四十七話 フラグ
『ほたるん』の働きによって辺りは明るく照らされているが、光が届かない先の部分については明かり一つ無い暗闇が続いていた。ジーク達はどこまで続くのか分からない階段を下り続けると、ようやく一つの変化が現れたようだ。
足を止めた先はT字路のようになっており、通路の様子は右へと下るように急こう配が付いていた。
ジークは当たり前のように右のルートを選び、坂道とも言えるその通路を下り始めた。
「ジークさん、右でいいんですか?」
前方を歩く背中にミラが問いかけると、ジークは振り返らずに声だけで返す。
「目的地は最下層だからな、下に伸びているこの道でいいんだ」
「あ、そっか」
曲線を描く道の軌道は、下へとグルグル回るように螺旋状に続いていた。急こう配な下り坂になっている為、重心に不安定さの感じるナオミとルルは、手を繋いでお互いをサポートし合っていた。
「気を抜くと膝がガクッてなりそうなんだけど!」
「ルルもなんか……足が変かも」
後ろからそんな二人を見ていたマインは、高らかに笑い声を上げて腕を組んだ。
マインを含め、常人離れしたバランス感覚と脚力を持つミラとジークの三人は、至って自然に坂道を下っていたのである。
「ワハハ! 修行が足りないな、精進せよ二人とも」
「私、普通の人間の女の子だからね!? 修行とか必要ないからね!?」
膝が崩れそうになるのを必死に堪えながら、振り返ろうにも気を抜くと転んでしまいそうになるナオミ。 そんな隣のナオミに対して、ミラはニッコリと笑みを浮かべて声をかけた。
「大丈夫ですよナオミさん。何かが後ろからやってくるわけでもないですし、落ち着いて歩きましょう!」
「いや、それって……フラグ――」
ふいに向けられたミラの一言に、額に一筋の冷や汗を流すナオミはぎこちない笑みを浮かべた。そしてナオミの嫌な予感を狙いすましたかのように、突然その場を大きく揺らす地響きが鳴り響いたのだった。
――ゴゴゴゴゴゴ。
「キャッ――!」
大きな地震のように揺れる床に、踏ん張りが効かなくなったナオミは手を繋ぐルルと共に倒れ込んでしまった。
地鳴りが轟く中、ジーク達は後方を振り返ると、その正体が顔を現した。それは――巨大な岩の球体。通路を塞ぐほどの大きさのそれが、押し潰さんとばかりに転がって来ていたのである。
ジークは慌てるように一つ舌打ちをすると、迫り来る岩から一旦目を離し、先ほどまでの進行方向へと向き直った。そして右手を前方へと突き出す。
「アルカンシェル!」
ジークの右手首には虹色の腕輪が付けられていた。その腕輪は輪の大きさを広げ、突き出されたジークの腕からすり抜けるように前方へと飛びだす。すると急速に姿を変え、腕輪だったそれが大きな虹色のイルカの姿を形作った。
そう――、その虹色の腕輪もといイルカは、形を変えたアルカンシェルだったのだ。
「みんな乗れ!」
ジークの叫びが響くと、一番後方にいたマインは倒れ込んでいるナオミとルルの元に駆け寄り、瞬時に二人を抱きかかえてはミラと共にアルカンシェルの背へと飛び乗った。
一番先頭からジーク、ミラ、ルル、ナオミ、マインの順で並び、イルカの姿のアルカンシェルはウォータースライダーのように一気に滑り出した。
あまりに早いアルカンシェルの下降スピードに、転がる大岩はもはや追い付けない様子。
しかし、アルカンシェルのスピードに追いつけないのはもう一つあったようだ。
「「「キャァァァーーーーーー!」」」
「なんとーーーーーー!」
ミラ、ルル、ナオミの三人は、恐怖のあまり目を瞑っては絶叫を響かせていた。さすがのマインも目をパチクリさせて、恐怖よりも驚きが勝っているようだった。
それもそのはず、電灯係の『ほたるん』がアルカンシェルのスピードに付いてこれず、転がる大岩に巻き込まれて壊れてしまっていたのだ。
つまりジーク達は、光一つ無い暗闇の中を猛スピードで駆け抜けているのである。
まったく先が見えないことはおろか、周辺すらも見えない中で確かに感じる圧倒的なスピード感。その状況は、もはや絶叫マシーンすらも凌駕する恐怖感を抱いて当然のものだった。
しかし一人冷静さを失っていないジークは、前方を見つめて静かに集中していた。
目であるジークは、こと視ることに限って特に秀でている。それは例え光を失ったとしても、自らの魔力を放出させてその跳ね返りを捉えることで、暗闇の中でも昼間同然に視覚することが可能なのだ。
基本的に『魔力感知』は他人の魔力を察知することが出来る感知系の能力だが、ジークは周辺の壁などに当たって跳ね返る自らの魔力を感知し、その情報を目の視覚情報へと転換させることによって周囲を視ることが出来る。それは、ジークにしか出来ない特異技術である。
猛スピードで螺旋状に滑り抜けるアルカンシェルの前に、ついに道の終わりが訪れたのか壁が立ち塞がっていた。その右手には通路があるようだが、どう考えてもスピードに乗ったアルカンシェルの速度は、壁に衝突する前に落とし切れるものではなかった。
