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眼の異世界転生  作者: ビッグツリー
第四章 神之欠片『プレジール』~海底迷宮編~
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四十四話 ジークの手料理

辿り着いた先に待ち受けていた虚無の空間。三時間もの間歩き続け、やっと辿り着いた変化の先に待っていた結末に、ジーク達は絶望感と激しい虚脱感を覚えていた。


 念の為に全員で壁などの周辺を観察するものの、これといって異変はない本当の行き止まりだったようだ。


「ルル、ちょっと疲れちゃったかも」


 ルルは座り込んで小さくなると、零すように一言呟いた。

 ルルは三時間の間、ずっと先頭に立って魔物の対処を行って来た為、さすがにその小さな体に疲労が押し寄せていたようだ。


 ジーク以外の面々にも少し疲れが見られ、特にナオミは慣れない戦闘環境の影響か、もう一歩も動けないといった面持ちで無言で座り込んでいる。


 ジークはそんな仲間達の様子と現状を加味して、腕を組んでは一同へと向き直った。


「ここには魔物もいないようだし、一度休憩を挟むとしよう」


 ジークの言葉にナオミは虚脱感いっぱいに手を上げると、いつもの元気もなくただ口を開く。


「さんせ~い」



 

 行き止まりの部屋の中央では、『次元収納』から取り出したシートの上に全員で座り、少し遅めの昼食とするようだった。

 

「みんなは休んでいてくれ。簡単にだが、今回は俺が料理を担当する」


 その何気ない一言に、ミラ達は目を丸くすると一斉にジークへと視線を向ける。


「ジークさんが!? 初料理を!?」

「ジーク殿が作る料理か! 興味あるな!」

「ルル、お兄ちゃんの作るやつ食べたい!」

「あんた料理できんの!? 負けた……」


 ミラはジークが初めて料理をする姿が見れると興奮し、マインは未知なる料理への期待を胸に持ち、ルルはジークの手料理が初めて食べられると喜んでいた。しかし若干一名、驚愕の面持ちで固まったままのナオミは、自分の女子力の無さに嘆いているようだった。


 ジークは目を瞑ると、『次元収納』の中に眠る食材の確認を行った。



 ふむ、かなり買い込んできた感じだな……まぁ備えあれば憂いなしだ、これはこれで良しとしよう。まずは食材の種類を確認だな。野菜と肉が多いからこれをメインにしていく感じか、『素粒子支配』で調整を行っている『次元収納』の中なら、肉はしばらく傷まないだろうし大半は夜に回すとしよう。面白いのはパンだな。ハピでは膨らませただけの丸いパンが主流だったが、買い出しを行ったエリセドには食パンがあったのか。肉に関しても魔物の肉じゃなくて、牛や豚などの家畜産の物だな。他の食材にも地球にあったものが多いことから、おそらく家畜産業が発達しているという『トン』と呼ばれる人間の大陸から仕入れているのだろう。ミラめ、物珍しさで買い込んだ感が滲み出ているぞ。調味料に関してはビビレッジで作らせた物があるし、問題はないだろう。調味料は料理にとって必要不可欠だ、当初この世界に来たばかりの時に食ったミラの料理は素材の味を生かした物ばかりだった。それはそれでうまいのだが、どうしても地球にいた頃の料理の味と比較すると味気なく感じてしまう……。村の改造を行ってから、農業区で開発生産させて正解だったな。よし、とりあえず昼食は食パンをメインに使って調理するとしよう。食パンと言えば……やはりあれだな。




 ジークは食材の確認を終えると、『次元収納』から必要な食材を取り出した。食パン、豚肉の塊、レタス、卵、調味料などがシートの上に広がる。

 ジークはローブを外して腕の裾を捲り上げると、ミラ達が覗き込むように目を輝かせた。


「よし、やるか」



 ジークはまず豚肉の塊の端に人差し指を添えると、その指をスッと下に引くように動かした。実際に包丁などを用いるのではなく、『空気操作』にて指先に鋭い風を纏わせていたのだ。包丁よりも切れ味が良く、物による物理切断ではない為に、肉を傷めずに綺麗に切ることが可能となっていた。

