四十五話 ジークの新たなる力、その名はアルカンシェル
昼食を食べ終えたジーク達は、この先どうするかを考えながらしばしの休息を取っていた。完全な行き止まりに直面し、通ってきた道のりには他の場所へと繋がる道は無かったのだ。
ジークはホットコーヒーの入ったカップを口に付け、静かに語り出す。
「色々と考えてみたが、今まで通って来た道を再度戻って細かく調査し、最終的に滝のあった場所まで戻ろうと思う。おそらく俺達は、本来のルートから外れた入り口から突入してしまった可能性が高い」
その言葉に耳を傾けていたマインは、手に持つ湯呑を静かに置いてジークへと視線を向ける。
「その根拠とは?」
「あの滝だ。このフロアが一階層だとすれば、あの滝はどこから来ている? あの地点からの滝の位置エネルギーをリーナに逆算してもらった所、最低でもここは三層目か四層目に値する」
「なるほどな。どこかに穴が空いていて、海水が滝のように流れていた可能性は?」
「それはないな、あの滝は海水の成分とは違ったんだ。それにあれほどの水量ならば、穴が空いていたとしたら亀裂が走り、この洞窟が崩壊していてもおかしくはない。このフロアが本来のルートに繋がっているかは分からないが、他に道がなければ滝を目印に上るしかないな……せっかく少しでも下の層にいるから、極力取りたくはない方法だが」
ジークが苦みを含む表情を浮かべてそう言い終わると、ミラが何やら思い出したかのようにハッと顔を上げた。
「そういえばっ――!」
ふいに意味ありげな言葉を放つミラに、ジークとマインは視線を向けた。
「あの水晶がいっぱい並んでた道ありましたよね? あそこで、少し違和感のある水晶を見付けたんです」
「違和感?」
ミラの言葉に興味を持ったジークが、更に聞き耳を立てる。
「はい。崩れた壁から少しだけ水晶が顔を出してたんですけど……なんていうか、その水晶は壁に隠されていたように感じたんです」
その言葉にジークは思うことがあるのか、考え込むように俯き、顎に手を当てた。
壁に隠された水晶……。今のところ、洞窟内には人工的に手を加えられた様子は無い。とすると、元々壁の向こう側にあった水晶が長い年月をかけて体積を増やし、その影響で燐していた壁を崩すようになったか、脆くなった壁が自然に風化して崩れたかのどちらかだろう。どちらにせよ、壁の向こう側に水晶があるならば、そこには空間があるということだ。……ふむ、可能性はあるか。
ジークは思考を終えると、通って来たクリスタルロードへと戻る為に、グループ通話にてリーナに確認を取ることにした。
(リーナ、水晶があった場所の座標データはあるな? 転移できるなら、いちいち歩いて引き返すこともないだろう)
《可能です! だけど気を付けるです。いまのところ洞窟内に漂っている魔力濃度ならば、安定した空間転移は可能です。しかし入り口に渦巻いていた魔力溜まりのように、あまりに高濃度すぎる魔力が空間に存在すると、時空の歪により湾曲した次元へと繋がる恐れがあるです。そういった場合は安定した空間座標を得られないので、転移は不可能になるですよ》
(そうか、覚えておこう)
ルルと一緒に寝転がっていたナオミは、無言で頷いているジークとミラとマインの三人に違和感を覚え、這い寄るように近づきジト目で見つめ出した。
「ねぇ、さっきから不思議に思ってたんだけどさぁ。あんた達って、たまに急に変わったようなリアクション取らない?」
ナオミの違和感の原因を察したマインが、笑いながらその問いに答える。
「ワハハ! すまんすまん! リーナ嬢の話を聞いていたのだ!」
リーナの存在を理解していたナオミは、その言葉にきょとんと首を傾げた。
「え? あの車のスピーカーから聞こえてた声で、ジークの首に下がってるロザリオでしょ? 私には聞こえないけど」
「私とミラ殿、ルルの三人は、ジーク殿と魂の繋がりを経ているのだ。それゆえジーク殿と繋がるリーナ嬢の声を、私達は聞くことが出来るのだよ」
その瞬間、ナオミは勢いよく立ち上がり、大きく頬を膨らませた。
「ずっるーーーい! それって私だけ聞こえてなかったってことじゃん! 仲間はずれじゃん! どうせ陰で私のこと笑ってたんでしょ!」
「落ち着けナオミ。俺達は今度の作戦をだな――」
冷静になだめようとするジーク。しかし感情的になったナオミはジークへと近寄り、その言葉を遮っては襟元を掴んでジークの頭をブンブンと振るわせた。
「落ち着いてられないわよっ、このばかたれぇ! 私の知らない所でみんながニヤニヤしてたら怖いでしょーが! なんとかしなさいよ!」