イルカの頭部分が前方の壁に衝突する寸前、アルカンシェルは背に乗るジーク達を包み込むように球体へと変化した。そして壁に衝突したのだが、少し形を歪ませただけですぐさま球体の形へ戻り、右の通路へと転がった。
アルカンシェルの中に取り込まれたジーク達は、一人一人が透明な薄い膜に覆われており、アルカンシェルの中でふわふわと浮くように漂っている。
間もないうちに大きな地鳴りが響き始めると、一番下まで転がって来た大岩が壁に衝突し、凄まじい衝撃音を響かせながら粉々に砕け散った。
危機が過ぎ去ったことで、アルカンシェルは中にいるジーク達からすり抜けるように浮上し、小さなクリスタルの形へと戻った。
そして、一人一人を包み込んでいた膜がシャボン玉のように割れると、ジーク達は訪れた下層の床へと初めて足を着いたのだった。
「……生きてる。はぁ、凄く怖かったぁ」
ミラは小さくそう呟くと、体中の力が抜け落ちるかのように床へと座り込んだ。それはルルとナオミも同じで、二人は放心状態のままペタンとただ座り込んでいた。
次第に状況を飲み込み始めたマインはハッと我に返ると、自分の体の無事をあちこち確認し、ジークへと声をかけた。
「私達は助かったのだな! 途中、急に体が軽くなったような違和感を覚えたのだが、あれはジーク殿が?」
「あぁ、最後は壁があったんだ。だからみんなをアルカンシェルで包み込んで保護した」
「そうだったのか、おかげで助かった……ん?」
しかし何かを不思議に思ったのか、マインは再び自分の体を見渡してはふと口を開く。
「それにしては濡れていないようだが? アルカンシェルとは水で出来ているのだろう?」
「そうだな……簡単に説明すると、普段はアルカンシェルの周りに特殊な膜を張っているんだ。それのおかげで中に入り込まずに、アルカンシェルの上に乗ったりすることが出来る。包み込んで保護したって言ったのは厳密に言うと、体の周りをその膜で覆った気泡状態で取り込み、衝撃から身を守ったということだ。だから直接的にはアルカンシェルに触れていない」
コクコクと頷くマインは体が濡れていない理由を理解したようだが、更にもう一つ疑問が生じたのか首を傾げた。
「それはつまり、直接触れてはいけない理由があるのだな?」
マインの問いにジークは一つ頷くと、掌の上で回転するアルカンシェルを見つめながら静かに口を開く。
「仮に指先一本でもこれに入れたならば……目視すら出来ないほどに粉々にされ、切断されることだろう」
ゴクリ。ジークの説明に恐怖を覚えたマインは、思わず唾を飲み込んで身震いした。
「そんなに……危険な代物なのだな、それは」
一種の武器にも成り得るという意味を、改めて理解したマインは険しい表情を浮かべていたが、ジークは指先にアルカンシェルの角を乗せてはクルクルと回し、平然とする面持ちで見つめていた。
「確かに扱い方を間違えれば身を亡ぼす諸刃の剣になるが、きちんと制御してやれば数多くのことが出来て役に立つ。このアルカンシェルには水だけじゃなくて……夢が詰まっているんだ」
まるでクリスタルに語りかけるように見つめるジークに、マインはただ乾いた笑いを零すことしか出来ないでいた。
指先で回転するアルカンシェルはその動きを止めると、輪の形になってはジークの腕へとすり抜け、手首の位置で停止し輪の大きさを縮めると、腕輪として固定された。
「もう落ち着いたな? そろそろ行くぞ」
俯いたまま座り込むミラとルルとナオミに、ジークは腕を組みながら声をかけるものの、三人は一切反応を示さないでいた。
身動き一つどころか声も発さない三人に、マインはきょとんとした面持ちで首を傾げると、そっと目の前に立っては三人の様子を観察していた。そしてすぐさま何かを理解したのか、下顎に手を添えては口を開いた。
「……ふむ。悪いがジーク殿、ちと後ろを向いててもらえないか」
マインのその言葉に、俯く三人は目尻に小さな涙を溜めては顔を赤く染め上げた。
ジークは少し疑問を感じながらも、言われるがままに振り返る。そして右手首に装着しているアルカンシェルに違和感を覚えたのか、ふと視線を移すと探るように目を閉じた。
若干だが不純物が混ざり込んでいるな。膜結界を透過したということは液体か? 成分からすると……なるほどな、そういうことか。暗闇の中であのスピードだ、まぁ無理もないだろう。ここは気付いていないフリをしてあげるのが、男としての最善策と言ったところか。
女性陣の準備が済むまで、ジークはそのまま静かに待つことにしたようだ。
その間マインは、鞘に付与されている『次元収納』から無地のタオルを三枚取り出すと、座り込む三人に優しく微笑んでタオルを差し出していた。
真っ赤な顔をしている三人は、恥ずかしそうに無言でタオルを受け取ると、一つ頭を下げてはマインの気遣いに感謝の気持ちを現したのだった。