 

 二つの塊に別けられた豚肉の一つに、ジークは両手の指先を添えると、まるでピアノを弾くかのようにリズミカルに指先を押し当てた。切っ先の鋭い風を纏わせた指先により、豚肉には無数の小さな穴が空くと、今度は塩、砂糖、コショウをまんべんなく擦り込ませた。


 次にもう一つの塊には、塩、コショウ、粉末状の昆布だし、香草をまぶして、ぎゅっぎゅっとしっかり揉みだした。


 『次元収納』から小石を一つ、薄い紙、細い糸を取り出すと、小石の一つを『素粒子支配』でビニール袋へと変化させ、一つ目の豚肉の塊を袋へと入れる。二つ目の塊は薄い紙で全体を覆い、細い糸でしっかりとグルグル巻きにする。


 ジークは二つの塊に手を添えると、目を瞑っては力を行使し始めた。熟成させる為に、本来なら冷蔵庫で一週間は寝かせるところを、特性の『氷属性支配』による冷却効果と、『時空支配』による強制時間経過を付与して組み合わせ、わずか一秒たらずで豚肉を熟成させたのだった。


 そこまですると今度は調理器具を取り出し始めた。大きめの鍋が二つに、フライパンが一つ、そして魔力供給式IHホットプレートが二つだ。

 

「ミラ、鍋に水遁で水を張ってくれるか? 自分でも作り出せるが、もう一つ調理器具に無い中で作り出したい物があるんだ」

「はーい!」


 ミラが水遁で鍋に水を張っている最中、ジークは小石を取り出すとある物を作り出した。それはスモークボックス。縦長の四角い箱型で、天面は開くことが出来き吊り下げられる棒がある。下側の一部には物を出し入れ出来そうな穴が空いており、そこからスモークウッドを入れて燻製することが出来る道具だ。


「ジークさん、終わりましたよ!」


 ミラの掛け声が響くと、水が張られた鍋が出来上がっていた。

 

 魔力供給式IHホットプレートの上でお湯を沸かした鍋に、糸でグルグル巻きにされた二つ目の豚肉を入れ70度ほどの摂氏温度設定にする。そしてお湯の中の豚肉に『時空支配』にて二時間の強制時間経過をかけ、茹で上がった豚肉を『空気操作』にて水切りと乾燥冷却を施す。


 次が最終工程のようだ。空いているもう一つの魔力供給式IHホットプレートにフライパンを乗せ、ビビレッジ周辺にて採取していた木材の中から、香りのいい樹木チップを選定してフライパンに入れては炙り出した。樹木チップから白煙が上がってくると、フライパンの中に網を入れ、その上に糸と紙から解放した豚肉を乗せる。そしてその上に鍋をひっくり返して乗せると、フライパンの蓋とするようだ。


 二分もすると、燻製され始めた豚肉のいい香りが空間内に漂い始める。ジュージューと音を立てながら、樹木チップと炙られる豚肉の香りが混ざり合い、蓋がされていても少しの隙間から香りが滲み出してくる。

 しかも部屋の入り口は、念の為にとジークが壁を作り出して閉ざしている為、密閉された空間内には香ばしい香りで満ち溢れていた。


 

「あ~おいしそうなお肉の匂い」

「くぅぅ、たまらんな!」

「ルル、お腹ペコペコになってきたかも!」

「もうそのままでいい! そのままでいいから! これ以上こだわらなくていいから!」


 漂う香ばしい香りにミラは顔をトロけさせ、マインは押し寄せる食欲に必死に辛抱し、ルルはキラキラとした目で見つめている。ナオミは自分の中の何かが崩れ去るのか、必死に無駄な抵抗を訴えている。



 二つ目の豚肉は時間的に十分ほど燻製するようなので、ジークは力で強制時間経過をかけずに、その間にもう一作業するようだ。


 鍋のお湯を『氷属性支配』で冷却し、『素粒子支配』にて綺麗にする。水となったそこに一つ目の豚肉を入れて、『時空支配』にて一時間の強制時間経過をかけては、『素粒子支配』にて水を綺麗にする。これを五回繰り返し、計五時間分の塩抜きをする。