「分かった分かった! だから、そんなに揺らすな!」
ナオミの激しい揺さぶりから解放されたジークは、一つ溜息を尽くと『次元収納』から魔通機を一つ取り出した。そして目を閉じて魔通機を握り締め、程なくすると準備を終えたのか目を開きだした。
「お前にこれをやる。スピーカーが付いているから、リーナバッハ同様にリーナの声が聞こえる筈だ」
手渡された魔通機を受け取るナオミは、目をキラキラと輝かせていた。
「これ、ケータイじゃん! ガラケーっぽいのがちょっと古いけど、女子高生の必須アイテムきたぁー! いやぁ、人間の大陸を離れる時に三日は名残り惜しんだものだわぁ。これ使えるんでしょうね!?」
携帯電話に似ている魔通機を手にしたナオミは、喜びの最高潮に達していた。魔通機を頬にスリスリと合わせ、よだれを垂らしながら微笑んでいる。
「こちら美少女乙女のリーナ。ナオミ、聞こえるです?」
すると、魔通機に付随された小さなスピーカーから、少しばかりノイズ交じりのリーナの声が響いた。
ナオミは魔通機を見つめ、それに向かって答えるように口を開く。
「うん、ばっちり! マジサンキュー!」
「ところでナオミ、人間の大陸にはケータイが普及しているです?」
「してるわよ! 亜族の大陸が遅れすぎなだけ。人間の大陸は、私がいた地球よりもかなり発展してる感じね~。だけど人間の大陸内でしか使えなかったのよ、しかも首都に近い所しか電波入らないっていう謎仕様」
その言葉にジークは腕を組み、静かに考察の意見を口にする。
「おそらく他種族への情報の漏洩と、魔物による影響を加味してのことだろう。こんな世界で電波塔を建てたとしても、維持するにはかなり困難を極める。魔物による破壊を防いだり、定期的な整備を行う為に、警備団が配備されている首都近辺が限界なのだろう」
「ふ~ん、そんな話も聞いたことあったかもしれない。って、ちょっと! 圏外じゃないのよここ!」
興味なさげにジークの言葉を聞き流すナオミは、ふと魔通機の画面に表示されている圏外の文字に、額に筋を浮かべさせた。
「あぁ、言い忘れていた。それは俺達の住んでいる国から、この大陸の本国である『シアズム』までの間でしか使えないんだ」
「はぁ!? 使えなっ! まぁリーナの声が聞こえるようになったから、今は別にいいけどさ」
口を尖らせてブツブツ言いながら、ナオミは魔通機をいじり始めた。
ジーク、ミラ、マインは苦笑いを浮かべ、ルルはだいぶ回復したのか起き上がり談笑の輪に近寄った。
ジークは全員の回復を確認すると一つ頷く。
「よし、とりあえずここを拠点として先に進む。まずは水晶のあった場所へと行くぞ」
そう言い放つと、全員の姿がその場から一瞬で消えて行ったのだった。
空間転移にてクリスタルロードへと姿を現したジーク達。
ナオミは突然景色が変化したことで驚き、目を丸くして辺りをキョロキョロと見渡している。
「ちょっと! なに!? なにが起きたの!?」
「転移しただけだ。それよりミラ、違和感の場所はどこだ」
さも当たり前のようにあっさりと答えるジークに、ナオミは口を開けたまま固まっている。
ミラは一人駆け出し、違和感を覚えた場所であるそこを指差した。
そこには青、黄色、紫と、個々の輝きを放つ水晶に埋もれるように、足元周辺の少し崩れた壁から、虹色に輝く物体が顔を出していた。
一見すると取り囲む水晶に混じって分かりずらいのだが、ミラは超感覚によってその場所に違和感を覚えたのだった。
ジークはそれを確認するなり壁へと近寄り、軽くノックをするように拳の裏で壁を叩いた。すると、天井付近から大きく壁が崩れ、少しだけ顔を出していたそれの全容が露わになった。
それは、地面から天井まで届く巨大な立方体。向こう側が透けて見えるほどの透明さがあり、薄い虹色の輝きを放っている。
透けて見える向こう側には奥へと続く道があるようだが、謎の巨大な物体がピッタリと道幅に合わせるように存在し、そこから先を遮っていた。
ジークは目の前の物体を見上げ、ふいに口を開く。
「なんだこれは……水晶じゃないな。魔物でもなさそうだし、まるで生態が分からない」
『千里眼』を使うことが出来ないジークは、外見では謎の物体の性質が掴めずに頭を悩ませていた。しかしそれに答えるように、ナオミの持つ魔通機からリーナの声が響き渡る。
