四十二話 迷宮での第一歩
光無き沈黙の闇が続き、進んでいるのか止まっているのかも分からぬ果てなき空間。足を踏み入れたリーナバッハは、漆黒が包み込む盲目の世界へと誘われた。
遠く彼方に輝く星のように、遥か前方にうっすらとした淡い光が現れると、それは一瞬にして拡散するように眩く辺りを包み込んだ。
ふい訪れたのは、車体を大きく揺るがす衝撃。けたたましい衝突音を轟かせると、何かに阻まれるようにリーナバッハは動きを止めた。
「うぅぅ……」
車内で倒れ込むミラが、頭を押さえながら体を起こすと、スピーカーからはリーナの声が響いてきた。
「どうやら着いたようです。周囲の生体反応は無し、リーナバッハで移動するには狭すぎる為、みんな降りるです」
ジーク達五人は、壁に衝突して動きを止めたリーナバッハから降りると、周辺の景色を各々見渡し始めた。
そこは、上下左右を取り囲んでいる石壁が淡く輝く白い光を放ち、天井からは小さな水滴が、ピチャリピチャリとゆっくり滴り落ちていた。包み込む不気味なほどの静けさに、進みだす一歩さえも躊躇われるほどだった。
すると、まるで洞窟の中のような場所で、少し目を凝らすとこの先に進めそうな一つの空洞が見て取れた。
「俺は当初、核の眠る『封印の祠』にいたわけだが……そこは一種の迷宮のような造りになっていた。ここはおそらく、似たような場所なんだと思う。濃い魔力が漂っているところを見ると、魔物もいるはずだ。神之欠片が存在するであろう最深部を目指し、みんな気を引き締めて進むぞ」
ジークの言葉に答えるように、真剣な面持ちを放つ一同は、一つ大きく頷いた。
その場にいるだけでひんやりとする感触の中、ジーク達は横三列の陣形でその足を進めていた。一番先頭にはジーク、二列目には中央にナオミを挟んでミラとルルが、そして三列目となる一番後方にはマインが位置していた。一番危険性のある先頭は、ジークが受け持つことで柔軟に対応し、一番後ろをマインが担当することで後方への対処に備え、間にナオミを挟むことでその身の安全を確保し、更に感知能力に長けたルルと、機動性の高いミラを配置して守ることで、攻守共に優れたバランスのいい陣形を取っていた。
しばらく進んでいくと、水が激しく流れているかのような大きな音が響き始めていた。
ジーク達はその音の発生源まで進むと、そこで足を止めることになる。
それは、巨大な滝。遥か上空から轟音と共に流れるそれは、先の見えない奈落に落ちるかのように降り注いでいた。立ちはだかる巨大な水流は、まるで滝のカーテンのようにジーク達の足取りを止めたのだった。
「行き止まり……ですね。他に道はないようですし、どうしますかジークさん」
巨大な滝を眺めながらミラが呆然と呟くと、ジークは腕を組んで正面の滝を捉え続けていた。
「この滝の向こう側に、おそらく道は続いていると思う。仮にそうでなかったとしたら、別の場所を探るしかないがな」
「え!? この滝の向こうですか!? あ、『千里眼』……ですね?」
「いや……」
ジークはそこで言葉を詰まらせると、少し苦みを含む表情へと変えた。
「ついさっき気付いたのだが、どうやらこの洞窟内では『千里眼』はおろか、スキル自体が使えないようだ……」
「「「え!?」」」
突然の事態に、驚きを隠せないのはミラ、マイン、ナオミの三人だった。
ルルはきょとんと首を傾げると、おもむろに掌の上に風を圧縮した球体を作り出した。
「でもルルは、『かまいたち』のスキル使えるよ? ほら!」
「あれ? ほんとだ」
ルルのスキル発動をその目で確かめたミラは、訳が分からず目を丸くしていた。
「スキルを使えないのは、俺だけなんだと思う。何かこう……本体の奥に潜む核に違和感があって、うまくスキルが発動しないんだ」
ジークのスキルが使えないという不測の事態。その原因を解明したリーナが、回路を通してグループ通話にて説明を始めた。
《どうやら核と、神之欠片同士が干渉し合ってるようです。本来、神之欠片は各大陸を守護する為に、創造主『エルバッシュ』が生み出した物です。ジークの所有する核は、他の四つよりも遥かに強力な力を秘めている為、他の神之欠片と衝突しないようにプロテクトがかけられているようです。神之欠片同士なら力は均衡しますが、核と衝突した場合は、その上回る力で破壊してしまう恐れがあるからだと推測するです》
リーナの説明に一同が納得し、俯いては少し重たい空気が張り詰めた。
回路の繋がりが無くリーナの声が聞こえないナオミは、そんなみんなの態度に一人首を傾げている。
「ねぇ、ジーク。よくわかんないけどスキルが使えないんでしょ? 来たばっかりだけど、不安なら諦めて引き返す?」
しかし、ナオミの心配をよそに、ジークは一つ乾いた笑みを零した。
「ふっ……、諦める? 冗談だろ。俺の行動理念は、そんなにたやすく崩れ去る物ではない。先を見通せる『千里眼』が封じられたのは痛いが、俺にはまだやれることはある」
「ジークさん、でも……今目の前にあるこの滝ですら、私達には打開策がありません」
耳をペタンと垂れさせ、小さくなって呟くミラ。しかしジークは後退する素振りも見せずに、振り返らないまま口を開く。
「まぁ、見ていろ」
ジークは腕を組んだまま、轟々と流れ落ちる滝へと近寄ると、言い捨てるかのように静かに一言だけ零した。
「”凍てつけ”」
そう言い放つと同時に、ジークの右目からは青白い光が解き放たれた。
そして、瞬きする暇もないほどに、滝が一瞬にして巨大な氷塊へと姿を変えたのだった。
それはジークの特性の一つ、『氷属性支配』による凍結効果により、巨大な滝を瞬く間に凍らせたのであった。
ジークはおもむろに一歩前へと踏み出し、姿を変えた滝へと右手を添えた。
――パリィィィンッ!
ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡ると、巨大な氷塊の滝が、一瞬にして粉々に砕け散った。そしてその先には、更に続く道のりが顔を現した。
舞い散る無数の結晶には、目を丸くするミラ達の姿が乱反射を起こして映り込む。驚愕、呆然、唖然、様々な表情を浮かべるミラ達を尻目に、ジークは首だけを横へと向けると、口角を上げては背中で一言声をかけた。
「さぁ、行こうか」