 今度はお湯を沸かして摂氏70度に設定し、一時間の強制時間経過をかけて茹でる。燻製する前に茹でることで煙の成分がよく馴染み、香りと味の特徴が際立つ為だ。


 茹で上がった豚肉は『空気操作』で乾燥冷却を施し、『時空支配』にて一時間の強制時間経過をかける。


 そしてお待ちかねの燻製タイム。スモークボックスの上部に固定された棒に、乾燥した豚肉の塊を吊るし、下部に空いた穴から火を付けたクルミのスモークウッドを入れ、天面の蓋を閉じる。


 二時間ほど燻製するのだが、フライパンで燻製している二つ目の豚肉は、燻製時間が残り五分だ。なのでスモークボックスの方は一時間五十五分の強制時間経過をかけ、五分後には二つ同時に燻製が終わるように調整をした。



 焼かれる肉独特の、食欲をそそる香りがすでに立ち込める中、スモークボックスの中からは肉の風味が凝縮された煙が広がり始める。双方別々の工程と燻製方法により生み出された豊満な二つの香りが、空間の中で手を取り合うように混ざり合う。鼻の中から一気に中枢神経へと流れ込み、全身の細胞が肉を欲すると騒ぎ出す。

 


 そして――その時は来た。スモークボックスの天面を開き、フライパンの蓋代わりにしていた鍋を外した瞬間、空間内には強烈な煙と香りが解き放たれた。

 凄まじい”香りの衝撃”に、ミラ達は髪をなびかせ、後ろへと大きく仰け反るものの必死に踏ん張っている。


 肉の香りを背負う煙の圧倒的暴力、食欲以外の理性を吹き飛ばす圧倒的破壊力、料理という戦場の大地を威風堂々と駆け抜ける王たるそれは、過去幾数年をも変わることのない食の化身。香りとは、見ることの出来ない料理のもう一つの姿。香りを制する者、料理を制す。


 香りが完全に満ち溢れると、ミラ達は目を瞑って天を仰ぎ、両手を広げて肉の香りを堪能している。たかが肉、されど肉、同じ食材でも調理法と料理を行う人の真心によって、千差万別の変化をもたらすのだ。ミラ達は今まで”味わった”ことのない上品な香りに、ただただ酔いしれるように体で感じていた。



 スモークボックスで燻製された一つ目の豚肉はベーコンに、フライパンで燻製された二つ目の豚肉はハムへと姿を変えたのだった。

 ジークはフライパンを綺麗にすると油を垂らし、塩とコショウを入れてかき混ぜた卵を放る。グルグルとかき混ぜながら焼かれることで卵が徐々に固形化し、スクランブルエッグが完成した。



 次に食パンの耳を丁寧に切り取り、片面にバターを塗る。その上にレタス、スクランブルエッグ、薄く切った自家製ハムを乗せ、もう一枚のパンで挟む。最後に三角形になるようパンを二等分にして、サンドイッチを作り出した。


 ハムの代わりにベーコンを挟んだバージョンもあり、他に大きめの皿の上にレタスと千切ったベーコン、塩漬けにした玉ねぎのスライスを乗せたサラダもある。ドレッシングはベーコンのブロックの一部を焼いて出た肉汁と、塩、コショウ、酢、醤油の各調味料を少々加えて味を調整し作り出した。


 切り取ったパンの耳は砂糖をまぶして油で揚げ、カラッと仕上がったおやつ風味に仕立てたようだ。最後に全員分のミルクを準備し、ジーク特製の昼食が完成した。


 

 キラキラと目を輝かせながら、目の前に並ぶ料理に興奮を隠し切れないミラ達。ナオミを除き、初めて見るサンドイッチに大変興味があるようだ。そして両手を合わせては元気に口を揃える。