「これは『百年結晶水』と呼ばれる、植物や石などと同じ自然界に存在する物で、分類的には水の仲間です。特徴としては圧縮した水を保有し、水から氷、氷から水蒸気、水蒸気から再び水へと百年サイクルで変化するです。しかし稀に発見される『百年結晶水』でも、大きくて掌サイズ。ここまで巨大なものとなると、およそ百億トンもの水を圧縮保有しているはずです」
リーナの説明を受けたジークは目を丸くしていた。その特異な性質よりも、百億トンもの水を保有しているという点に衝撃を受けているようだ。
「これが……百億トンの水だと!? 日本における最大貯水を誇るダムでもせいぜい五億トンだ……その二十倍もの水を保有しているとは、にわかには信じがたいな……。それがこうして自然界に存在しているとは、まったくなんてデタラメな世界だ」
ジークはそう呟きながら、そっと氷のように固まっている『百年結晶水』へと手を添える。
だが、その瞬間に触れたジークの手が、磁石の反発のように弾かれた。
「バカな……。『素粒子支配』が弾かれるなんて、今まで無かったことだぞ」
ジークは驚愕の面持ちを全開にさせた。なぜならば、物質である以上、絶対的強制力を誇る『素粒子支配』により干渉を試みた所、それが抵抗されてしまったからであった。
「『百年結晶水』は、『三態固定支配』という特性を持っています。いかなる衝撃・温度変化・圧力変化を加えたとしても、その時の水素結合配列が決して崩れることはない為、形を保ったままいられるのです。『素粒子支配』が弾かれたのも、同じ支配系同士により抵抗された為です」
リーナ博士による解説が終わると、ジークはニヤリと口角を上げた。そして一言告げる。
「マイン! お前の全力を叩きこんでやれ」
「受け賜わった」
使命を受けたマインは左手で鞘を握り、『百年結晶水』の前へと立った。ジーク達は後ろへと下がり、衝撃に備えるようだ。
「来い! 終ノ太刀、刀填!」
マインの呼び声に呼応し、鞘に顕現する合刀された十握剣。マインは右手で柄を掴み、右足を大きく一歩踏み出す。その強靭な脚力によって地面には亀裂が走り、マインの体からは気迫のオーラが漂いだす。
「斬り開け! 『絶刀居合』!」
一瞬一点に集約された全ての力が解き放たれ、凄まじい衝撃音と風圧が巻き起こる。舞い上がる土埃の中、ジークとミラは腕で顔を隠しては衝撃に耐え、ルルはジークのローブの背に掴まって耐えている。だがナオミはいきなりの出来事に反応できず、後ろへと吹き飛ぶように倒れ込んでいた。
宙を舞う土埃が落ち着きを取り戻すと、残心を行うマインはふっと乾いた笑いを零した。
「驚いたな。私の最強を持ってしても斬れぬか」
そこには、剣の腹が少しだけ刺さり、びくともしていない『百年結晶水』が堂々と存在していた。
百億トンもの超圧縮された水に加え、『三態固定支配』による氷の絶対的強固の前では、マインの奥義とも言える『絶刀居合』を持ってしても、ほんのわずかの切れ込みを入れる程度にしかならなかったのだ。
その光景を目にしたジークはわなわなと震えあがり、天を仰いでは高らかに歓喜の声を上げ出した。
「ククク、ハハハハ! いい! いいぞ! これほどとは素晴らしい!」
突然豹変するジークに、ミラ達は言葉も出ずに呆然と見つめている。
するとナオミが起き上がり、口に入ったのであろう土を吐き出し始めた。
「――ペッ、ぺッ! 急にどうしたのよあんた。頭でもおかしくなったの!?」
しかしそんなナオミの言葉を無視するように、ジークは不適な笑いを浮かべたまま『百年結晶水』へと歩み寄る。
全員が呆然とする中、ジークの代わりに答えるようリーナの声が響いた。
「どうやらジークは、新しいオモチャを見付けたようです」
その説明にあんぐりと口を開けるナオミ。隣にいるミラは、苦笑いを浮かべてリーナへと問いかける。
「オモチャって……マインさんでも壊せなかったのに、一体どうするんですか?」
「まぁ、見ているですよ。何も壊すだけが手段ではないのです」
リーナに促されるまま、ミラ達はジークへと視線を向け、静かに見守ることにしたのだった。
ジークは『百年結晶水』へと手を触れ、目を閉じては集中し始めた。すると、巨大な虹色の氷とも言えるそれに、変化が訪れ始めた。
上部の方から徐々に溶けるように消え始めたかと思うと、あっという間にその姿を消してしまったのだ。残ったのは、濃い霧のようなモヤ。
ジークが口を開けると、その大量のモヤが吸い込まれるように、ジークの口の中へと消えていく。全てを飲み込み、しばしの静寂が訪れる。
何が起きたのか理解出来ないミラ達は呆然と立ち尽くしていると、ふとナオミの魔通機からリーナの声が響き渡った。
