意味だから、お正月という節目に供える料理って意味で、お節料理って言うらしい。
料理はそれぞれ一人前ずつお膳に配膳されて、食べる。
献立はまずはお餅の入った雑煮だ。お餅は切り餅じゃなくて、ころんとした丸いお餅になってる。そういえば、熨斗餅とかあるのかね。見た事ないな。お雑煮の汁は出汁と塩味だけのシンプルなものだけど、ダシがきいてるから凄くおいしい。
それから羹は里芋、小豆、大根、ぜんまいを味噌味で仕立てた煮物だ。
味噌汁の具は豆腐だ。ちょっとホロリとした食感の、木綿豆腐に近い食感だな。
メイン料理ともいうべき鯛はオカシラつきだ。めでたいな。
他に調味料として味噌と塩が小皿に載っている。それから蕪の漬物だな。
俺はまだ未成年だからもちろんお酒は飲めないけど、その代わりに甘酒がおいてあった。料理人さんの心遣いが嬉しいね~。
そしてデザートは干し柿だ。
うん。なんか和食のフルコースって感じがしないか?
「タロジロ、おいしいですね」
護衛として一緒に清須に来たタロジロにも、俺と同じ食事を出すように言ってあったんで、タロジロは初めて食べるご馳走に目を白黒させている。
ちなみに一応護衛なんで、ちゃんと交代しながら食べてる。
しかも最近の清須の料理人はちゃんと出汁取ってうま味を出してるからな。現代人の味覚を持つ俺が食べても普通においしい。
いいぞ、この調子でおいしいものをどんどん作ってくれ。
俺は何回か顔を合わせたことのある御膳番の神田敏郎の顔を思い浮かべてにんまりした。これで醤油ができて砂糖がもっと簡単に手に入るようになったら、煮物も現代で食べるのと変わらなくなるな。
先が楽しみだ。うむうむ。
俺と一緒に清須に来た熊が今何をしてるかっていうと、信長兄上への年賀の挨拶だ。
これは家臣団の序列の順番であいさつする決まりになってるからな。熊は、えーと。大叔父の稲葉城主、織田秀敏殿と佐久間のおじちゃんの次だから、三番目か。
この家臣の序列っていうのに武士たちはこだわるんだよな。まず最初は年寄衆が挨拶をして、それが終わったら次は一門衆が挨拶をする。次に譜代の家臣が挨拶をして、と、一年の内で一番序列の順番が分かるようになってる。
基本的に戦の最中とか本人が病気で動けないってわけじゃない限り、年賀の挨拶に出向くのは家臣として当然のことだ。もし万が一何の連絡もなく出向かない者がいた場合は、謀反の疑いがあると思われても仕方がないのが常識だな。
年賀の挨拶の時には、家臣は贈り物をする。太刀だったり馬だったり絹だったり。その進物の目録を渡す。この頃から、贈り物のことを「ご進物」って言ってたんだな。
年賀の挨拶の為に清須に来た信行兄ちゃんも後でここに顔を出してくれるって言ってたから、楽しみだな。最近、会う機会がなかったんだよ。元気だといいんだけどな。
この部屋は清須に来た時に使う、俺専用の部屋だ。
ふっふっふ。今までは客間だったけど、遂に一部屋もらったんだぜ! 末森にしても清須にしても部屋住みなのには変わらないけど、俺にしてみれば清須は別荘みたいなもんだからな。
マイ部屋の利点といえば、私物を置けることだ。
しばらく神田料理長の料理に舌鼓を打っていると、熊と信行兄ちゃんが連れ立ってやってきた。
「信行兄上、お久しぶり!……です?」
なんか久しぶりに見る信行兄ちゃん、やつれてないか!?
ど、どーしたんだ。病気か? それとも慣れない僧侶生活でやつれたのか!? どうしたんだ!?
「久しぶりだね、喜六。元気そうで何よりだ。少し見ない間に、背が伸びたんじゃないか?」
以前のサムライ言葉をあんまり使わないで喋る信行兄ちゃんは、なんだかちょっと知らない人のようだった。でも目の奥の優しい光は変わってない。
やつれてはいるけれど、その面差しは穏やかで安心する。
「まだ信行兄上には追いつきません」
「喜六。もう私はその名前を捨てたのだよ」
出家して悔悛、って名前になってるけどさ。でも俺にとっては信行兄ちゃんは信行兄ちゃんなんだから、他の名前でなんて呼べないよ。
「身内だけの時ならば、信行兄上と呼んでもいいでしょう?」
そう言うと、信行兄ちゃんは周りを見回して苦笑した。
ここにいるのは熊とタロジロだけだからな。思いっきり身内しかいない。
「外ではきちんと弁えるように」
「はいっ」
やった! オッケー出た!
やっぱりなー。信行兄ちゃんは他の名前で呼べないもんなぁ。
「ところで彼らは? 私に紹介してくれるかい?」
俺は後ろにいるタロジロを紹介する。
「犬山犬太郎でござる」
「犬山犬次郎でござる」
「君たちの事は兄上から聞いているよ。喜六郎をよろしく頼む」
頭を下げるタロジロに続いて自分も頭を下げる信行兄ちゃんの姿に、タロジロが顔を見合わせた。そして二人同時に、助けを求めるように俺の顔を見る。
その顔は金剛力士像そっくりだけど、心なしか予想外の事態に戸惑ってる気がする。
あ、タロの額に汗が一筋流れたな。
って、ジロの額にも汗だ。
うん。だから君たち、同時に俺の事を見ないように。
あんまりにも動作がピッタリすぎて、吹き出しそうになるじゃないか。
この猛暑の中、冬の話ですみません。
季節感が……