「「「「いただきまーす!」」」」


 やはり一番目に付くサンドイッチを全員が手に取ると、一口含んでは驚愕の面持ちで目を丸くする。


「おいしい~! え、ジークさん料理こんなに上手だったんですか!? ハムも出来たてで香りがまだ残っているから、口の中から溢れるようです! 柔らかくて甘みのあるハムの味と、卵の本来の二つの甘みが混ざって、香ばしいながらも甘みを感じます! それをより引き立たせているのが、新鮮なレタスなんですね!」


 ミラは一口食べた感想を漏らすと、物凄い勢いで食べ始めた。


「私が食べたベーコンのサンドイッチもうまいな。燻製するのは手間がかかるゆえに、私もあまりしたことはないのだが……香りを引き立たせる煙が肉の周りに纏わりついている感じか。煙独自の香りが付着すると共に、肉の香ばしい香りが逃げ出さない様に煙で包まれているのか。程よい肉の触感と、噛んだら溢れ出す肉汁が、なんともたまらないうまさだ!」


 マインは驚愕しながらも自分なりに解析をし、ジークの作った料理を理解して一層おいしく食べているようだ。


「サンドイッチもおいしいけど、ルルはこのパンの耳が甘くておいしいかも! ポテチの他にも、おやつにこれ食べたい!」


 ルルは砂糖をまぶして揚げたパンの耳に大変ご満悦のようだ。


「う、うまい……。完全に負けた」


 ジークの料理を実際に口にしたナオミは、自分の料理の腕前と比較して絶望しているようだった。しかし表情とは逆に、手は敏感に動いて料理を次から次へと口に運んでいる。


 ジークはそんなみんなの反応に一つ微笑みを零すと、自分も食事へと移っていった。






 料理もあらかた食べ終え、残ったパンの耳をゆっくりと各自頬張りながら、食後の休息へと向かいつつあった。

 マインはミルクの入ったカップを一口含むと、パンの耳をちびちび食べているミラにおもむろに声をかけた。


「それにしてもあれだな。ジーク殿が隠れ料理上手だったことが分かった今、ミラはもう少し腕を上げねばなるまいな」


 ふと呟くマインの言葉に、ミラは苦笑いを浮かべる。


「あはは……そうですねぇ。いつもは私が作っていますし、ジークさんに負けない様にしないと」


 マインはきょとんとした面持ちでミラへと向き合うと、ごく当たり前のように口を開く。


「何を言っている? 嫁いだ時を考えての話だが?」

「なっ――!」


 マインの突然のぶっこみに、顔を赤くしては開いた口が塞がらないミラ。手に持っているパンの耳が落ちてしまったことにも気付いていないようだ。


 しかしその言葉に耳をピクリと動かしたナオミは、ニヤニヤしながらミラへと近づく。


「なになに、ミラってそーなのぉ?」

「も、もうっ! ナオミさんまでっ!」


 ナオミの勢いは止まらず、ミラの脇腹を肘で突いてはニヤケ面を全開させる。


「愛しいジーク様の手料理はどうだった? 嬉しかった? ん~ほれほれ」

「もぉおおおおお!」


 からかわれすぎて恥ずかしくなったミラは、顔を真っ赤にさせながらナオミの脇腹をくすぐり始めた。


「ちょ、きゃははははっ! やめっ、あはははっ」

「お返しです!」


 脇腹をくすぐられて、涙を浮かべながら転げ回るナオミ。ミラも照れ隠しで必死な為、逃げようとするナオミを上からまたがりくすぐり続けていた。

 そんな二人を見ていたジークは、静かにミラへと声をかける。


「それでミラ。簡素な物だったが、俺の料理はお気に召したかな?」


 この状況で改めて聞かれた料理の感想。急にそんな問いをされたミラは、ナオミをくすぐっていた手をピタリと止めると、恥ずかしそうに上目遣いでジークへと視線を合わせる。


「は、はい……おいしかったです」


 照れながら小さく呟くその声に、ジークは優しい微笑みをミラへと向けた。


「良かった」


 ふいに向けられた優しい微笑みとその一言に、ボンッ! と音が鳴るように真っ赤な顔から煙を出すミラ。そしてそんな顔を見られまいと少し下を向き、微笑みを浮かべては一言呟いた。



「ズルイです……」

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