「ジークの魔力との同調を確認。『百年結晶水』が、完全にジークの支配下に置かれたです」
リーナのその言葉にジークは目を見開き、後ろにいるミラ達へと振り返っては、おもむろに右手を前へと突き出した。そして、掌の上にある物体を顕現させた。
とても透明度の高い虹色の水。しかし液体でありながら立方体を形作り、45度傾いてはひし形のように見えるそれは、掌からわずかに宙に浮いてゆっくりと回転している。
「ジーク殿、一体何をしたのだ!?」
さすがにマインは、自分の最強の技を持ってしても退けなかった物体が、いとも簡単に消し去ってしまい、事もあろうか己の物へと変化させたジークの行動に強く説明を求めた。
不適な微笑みを浮かべるジークは、掌で回る物体を見つめながら口を開く。
「なに簡単なことだ。まず『時空支配』にて、こいつを空間ごと包み込み絶対空間固定をかける。その空間に、百年の強制時間経過を施すとどうなると思う?」
ジークの問いにハッと目を丸くするマインは、さすがに高い知能ゆえにその意図を瞬時に理解したようだ。
「そうか……百年サイクルの特徴によって、氷から水蒸気へと昇華したのだな! 『三態固定支配』を持つ『百年結晶水』には直接干渉は効果が薄い、だが時間に干渉することで、強制的に百年サイクルを行わせたのか!」
マインの的を得た言葉に、ジークはニヤリと口角を上げる。
「そうだ、だが絶対空間固定にはもう一つ役割があったんだ。それは気体となったこいつを逃がさない為のものだ。強制時間経過により気体へと変化したこいつを、微塵も逃さずに『空気操作』にて体内に取り込み、俺の魔力と同調させて支配下に置くことが出来た。からくりとしてはこんな所だな」
マインはうんうん頷いているが、ミラとルルとナオミは険しい表情を浮かべていた。どうやら三人には理解するのが難しかったようだ。
考えるのを諦めたのか、ミラは違う疑問をジークへと問いかけた。
「ジークさん、それを手に入れたのは分かりましたけど、どうしてそんなに嬉しそうなんですか? そんなに凄い物なんですか?」
きょとんと首を傾げるミラを尻目に、ジークは再び不敵な笑みを放ち始める。
「ククク、凄いなんて物じゃない。見ろ! 液体のまま零れもせずに、その形を保っているんだぞ。絶対空間固定により引き起こしているこの現象は、俺がかつていた世界では有り得ない非現実的な現象だ! とても幻想的で素晴らしいと思わないか!?」
「は、はぁ……確かに虹色に輝くクリスタルって感じで綺麗ですけど……」
若干引き気味のミラだが、そんなことはおかまいなしにジークの演説は続く。
「それにこいつは俺の持つ特性と、素晴らしく相性がいいんだ! それだけじゃない、今まで俺は核と融合しているが為に、武器や防具を一切使うことが出来なかった。だがしかし! 百億トンもの水を圧縮保有するこいつは、武器にも防具にも成り得る、ある一種の驚異的な道具とも言えるのだ!」
そこまで言い切ると、ジークは掌に浮くそれを顔へと近づけ、愛しく見つめるように目を潤わせた。
「いや、こいつなんて呼び方に値する物じゃないな。そうだ、名前を付けてあげよう。お前は……『アルカンシェル』だ。よろしくな、アルカンシェル……」
もはや自分の世界に入っているジークに誰も声をかけることは出来ず、呆然と見つめるミラ達には冷たい風が吹き抜けていた。
そんなジークを見つめるナオミは、口元を手で隠しながらミラへと小さく耳打ちをする。
「……あれ、厨二病こじらせてるよ絶対。クリスタルに名前付けたりしちゃってるんですけど、おたくの旦那様は大丈夫ですかねぇ」
ナオミの言葉に続かせるように、魔通機からもリーナの声がひそひそと零れ出す。
「きっとそのうち、”俺の右目がうずき出す……”とか言い出すですよ」
「「ぶっ――!」」
リーナの発言に、ナオミとマインは両手で口元を隠しては、必死に噴き出しそうになる笑いをこらえている。
すると聞こえていたのか、若干恥ずかしそうに頬を赤くしているジークが、視線を逸らしながら口を開いた。
「そんなこと言うわけないだろ! そ、それは……中学の頃に卒業している! バカなこと言ってないで先へ進むぞ」
そう言い切り、照れ隠しをするように踵を返すジークは、そのまま奥へと歩みを進めていった。
ミラ達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべ、ほんのりと場が温まる。
そして解き放たれた新たな道へとジークを追いかけ、更に奥へと進んで行くのだった。




